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銀河鉄道の昼

作者: 谷 風汰
掲載日:2026/09/04

「次は、てんびん座駅。てんびん座駅」


 僕は腕時計を見た。

 あと1時間。

 ため息をつく。


 天井のライトはチカチカしていた。

 おかげで少し、目が疲れる。

 シートの表面は破けていて、中から白い綿が飛び出していた。


 窓ガラスには大きな傷がついており、誰かが描いた傷が、銀色の縁につけられている。


『さよなら』


 ぼくはそれを指でなぞった。

 ざらざらとしていた。


 窓から外が見える。

 反射した僕の顔を透かして、一面の闇があるばかり。

 すぐに顔を逸らした。


『てんびん座駅、てんびん座駅でございます』


 クジラの鳴き声のような、大きな汽笛の音が鳴った。

 シートが揺れた。

 電車は止まった。

 

 扉が開き、大勢の人が入ってくる。

 白い肌の人や、黒い肌の人、赤い肌の人、色んな人がいた。

 彼らは席についた。

 席は埋まった。


「いいですか?」


 声が聞こえた。

 

「どうぞ」


 僕は言った。


 端がちぎれた茶色いロングコートを着たおじさんは、隣の席に座った。

 鉄が錆びたような匂いがした。

 少しだけ、呼吸を止める。

 

「どこまで?」


 おじさんは言った。

 乾いた声だった。

 深く被った帽子のせいで、目は見えなかった。


「おひつじ座駅です」

「遠いねえ、一人かい?」

「はい」

「待ち合わせ?」

「はい、母と」


 おじさんはこちらをじっと見て、前を向いた。


「事故かい?」

「病気です。僕は事故」

「へえ」

「おじさんは?」

「自殺だよ」


 カラカラと笑いながら、そう言った。

 僕は、何も答えることができなかった。



⋯



『続いては、おひつじ座駅ー、おひつじ座駅ー』


 窓の外は快晴だった。

 青い空の中にいくつもの星たちが浮いていた。

 至近距離で全体が見えるほどで、まるで大きな地球儀がたくさん吊り下げられているようだった。

 電車はその中を、すり抜けるように進んでいった。

 

 駅に近づくにつれ、母との記憶が蘇ってきた。


 小学三年生の夏のこと。

 近くの林で採った蝉を、僕は家の中に持ち帰った。

 もちろんカゴの中に入れていたけど、虫が嫌いな母はものすごい怒っていた。

 そして蝉は、あっさりと窓の外に放り投げられた。

 

 僕は泣いた。


 その後のことは覚えていない。

 ただ悲しかったこと、それだけが体に刻まれている。

 今考えると、蝉にとってはそっちのほうが良かったのかもしれない。

 彼の一生は短いから、あんな狭い家の中で過ごすよりかは、大きな自然の中で死んだほうが良かったはずだ。

 でもそんなこと、当時の僕には何一つとして関係はなかった。

 僕が欲しかったから、僕のために蝉を捕まえたんだ。

 そこに、命を思う気持ちなどない。


 ああ、そうだ。

 あの日の翌日、少しだけ母は、気まずそうな顔をしていたっけ。

 確か夜ご飯は僕の好きな唐揚げで、いつもより量が多かった。

 僕はそんなことに気づきもせず、苛つくようにご飯を残した。


 母の顔は見なかった。


『おひつじ座駅ー、おひつじ座駅ー』 

 

 汽笛を上げて、電車は止まった。

 ホームは、大勢の人間で埋まっていた。

 

 ぼくは、ポケットに入れていたシャーペンを取り出した。

 窓の縁に先端を当てる。

 傷を描く。


『さよなら』


 僕は電車を飛び出した。

 空は、あの夏の日のように快晴で、外は蒸し暑かった。

 

 人混みに紛れて、母を探した。

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