自称転生ヒロイン(←いろいろやらかして、ざまあされ済み)を母に持つ少年の、その後について
チョロい男に需要はあるのかという問題について
『転生したら母親がビッチなヒロインで、既にざまあされてしまっているが、それはさておき』の続きです。
前作を読んでいないと、意味不明だと思います。
相変わらず、主人公があれこれ考えていて、会話らしいものはありません。
ーーこれは……驚いた。
固まった表情のまま、僕は呆然としてしまった。
三歳の時、立場が急転して。
王太子の子としての、下にもおかれぬ生活から一転。王宮の中の狭い一室から出ることも許されず、下働きの女性が立ち入る以外は、訪れる人とてない生活を送るようになって、二年。
この部屋を初めて訪れた少女ーー僕の運命の女性になるかもしれない彼女を前に、僕はしばし、何のリアクションもできなかったのだ。
息を飲むような。
見ているだけで幸福感を感じるような美貌というものが、世の中に存在しうるということを、僕ははじめて知った。九歳かそこらで、既に完成しているかのような。
けぶるように細く、それでいて艶のある赤みがかった金髪に、光をはじく瑞瑞しい、透明感のある肌。左右対称の、完璧な位置にある目鼻立ち。
王家の血筋に繋がる者特有の、『暁の瞳』と称される、金色がかった紅の瞳が生き生きと輝いていて。
至福、という言葉が、何故か頭を過る。前世の言葉で言うならば、これが「眼福」というものだろうか?
そう思い当たった途端。
前世でお世話になった近所のおじいさんが、彼女に向かって手を合わせて拝む姿が頭に浮かび、危うく噎せそうになる。
『うひゃあ! 目の正月するような別嬪さんじゃあ! 眺めるだけで、寿命が延びる思いじゃて。ありがたや、ありがたや。ナンマンダブ、ナンマンダブ』
ーーうん。こういうこと言いそうなおじいさんだったよね、確かに。すごいね、僕の記憶の脳内再現力。
おかげで、フリーズしていた僕の意識が、何とか解凍された。危うく、目の前の彼女を眺めたまま、しばらく放心してしまうところだった。
それで、やっと周りの状況に気づく余裕が出来てきた。何か僕、めちゃめちゃ睨まれてるんですけど。彼女の護衛達や、侍女らしき女性に。
何だろう。思い当たる節が多すぎて、原因が特定出来ない。
そもそも僕の今の身分は、平民だ。
生れた時こそ、王族ーー前の王太子の第一子だったわけだけど。『乙女ゲーム転生』で、『逆ハー』を満喫していた母上が『ざまあ』された時に、王太子との結婚も、遡って無効にされたので(王家の系図にこの結婚や、母の名を残したくないということだろう。気持ちは分かる)。
僕は母の私生児扱いになり。もともと騎士爵の娘である母は、貴族と結婚しない限りは平民になる身の上だったわけだから、僕の身分も平民ということになる。
父が貴族で、認知されれば、『貴族の庶子』という、身分上グレーな存在になるわけだが。それも、嫡子がいなければ、跡を継ぐ可能性がもしかしたらあるかも? 程度の話で。嫡子が跡を継いだら、庶子の身分は平民として確定される。
僕の場合、ビッチな母が僕の父親を絞り込めないせいで、誰が父親か分からず、認知される予定は無い。
そんなド平民の僕が、王族の姫を前に、跪くこともせず、寝台に座ったままで、頭も下げず、姫の目を直視している。あり得ない不敬だろう。
いや、思わず見とれてしまっただけで、不敬を働く気はなかったんだけどね。
姫本人はというと、僕のそんな、もの慣れない様を特に気にした風でもなく。
「座ってもよろしいかしら?」と、僕に向かって言いながら、粗末なテーブルの前に置かれた小さい椅子を指す。
とんでもない!と、彼女のお付きの人びとが焦って止める。
好奇心からふと思い立ってこの部屋に立ち寄っただけ、という状況では、姫君が座るにふさわしい椅子の用意などされているはずもなく。慌てて手配しようとするが。
姫はそれを制止して、さっさと椅子に座ると、屈託なく僕に笑いかけた。
どきり、と胸が鳴るのと同時に。
『天女様じゃぁ! 天女様の御光臨じゃあぁぁぁ!』と、僕の脳内おじいさんが、お祭り騒ぎであちこちを走り回り始める。
そのおかげで、やや冷静になった僕の頭の中に、『ニコポ』という言葉が何故か浮かんだ。そして、『なるほど』と、思った。
恐らく、僕は。
前世の知識などなく、ただの五歳児だった場合の僕は。
この場で、彼女相手に、恋に落ちるはずだったのだろう。
彼女が現れる直前に、僕の頭の中に過った映像。あの、あり得るかもしれない未来の姿からも、推測できる。
二年もの間、誰からも顧みられることもなく、出入りする下働きの女性にさえ、話しかけてもらうことも、視線を向けられることもない日々を送った後であれば。
こよなく美しい、高貴な少女の笑顔や声かけは、一層心に染みたことだろう。彼女の願いをかなえることを至福と思い、どんな立場であろうと、そばにいたいと願うほどに。
だが。幸か不幸か、僕はただの五歳児ではない。
恐らく、この出会いの脚本を書いた人物がいるのだろうと、想像してしまうくらいには。
かつては母上の侍女で、今はこの部屋の下働きをしている女性に、指示を出している誰かがいるのだろうと、疑ってしまうくらいには。
恐らく、母上の侍女だった頃も、あの女性が仕えていた相手は、母上ではなかったのだろう。母上の情報を流したり、その相手の思惑通りに母上を動かしたりしていたのだろう。そして、それはきっと、容易いことだっただろう。
今生の母は、驚くほど考え無しで、脇の甘い人だったのだから。
あの母なら、僕が、一目惚れした女性のために、我が身を擲って尽くすと言っても、『素敵ね』と賛成してくれるだろう。『何てロマンチックなの!』と喜んでくれるのかもしれない。
だが。
僕にはもう一人、僕の幸せを願ってくれていたであろう、前世のグレート・スパルタ・マザーがいる。
あの母が、息子である僕が、そんなチョロい男になるのを、果たして許すであろうか?
ーー断じて、否だ!
だったら、どうすればいいのか。
それを考えるにも、情報が必要だ。
この場にいる人間達の言動から。今後会うことになるであろう人びとから。僕自身の能力ーー天眼がもたらしてくれるであろう情報から。今後に繋がる何かを得なければならない。
そして、僕は。
なるべく、こちらの思いを気取らせないようにしながら。
高貴な少女と、その周りの人びとに意識を向けて、彼らの言葉に熱心に耳を傾け始めたのだ。