第二話 産まれるのは……
ミーンミーン ミーンミーン
ミーンミーン ミーンミーン
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「(夏……か…。)」
あの苦痛の日から、状況を把握できるようになるまで、およそひと月はかかった。
自分自身のことに関してだけならすぐに分かったが。
「…ぶぅ……、………。」
まぁ、赤ん坊になってしまっただけだ。
要は❝転生❞ってやつだな、うん。
正直、お話の中ならともかく、自分自身で記憶を持ったままの転生を体験するっていうのは、かなり辛い。
生まれた時なんかひどいもんだ。
痛みと苦しさで正気を失うかと思った。
確か、赤ん坊っていうのは、母体の中だと自発呼吸してないから、体外に出てきてから肺呼吸し始めるって聞いたことがある。
それも実体験済みだ。ついこの間にな。
もう二度と経験はしたくない。
記憶保持したままの転生なんて言う異常時がそう何度も続くわけもないとは思うが。
「(はぁ……)」
ん?さっきからなんでかっこ付けで喋ってるのかってか?
決まってんだろ。
まだ、一歳にもなってない赤ん坊だぞ?俺は。
喋るための筋肉すらできてないっての。
喋るっていうのも、ちゃんとした筋肉がついてないとできないんだぞ?
これ、一応常識だから覚えとけ?
英語とか、他国語勉強するときには、知っておくと便利だ。
よく、オーラルイングリッシュが、英語覚えるのにいい、とか言われてるけど。
あれって、簡単に言えば、日本語では使わない筋肉を鍛えようって言いたいだけなんだよな。
だから、英語が❝覚えられる❞んじゃなくて、英語が❝喋りやすくなる❞ってのが正解なわけ。
騙されんなよ?
ちなみに俺は引っかかった口だから。
結局は地道な努力が最短距離だからな。
それ以外に道があるとすりゃ、スパルタ教育だけだから。
気ぃ付けろ。
で、話を戻すと、だ。
今は❝ばぶばぶ❞言って特訓中。
生まれたばっかりで、今は筋肉なんか欠片もついてないから。
ぷにぷにぼでーだからな!うん。
でもさー、赤ん坊って大変だよな~
だってさ、何にもできないんだぜ?
首もまだ座ってないから、ガクガクだし
手足の筋肉もほとんどないし
移動できる範囲も布団の上の僅かなとこだけだし。
すっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っげーー、つまらん!!
母親?もずっといるわけじゃないし?
父親なんか顔も見た記憶ないし。
やることといえば、てきとーに聞き耳立ててるか、寝るか、それくらいしかないわけだ。
マジ、ヒマ。
まあ?幸いにして、考えることだけはたくさんあるし。
ゴロゴロ寝たり、できる範囲で筋トレしたりしながら現状について思いを馳せているわけだ。
「(やっぱり、俺って死んだのかねぇ…。)」
あれだけの事故だ。
実際に自分がどうなったのかは記憶にないが、予想はできる。
「(…だとすると、今の状況はあのオーパーツみたいなもんの影響か……?)」
與邦国島沖だったかで見つかったあの棺桶。
あれが、何らかの機械であったとすれば、現状にも一定の理解が出てくる。
「(……物もないし、検証は無理か…)」
結局、考えたところで分からずじまい。
分かったところで、どうすることもできない現状だ。
今から親に、「俺はもう70近いおっさんなんだ!」と伝えても、キチ○イ扱いされるだけで終わるだろう。
どう考えてもそれは悪手だ。
「(ここがどこで、今がいつなのか……。環境が分からないと計画も立てられないな…。)」
生まれてまだひと月。
生後一か月では、まだまだ何もできないし、できていない。
分かったことといえば、床が板張りで、布団も、現代にあるようなふかふかのやつじゃないってことくらいだ。
おかげで寒い。
セミが鳴いているし夏だとは思うんだが、隙間風も絶えないし、布団も薄っぺらいしで、以前みたいには寝られない。
せめて、布団だけでも羽毛か何かに変えてもらえないだろうか……?それだけでもだいぶん違うと思うんだが………。
―存在してない?あぁ、そうなん……。
仕方ないか……。
今できるのは、少しでも体を動かすことと喋れるようになること。
それくらいだろう。
あとできるなら、人の名前も覚えたいが・・・それはおいおいいこう。
あせっても仕方ないしな。
とりあえず落ち着いた俺は、目先の目標を決め取り掛かる。
言語習得、人名記憶、鍛錬。
今がいつの時代だろうと、身体を鍛えておいて悪いことはない。
人の名前を覚えるのも社交界なら絶対の必須技能だ。社交界に出る必要があるかどうかは別にして、だが。
こうして俺の転生第一歩は始まった。
どうしようもなく地味な一歩だ。
目新しいことなんて何もない。
しかし、俺にとっては大きな一歩だった。
赤ん坊になってから、ひと月もの間何もできなかったのだ。
何もせず、何もできず、ただ無為に寝続けているだけの生活は、俺にとって苦痛極まりなかった。
なかなか環境に適応できずに、一か月を過ごしたが、本当に苦痛だった。
これなら、無職だった時の職探しのほうがまだ楽だ、とも思ってしまった。
――あれはあれで苦痛だったが……
まぁ、そうして、俺の長い長い二度目の生が、幕を開けたのだ。