銀河鉄道の昼
「次は、てんびん座駅。てんびん座駅」
僕は腕時計を見た。
あと1時間。
ため息をつく。
天井のライトはチカチカしていた。
おかげで少し、目が疲れる。
シートの表面は破けていて、中から白い綿が飛び出していた。
窓ガラスには大きな傷がついており、誰かが描いた傷が、銀色の縁につけられている。
『さよなら』
ぼくはそれを指でなぞった。
ざらざらとしていた。
窓から外が見える。
反射した僕の顔を透かして、一面の闇があるばかり。
すぐに顔を逸らした。
『てんびん座駅、てんびん座駅でございます』
クジラの鳴き声のような、大きな汽笛の音が鳴った。
シートが揺れた。
電車は止まった。
扉が開き、大勢の人が入ってくる。
白い肌の人や、黒い肌の人、赤い肌の人、色んな人がいた。
彼らは席についた。
席は埋まった。
「いいですか?」
声が聞こえた。
「どうぞ」
僕は言った。
端がちぎれた茶色いロングコートを着たおじさんは、隣の席に座った。
鉄が錆びたような匂いがした。
少しだけ、呼吸を止める。
「どこまで?」
おじさんは言った。
乾いた声だった。
深く被った帽子のせいで、目は見えなかった。
「おひつじ座駅です」
「遠いねえ、一人かい?」
「はい」
「待ち合わせ?」
「はい、母と」
おじさんはこちらをじっと見て、前を向いた。
「事故かい?」
「病気です。僕は事故」
「へえ」
「おじさんは?」
「自殺だよ」
カラカラと笑いながら、そう言った。
僕は、何も答えることができなかった。
⋯
『続いては、おひつじ座駅ー、おひつじ座駅ー』
窓の外は快晴だった。
青い空の中にいくつもの星たちが浮いていた。
至近距離で全体が見えるほどで、まるで大きな地球儀がたくさん吊り下げられているようだった。
電車はその中を、すり抜けるように進んでいった。
駅に近づくにつれ、母との記憶が蘇ってきた。
小学三年生の夏のこと。
近くの林で採った蝉を、僕は家の中に持ち帰った。
もちろんカゴの中に入れていたけど、虫が嫌いな母はものすごい怒っていた。
そして蝉は、あっさりと窓の外に放り投げられた。
僕は泣いた。
その後のことは覚えていない。
ただ悲しかったこと、それだけが体に刻まれている。
今考えると、蝉にとってはそっちのほうが良かったのかもしれない。
彼の一生は短いから、あんな狭い家の中で過ごすよりかは、大きな自然の中で死んだほうが良かったはずだ。
でもそんなこと、当時の僕には何一つとして関係はなかった。
僕が欲しかったから、僕のために蝉を捕まえたんだ。
そこに、命を思う気持ちなどない。
ああ、そうだ。
あの日の翌日、少しだけ母は、気まずそうな顔をしていたっけ。
確か夜ご飯は僕の好きな唐揚げで、いつもより量が多かった。
僕はそんなことに気づきもせず、苛つくようにご飯を残した。
母の顔は見なかった。
『おひつじ座駅ー、おひつじ座駅ー』
汽笛を上げて、電車は止まった。
ホームは、大勢の人間で埋まっていた。
ぼくは、ポケットに入れていたシャーペンを取り出した。
窓の縁に先端を当てる。
傷を描く。
『さよなら』
僕は電車を飛び出した。
空は、あの夏の日のように快晴で、外は蒸し暑かった。
人混みに紛れて、母を探した。




