料理講師就任。
試験が延期になった。
リュウによって家に一緒に連れ帰られた、翌日にあるはずだった試験を…もう一週間たつが受けていない。
翌日の朝、俺に教わったシャルが製作した朝食をとったリラックも、気づいたそうだ。
いつもより食べてないのに満腹になることに。
魔術師は快感を感じると、大気から魔素を吸収出来る…と、いうのがこの世界の『設定』だ。
つまり、食事の美味しさが、快楽中枢を刺激したらしい。
他の教員や、塔の上層部も検討・実証したことで明らかになった。
それだけなら、俺は「へぇ、そうだったんだー」で、終わっただろう。個人的には、そう終わったんだが…
この世界、魔術師にとっての『食』の重要さを、俺はあんまり分かってなかったのである。
瞬く間に塔の隣に、塔と比べれば小さい…いや、でも協会の十倍は大きな講堂が建てられたのである。
実質、建物は半日で建てられた。
一流な地属性系統の魔術師を中心に、塔所属の魔術師という魔術師が、呼び寄せられるだけ呼び寄せられたらしい。
一流の魔術師は得てしてプライドも高いので、建設とかに魔術を使ったり協力なんてしない。
せいぜい三流くらいだろう、建設業に手を出すのは。
その頃塔の食堂で料理を教えながら、ご飯の用意を手伝ってた俺は知らなかったが、その用意されたご飯を食べさせられた一同…誰も依頼を断ることはなかったらしい。
報酬代わりに手持ちの料理人に、無償で受講させる権利を得た彼らは、本当に張り切ってくれた。
代表者で俺専用のキッチンを製作してくれたロワーズさんは、俺が子供であることに驚きながらも、敬意を示してくれて、なんというかこれぞ一流魔術師といった貫禄に溢れた人だった。
……なんか、見覚えがあるような気がしたが…………
そして今、俺はそこで料理教室を開催することになってしまっていた。
塔務めの料理人達も、最初はなんでこんな子供に…という態度だったのだけど、俺が用意したシチューを一口食べたとたん…家の料理人と同じになってたし。
尊敬と敬愛の眼差しで、なんだか崇め立てられだしてたから………
授業は怖いほど順調だった。
正直、塔の食堂で、焼いたり煮たりするだけでも大変だっただろうけど、彼らは俺の教える知識と技術に夢中になり、食堂のご飯はどんどん美味しくなっていったことで、同時に俺の名前も塔に知れ渡ってしまった。
それは後日分かることだが。
現在の俺は、自分の置かれた状況を把握することも出来ず、連日料理教室状態に目を回していた。
ちなみに暗黒はつかない。
新たに用意された講堂の講師用キッチンは、勿論ロワーズさんが俺専用サイズに作ってくれたからだ。
「と、いうわけで、リュクヤ殿にはこれからも講師をお願いする」
サフルが束の書類を置いて、頭を下げた。
ちなみに青年バージョンで、無駄に真面目そうにしている。
「えっと…サフル様?」
「……………………なぜ分かった?」
なぜだか驚いた顔で見られる。
「え、だってサフル様でしょう?」
「…通常は兄とか親族と見られるのだがな、最初は…」
「だって時の精霊に愛されてるんでしょう?」
それにゲームで伸び縮み自由自在って、知ってるからな…
しかし青年モードは、基本真面目モードでもあるはず……つまり、俺に頼んできたことはそれほど重要ってことだ。
書類を一枚一枚読みながら、そこで俺は漸く…この塔における『食』の重要性を知った。
塔への貢献性ってやつだ。
魔術師体質者は、沢山食べる。性交を食事代わりにする奴もいるが、それはよっぽど好色な奴か金銭的にギリギリな者だ。
ただし、食べ過ぎることはない。
満腹になると、それ以上食べたいという欲求は働かない。
それ以上基準貯蓄量を越えて、摂取させられてしまうと魔素酔いをしてしまうから、その辺魔術師体質の一つとして組み込まれているのだろう。
過食症とかとは無縁だ。
ご飯は美味しくなり、これまで空腹を解消するための義務作業だった食事に喜びを見出し、そしてこれまでよりも魔術師にとっては少なめの量で満腹になるのだ。
食糧の消費量減増…これは大きな功績だった。
授業料は当然免除、料理の講師としての給与や塔会議における発言権、各施設における無料パスポート…などなどなど。
「一応、年齢的な問題でいくつかの施設への利用許可は、七歳からとなっておる」
「…………はい」
「ついでに、護衛もつくからの、護衛の給与は塔負担じゃから気にすることはない」
「護衛、ですか?」
「うむ、他の料理人達の腕前も日々向上しておるが、やはりお主の腕前は格が違う。それに腐敗した貴族連中とか…、お主の腕前を独占したいと考える輩も出るじゃろう」
冷や汗がどっと出たような気がした。
「しかしどこからあのような料理を思いついた?料理人達には、何となくとか言っておったようじゃが」
当然聞かれると思っていたことだが、とりあえず言い訳の材料はあった。
そう、貸本屋さんで…なぜか紛れ込んでたのがあったのだ、もとの世界の英語のクッキングブックが。
勿論写真付き。……ゲームの中でもオーパーツ的に紛れ込んでる『地球』の物があったから、あれを見つけた時は驚いたし興奮したものだ。
「知らない字で読めなかったんですけど、その本の絵がすごくて…でもよく見たら食材みたいだったんで、似たのが作れるかなって」
手順も写真で載ってたし、『日本語』じゃないから研究すれば翻訳することも出来るだろう。
その日のうちにお偉いさんを引き連れて、貸本屋に案内し…貸本屋さんなのに、それを目玉の飛び出るような価格で買い取られることになった店主さんには、謝っておいたのだった。
そして俺はもう一つ忘れていたのだ。
攻略可能キャラの中に一人、魔術師から料理人になったキャラがいたのを。
ロワーズ・一流の地属性系統の魔術師で年齢は四十台前半。今回講堂建設の指揮監督、代表を務めた。一人息子に、地の精霊に愛されし子がいる。
料理講師・今回リュクヤに与えられた地位。初めて作られた。給与や特権など、塔の重役に並ぶのだが、欠片も反対意見は出なかった。これに関しての、妬みや嫉妬、策略ルートは発生しない。