貴船
総本山鞍馬寺総領尾崎は、まだ若いみそらでありながらも、ここ鞍馬山を仕切っていた。
「カラスがやけにうるさいのう」
尾崎が空を見上げていると、「貴船神社からSOSです」と、丁稚奉公が走って来た。
毎年のことである。
季節になる前には、こうした嵐が出て来る。
なんてことはない、マナー違反である。
尾崎は、ごほんと一つ咳ばらいをした。
「つまみだせ」
「ごゆるりと!」
丁稚奉公は、張り切って戻って行った。
鞍馬山から続く貴船とは、御祭神を高龗神とした古い水の神様である。
花は、蛍と共にその入り口にある天狗を見ていた。
「立派な天狗でごじゃる」
蛍は、そう言いながらも、すぐそばにあるつくだ煮屋に気を取られていた。
丁稚奉公の晃が、京都御所に行ってから、蛍と花はこうやって京の街を歩いていた。
「佃煮を買ってくれたら、駐車料金はタダだよ」
つくだ煮屋のおかみは、いかにも初見さんといった男女に言った。
「タダでごじゃるか?」
蛍がひそひそ声で花に言って来る。
花は、目の前の男女が二、三の佃煮を選んでいるのを見つめていたが、ふと、駐車場で待っている運転手のことを思った。
タダになれば、その分、運転手のポケットマネーになる。
「うちは、タダには出来ぬのか?」
早々におかみに口を聞いている蛍を、花はなかばあきれて見た。
「おいしそうでごじゃる」
本気で佃煮を選び始めた蛍に、「よさないか」と運転手が止めた。
「滅多に来れんのに」
蛍は車に乗ると不服そうに口を尖らせた。
花は、立派な天狗の鼻を窓から見ていた。
「次は土産屋じゃ」
蛍は、運転手に言う。
「そうか、まだ何も買っておらん」
花は言った。そして蛍と目を見合わせると、蛍がほくそ笑む。
「蛍は洋服が似合うのぅ」
花が言うと、蛍が楽し気に腹に力を入れ、「どうでごじゃるか?」と胸を膨らませた。
「プッ」と花は笑った。
「こおりかきが食べたい」
蛍が呟く。
十五の二人は、先ゆく不安をよそに、まだまだ無邪気だった。




