人柱の侯爵令嬢ドロシー
異世界に転生して、侯爵令嬢ドロシーとして育った。成人したから、そろそろ結婚しなければならないと思っていた頃だった。
突然大変なことが起こった。国王が変なことを言い出したんだ。
「国の大きな川に、橋を架けようと思う。だから、人柱を選んで生き埋めにしよう。誰か志願者はいないか」
国王の発言を受けて、貴族達は意外と乗り気だった。なぜなら、家の誰かが人柱に選ばれたら、その家は国王に恩を売れること間違いなしだからだ。
「ドロシー。お前を人柱として推薦しておいた」
父親はそんなことを言ってきた。信じられない。娘の命を捧げてまで、家の繁栄を願うのか。ふざけるな。
「やめてください。今すぐ取り消してくださいっ」
私はそう言った。けれど、母親が私のことを止めてきた。
「ドロシーは過剰反応しすぎよ。ドロシーが人柱に選ばれると、まだ決まったわけではないでしょう。ほら、お父様に謝りなさい」
母親は私を叱った。なんで私が悪者にされるんだ。
でも、私は謝罪しないといけないのだろう。この国では、未婚女性の発言権なんてないに等しいのだから。
「申し訳ございません。でも、私が人柱に選ばれたら、両親を呪ってやります」
私は本気で言った。なんなら、今すぐ呪詛をかけたかった。
「そんなこと言うなっ。子どもは親の所有物だ。舐めた口を聞くんじゃないっ」
父親にそう言われて、私は頭を殴られた。痛い。脳血管が破れて死ななきゃいいけれど。
そんな心配をした数日後、私は人柱に選ばれたと知った。ああ、両親なんか大っ嫌いだ。地獄に落ちろ。
「家のために、ドロシーはちゃんと死んでくるのよ」
母親は涙声で言った。泣きたいのはこっちだが。
「ドロシーが人柱になってよかった。お前は生贄として捧げられ、英雄になるんだ」
父親は好き勝手言ってくる。大っ嫌いだ。そんなことを言うなら、私の代わりにあなたが死ね。
「私は生きたいんです。こんな家出て行ってやりますっ」
そう言って、即座に有言実行した。そのまま、私は玄関へと走った。けれど、自分は使用人達に取り押さえられて、縄で縛り上げられた。
そうして、私は王城へと運ばれた。何日も馬車に揺られて、まるで荷物みたいに運ばれた。
もちろん、必要時は縄を外してもらえたけれど。私の逃亡を阻止するため、常に見張りがいた。
「ドロシーお嬢様、お許しください。僕達もつらいんです」
執事達はそう言ってきた。被害者ぶる偽善者め。執事は命令に従っているだけとはいえ、私から見たら立派な加害者だよ。
馬車にメイドが少なく、執事が多い理由も、それだけ私を逃したくないからだろう。女性よりも男性の方が足速かったりして、鬼ごっこには有利だからなあ。
「では、私をこっそり逃していただけませんか」
私は笑顔で言ってみる。しかし、執事達はみんな気まずそうな表情を浮かべた。
「それはできません。僕達のクビが飛んでしまいます」
一人の執事はそう言う。あのさあ。君達が助かっても、私は死ぬんだけど。この執事は分かっていて煽っているのかな、無自覚なのかな。どっちでも胸糞悪いや。
どうせ、みんな自分の命がかわいいよな。他人が死のうと、本音ではどうでもいいよね。人によっては、心をちょっと痛めることがあるのかな。この異世界の人間は大体そんなもんだよね。大っ嫌い。
まあ、執事やメイドに当たっても仕方がないのは、充分分かっているよ。彼らは命令に逆らえない、これは絶対だ。でも、憎くて仕方がなくて、怒りしか湧いてこない。
「……」
私は笑顔で黙りこくって、そして逃亡計画を何度も立てた。実際私が逃げようとするたび、使用人達に阻止された。
ああもう。何もかもがうまくいかない。本当にイライラする。
そうこうしているうちに、私は王城へと送り届けられた。私は縄の拘束というラッピングをされたまま、国王の前へと差し出された。
「ドロシー様。この度は人柱として立候補していただき、誠に感謝いたします」
国王がご丁寧に言ってきた。無理。そんな言葉で飾ったって、どうせ私を殺害するんだろう。
もういい。私は最期まで醜く足掻いてやる。私の親の顔に、泥を塗りたくってやるよ。ざまあみろ。
「お言葉ですが、私は立候補なんかしていません。家族が私を、勝手に推薦しただけです。私は死にたくありません」
そう断言する。そもそも、国王が人柱とか言い出すから悪い。
私は謝罪すべきなのだろうけれど、謝ったりしない。どうせ私が無礼を働いても、従順に振る舞っても、殺害されるという結末に変わりはないのだから。
「ふん。ドロシーは失礼な女だな。そこの兵士、ドロシー様の首をはねろ。そのあと、ドロシー様の遺体を、橋建設予定地へ埋めに行け」
国王が口調を変え、不機嫌そうに言った。兵士は命令に従い、剣を抜いて近づいてくる。
嫌だ。殺されたくない。死んだら次も転生できる保証なんて、どこにもないんだよ。
「何でもしますのでっ。お願いいたしますっ。命だけは助けてくださいっ」
私は全力で叫ぶ。頼むから殺さないでほしい、多分叶わないけど。
「ドロシー様は生存意欲のすごく強い女性ですね。気に入りました。僕はドロシー様と結婚したく思います。ですので、ドロシー様を生かしてください」
突然、とある王族からそんな意見が飛び出してきた。どうやら、第二王子フランクの発言のようだった。
「フランク、口をつつしめ。お前は王位継承権争いに興味がないからと言って、好き放題やりすぎだっ」
国王がフランクを怒鳴りつける。けれど、フランクはヘラヘラと笑っていた。
「僕は次期国王になるつもりがないので、結婚相手をある程度自由に決める権利くらいあるでしょう。そもそも、人柱を用意するなんて発想自体、時代遅れすぎますよ。今時、他の国はそんな古臭い儀式をやっていません」
フランクはそう言って、私にそっと寄り添ってきた。このフランクが内心何を考えているかは知らないけれど、味方になってはくれそうだ。
私も何か言いたいけれど。フランクの邪魔をしないよう、黙って見守るべきだろう。
「それはそうだが。くそ。フランクの王位継承権は剥奪するからなっ」
国王は悔し紛れに言った。すると、フランクはふわふわと微笑んだ。
「ありがとうございます。僕は王位継承権争いに巻き込まれたくなかったので、むしろ大助かりです。では、僕はドロシー様と幸せに過ごします」
フランクはそう言って、私にキスしてきた。私は思わず悲鳴を上げそうになったけれど、場の空気を壊さないよう我慢した。
フランクのおかげで、私は人柱候補から解放され、まさかの結婚生活へ突入することになった。フランクにはお礼をしっかり伝えて、恩を恩で返せるよう頑張っている。
そんな私を、フランクは穏やかな笑顔で見つめてくれている。こんな未来がくるなんて思ってもいなかった。とても幸せだ。




