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一章 お世話係・シグルド

「うぅ……」

 靄がかかったような、酷く気分の悪い目覚めだった。

 体全体をフワリと包み込む心地のよい感触に気付き、上体を起こす。どうやら私はベッドで眠っていたようだ。

 まだはっきりしない目を擦りながら自分の使っている布団を見ると、一気に意識が覚醒した。

 ――私のベッドじゃない。

 何が起こったのか分からない。

 私はいつも通り学校に行って、普通に帰宅した。その後、部活で疲れた体を休めようとベッドに横になった、というところまでは覚えている。

 でも、それはこんな、何人で寝るのか分からない豪華なベッドじゃなくて、ホームセンターで簡単に手に入る安物だったはず。

 まさか誘拐?

 一瞬不穏な想像をしてしまったけれど、きっとそうじゃない。

 誘拐犯がこんな高そうな部屋に、縛りもせずに私を置いておくはずがない。それに何より、私を誘拐するメリットがないだろう。うちはごくごく普通の中流家庭だ。

 少しずつ思い出せてくる。けれど、とても現実で起こった出来事とは思えない。

 だって――魔法使いの声を聞いただなんて信じられるわけがない。

 ……これは、夢?

 私は使いふるされて手あかが付いていそうな方法を試そうと、両頬を思いっきりつねった。

 ――むぎゅっ。

「痛い……」

 痛いうえに、夢が覚めることはない。つまり――夢ではないということになる。

 そのままの状態で部屋の中を見渡すと、またもや驚かされた。とにかく、広い。

 そして、一体何に使うの? と聞きたくなるような大量の花瓶やつぼ、大皿などが棚に置かれている。もちろんどれもこれも高そうな物ばかり。

 床には毛足の長い真っ赤なじゅうたんが敷かれている。

 普段の生活の中で見かけるようなものではない。テレビや絵本で目にするたぐいのものだ。

 ……絵本? なにか引っかかるような……?

「…………あっ!」

 さっき――気を失う前、私は絵本を読んでいたんだ。

 高校一年生にもなって絵本? と笑われるのが恥ずかしくて誰にも教えていないけれど、私は小さい頃に読んだ絵本を数冊手元に残していた。

 その中でも一番大切にしていたのが――『人魚姫』だ。

 私は『人魚姫』を読んで憤っていた。そしてその時……あの声が聞こえてきたんだ。

 魔法使いと名乗ったおじさん(お兄さん?)は言っていた。

『貴女の願いを叶えてあげましょう』

 今この目にはっきりと映る世界は、私が生活していた世界とは確実に異なっている。けれど、シーツを握る感触はリアル。夢のようだけど、夢じゃない。私は今、この部屋に、存在している。

 にわかには信じられないけれど、どうやら私は本当に人魚姫の世界に来てしまったらしい。

 途端に、どうしようもない不安が体を駆け巡る。

 ――このまま元の世界に帰ることができなかったら……?

 お父さんやお母さん、友達……ぐるぐると、みんなの顔が頭の中に浮かんできた。もしかしたらもう二度と会えないかもしれない。

 考えれば考えるほど、胸の奥がキュウッとなって涙がこみ上げてくる。

 私は静まり返った部屋で、声を上げずに泣いた。

 泣いたからといって、元の世界に帰れるわけでもなければ、帰る方法を思いつくわけでもない。頭で分かっていても、涙は止まらなかった。

 その時、コンコンコンッ、という乾いたノックが聞こえた。

 私はビクッと身を震わせ、涙をぬぐいながらベッドにもぐり直した。

「……さ、ま?」

 ドアの向こうから聞こえてくるのは男の声。何て言っているのかよく聞き取れない。 

「ヒメカ様、まだ眠っているんですか? 入りますよ?」

 耳をそばだてて聞いてみると、ドアの外の人は私の名前を呼んでいるみたいだ。

 私の名前は桜庭姫香。だけど、外の人が呼んでいる『ヒメカ』が私のことだとは限らない。姫香なんて名前はそう珍しくもないのだから。

 もしも私じゃない『ヒメカ』を呼んでいるのだったら、ここから出るのはものすごくまずいのではないだろうか。

 時代や世界観によっては、見つかれば殺されるかもしれない。

『ヒメカ』は今いません。留守です。出直してきて下さい。

 私は一心に祈る。部屋には入ってきませんように。

 ――ガチャリ。

 現実(ここが現実であるかは微妙だけれど)はそう都合よくいかない。重々しいドアノブの音が鳴った。

 もうだめだ、と思った。

 布団にもぐりこんだまま息を殺し、近づいてくる人の音を聞いていた。けれど、じゅうたんが足音を消してしまうせいで、ほとんど分からない。

 突如、バサッと布団が取っ払われる。私の身を守る最後の砦が崩れ、目の前には腰に細身の剣をさした男。

 私はおそるおそる、その男の顔を見つめた。

 やさしく細められた瞳、大きすぎも小さすぎもしない鼻、血色の良い唇は弧を描いている。敵意など微塵も感じられず、自然と身体の力が抜けていく。

「おはようございます、ヒメカ様」

 目の前の彼は、私を見つめて、言った。

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