始まりと終焉と
京子が飛び込んだ警察署は、田舎の長閑な雰囲気そのままのこじんまりとした建物で、
人を殺した、それも母親を手にかけたと早口にまくしたてる若い女に呆気にとられつつ、
取り合えず二階にある刑事部屋の応接コーナーに通し、ベテランの石川刑事部長と若手の木下巡査長に
ひとまず話を聞く役を任せた。
一通りの流れのままに石川は口を挟まず京子に話させていたが
さすがに海に母子共々飛び込んだくだりは詳しく聞きたがった。
「それで助かったんかね そりゃまた運のええことじゃったね」
京子にお茶のお代わりを注いでくれながら石川が感慨深げに語り掛けた。
京子はあまりの苦しさと冷たい海水に感覚が麻痺してしまい、
考えるのも怖れるのも放棄して、ただ母のそばから離れないように
見え隠れする灯台の点灯を励ましに力を抜いて、母とともに漂っていた。
そこに、たまたま釣り人を乗せて帰港する小型の船が通りかかり
二人を引き上げて人工呼吸や暖を取る処置をしてくれて
母は意識不明ながら京子は息を吹き返していた。
救急車が呼ばれ母を搬送する車に京子も便乗し、
近材の市立病院に母子とも入院できる措置がなされ、
京子は母の回復をひたすら待った。
京子のそれまでの事情を聞いて、石川は二人の生存を芯から喜んでいるようだ。
その時、木下の耳元に何かしら報告に来
た制服の警官が、部屋を去ることなく
そのまま直立不動の姿勢でドアを背にしたのに京子が気づいた。
「母が…見つかったのですね」
思わず知らず体の力が抜けたように肩を落とす京子に木下はひどく事務的に伝えた。
「あなたの供述通り、佐伯静子さんの他殺体と思われるご遺体が、静子さんのアパートで発見されました」
安堵のため息に聞こえる深い息を吐いて、京子は立ち上がり、両手を前に出した。
「お手数をおかけします。手錠をかけてください」
京子の表情の和らぎに不謹慎かもしれないが石川は、彼女の母親への思いの深さを知ったように思えた。