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繋を繫へと表記を変更。2026.3.20
欲しいもの、それはなんだろう。衣食住。長い間、手にできなかったもの。趣味のもの。少し届かないと思っているもの。または少しの勇気が覚悟が必要なもの。色々あるのだろう。
諦めることを考えても、誰もが否定しないのかもしれない。なんなら喜ばれるのかもしれない。 だが、わたしは__。
私はいつも通り目覚め、愛すべき侍女らに世話をされ、愛すべき家族と時間を共にする。
未来のために努力することは惜しまない。それらは自らの為であり、周りの者や先祖、祖先を思ってのことはでもある。そして、それを父母や我が家に仕え働く者どもも応援し助力をくれる。ああ、なんと素晴らしいのか。それはなんて__。
だが、目的も時間的制限もある。
私は__。まだ早いとも言えるが、もう待てない。この痛みが何を生むのか、なにを始めるのか。予想など幾分も前からしていた。理解も想定もとっくに。だが、思いの外……。
この世界には魔法が存在し、天使と悪魔が存在する。天使は優しく、慈悲深い。そして、人間の絶対的に守護者であり味方。悪魔は人間と契約をし、必ず約束を守る。だが悪魔は人間の絶対的な味方ではないため、その契約が契約をした者や他の人間に何を齎し、なにを奪ってゆくのかは人間の考えとは行き違うのか、度々噂話や各々の感想を耳にする。
少し余分がついたが、これが主な人間側の解釈と言えるだろう。
我が屋敷から行き、日帰りで行ける距離にあり。我が家の管理区域。所有している領地内の森林。そこには悪魔がでるとの然程他の地域には広まってもいない俗信がある。
そこに行き、私は悪魔を探した。父母には知らせたと使用人らを欺き、森の前で権限を使い待たせた。悪魔さん、悪魔さんと声を放ちながら暫く歩みを進めた。すると、迷惑そうに興味深そうに声がする。感覚のなにもかもが鋭く昂揚し、経験、記憶が煌くように感じる。
私は用意していた言葉を伝える。『願いの為に契約を所望し、払うものはこの魂』だと。
そして、意地が悪そうで手慣れた態度な如何にもな悪魔と協力という内容の契約をした。欲するもの、払う対価。対象者である両者の名前に。罰則。それらが書かれた、魔法で宙に浮かぶ紙。私は契約内容を確認し名前を署名する。魂が掛かっている為、罰則はなしとあった。契約期間は長くとも私が成人するまで。
期間はある程度短くなければ__。
悪魔はできる限りの協力を、私は魂を約束したのだった。
外出での件は少し堪えたがなんとか自力で済ませることができ、私は自室で息を吐く。
悪魔の容姿は予想通りで、こちらへの反応は特別には感じなかった。そのため交渉中にも拘らず、その裏側に思いを馳せそうになった。が、目的の達成のためにここで一人になるまではと、それらの思考は制えた。そして今、今日のことを考えているのである。魂との契約のためだろう、胸のあたりに彼の者との繫がりを感じる。幾年か求めてきたそれに気づくと、自然に胸に手をおき私の顔は温容としていた。
それからは短く早く。嬉しく悲しく。日々は過ぎた。
契約した彼としたことは多岐にわたる。私を産み身体を悪くしたという母の体調を良くする為、伸び代のある我が家の爵位の為、私の能力による欲しくもない争いによる嫌な影響を起こさなくする為などに協力を貰った。他にも使用人・家族・領民の為。
それ以外にも、悪魔にでき得る限りの協力と、名前で呼ぶ許可を逼ったり。こちらも名前で呼ばせたり。共に遊びやいたずらをしたり。生まれてきた可愛い妹に渡す物の捜索や運搬を任せたり。人なり物なり……。まぁ色々やった。
悪魔が入れぬ場所に行くためや、悪魔と気づかれぬようにと魔道具を作成し、
「時々発想や能力が人間の範疇を超えていないか」
と気味悪がられるなどしたこともあった。彼を私の従者にするためである。そちらの方が良い。絶対に。都合が良い。
衣服や髪型を合わせ、
「なんの意味があるんだ」
と言う申しを受け吹っ飛ばしてみたり、
「全く似合わない」
なんて言い合ったりしたこと。共に過ごしたあれやこれ。全て……。すべて私の貴重なものだ。
そんな時ももう仕舞いが近い。限界なのだ。
今夜、成人した者のためのような夜会が王城で開かれる。正確には王太子の成人の祝いと正式な婚約者のお披露目であるが。
つまり、私は成人の年齢は迎えていない。故にまだ私はここにいるのである。とはいえ王太子とは同年代のため、事は先述の通りである。まあ、私はよくも保ったものであると思っているのだが。
最近なんて特に遊んでいただけの様なものだ。いつ、彼がもう__なんて言ってもおかしくなかった。
そういえば……。今夜の主役の王太子とは婚約話が持ち上がったことがある。
それは、我が家の爵位が上がったことやそれに対する私の働き、私の能力……によってであった。
今となっては『全く残念だよ』とうざったらしい冗談を言われ、『まったく冗談のセンスは私が補うしかありませんね』と隣から告げる王太子の婚約者の三人で会う機会もある仲である。未来の国王夫妻との思い出も、面白いものがたくさんだ。きっといい国になるのだろう。いや…あれだけ苦労したのだ理想は軽く超えるぐらいして欲しいものだが、それはそれで差し障りがありそうだ。
「何を考えている」
と頭上から声がする。いくら気を回されこの部屋には私達だけだとしても、椅子に座る私を上から覗くのはどういう了見なのだ。反則だ。私が今身勝手にも定めた規則の。
そんなことを思いながら首を上に向ける。今日の私のエスコートをする協力者で、従者な悪魔の顔を見る。
「貴方のことを考えていたのよ」
と返す。間違ってはいない。見つめる黒い瞳が、その表情が何を考えているのかなんて。私は知りたくなどなかった。
王城までの馬車の中では両親から
「そろそろ貴方の相手も探さなくてはね」
「綺麗よ」
などそれらしい会話を受けた。
「良い相手がいるなら……」
なんて言われながら。
可愛い妹にも出発前の家内で、祝言やら讃辞やら約束やらと色々と貰った。嬉しいはずのものだが顔が突っ張りそうだった。
いざ夜会が始まれば階の上に挨拶をする。祝いの品を渡したり、今後の話しをしたりなんかもする。会う人会う人ともお祝いを言い、
「もうすぐですね」
「祝いに行きますよ」
「珍しい光属性もお持ちなのだから。お手紙、忙しいんじゃありませんの」
などを言われるなどしていると、音楽が変わる。踊りの時間の合図である。
ダンスを彼と踊るのは初めてではない。候補を作らないなどの理由でよく彼を連れに選び、ダンスもよくした。『流行や決まりがすぐ変わる、人間の踊りなど__』と言っていた彼も私の相手は手慣れたものだろう。彼が人間でないのもあるだろうが、回数もそれなりに積んだからだろう……なんて。
国王夫妻に王太子とその婚約者、二組の踊りが先に行われる。
「最後になるのか」
と彼が言う。
二人の友の踊りに目を向け直しながら、
「そうね」
そう言葉を支えながら発した。
少しして、
「約束……」
と悪魔らしくないもない言葉は聞こえない振りをした。
そういえば何かに託けて『約束だ』『お願いだ』と言っていたら、『悪魔に__』と呆れていた在りし日の彼が浮かんできた。
「なぁ」
そう言うので、ちらと目を向ける。
「隠し事、言いたいことはないか」
それはほんのり挑発的な声だ。
城でそんな口調はなんて、もうどうでも良いか。もう保たないし__。
眼光炯々。ぎらりと光るような双眸に悪魔らしいなんて思う。うっかり言いそうになる。それすらも、すれすらも愛しく、悪いと思った。
今の彼は彼らしくなくもあり、とても彼らしい。
そんな話す気のない私に彼は諦めたのか、それ以上はなにも言わなかった。
これで__。
これが最後のダンスだ。 彼は大して顔に出してはいないが、機嫌は良くはなさそうだ。それなりに機嫌が悪い。そう見える。そう、それは。最後のダンス。
回っている私に彼が目を向けている。背中から感じる視線。
それは私の態度が何か引っかかったのか。気付いたのか。それとも。
私と彼を繫ぐ、羈ぐ契約の鎖が揺れる。魂までも縛る。外れることなんてない。ない鎖が、少しずつ。少しずつ。
契約期間を私が成人までにしたことには理由がある。そこまでは保たないから。今日までよく__。
ああ、最後か。
彼の顔は見れなかった。 私の踊りを続ける体を止められ、私は顔を上げた。それはあまりにも早い自家撞着。彼の顔は想像通り可愛くて、想像以上に可愛かった。
「わたし、貴方がずっと好きだったの」
口から飛び出したのはそれだった。謝罪から始めるつもりだった告白。
驚いている顔。彼が私の目に映る。ああ。
目の前の素朴な驚いている顔に、こちらが落ち着いた。
「ごめんなさい。……やっぱり、気が付いていたでしょう。私は」
不意に身体が抱き寄せられ、抱きしめられていた。
それは、愛されているのだと先にそんな理解が来た。
本心などわからない。それでも、それでも。その温もりに。背中に感じる貴方の手に、私の本懐は成される。
諦めがついた。やっと。今の今まで泣き喚いてやろうかなんて__。
そして、私の体は渝わる。いや__。黄色かった私の髪と目は白く、背中からは白い羽が生えている。頭上の煌く環。その姿は天使。そうとしか、その場の誰もが思わざるを得なかった。
姿が化わると、かろうじて繫がっていた様な鎖は。崩れ、跡形も無くなった。
なくなった。
それと共に、彼の存在もまた明らかとなってしまう。見る者によっては、もうとっくに検討がついているはず。
それでもまだ動かないのは、私の存在だろう。
私は、王城の大広間の天井を大きく空けた。
そこは初めから穴があったかのように。力強い光とともに人間らの目には、青い空が。棚引く雲が飛び込んでいた。上部の装飾や屋根は消失し、何世代も白昼夢を見ていたかのようなそんな有様だった。
ありえないことが起きている。解っているはずなのに。その認識は頭から中々離れない。
そんな状況は誰の帆船に風が吹くのか。
大広間の大多数の人間が頭を働かせられるようになった時。渦中の二人と呼べるかいなかは分からないが、その二人はいない。空が見えた穴は元に戻っており、しばらくはそこに静かな混乱が存在することとなった。
いくら抑えても、上手くやっても。
天使の魂は人間と判別される肉体には長くいられない。体は保たず、その者は少しずつ天使らしい部分が垣間見える様になってゆくだろう。
それが、いくら天使が自ら創った肉体。人間だとしても__。
『天使へと姿を変えた少女の家族、友人、そしてその王国はその天使より贈り物を貰う。この贈り物が祝福かはたまたその反対に位置するかは議論される部分も存在するが____。友人にはその時はまだ王太子とその婚約者であった__王と__王妃や____。そのとき城には居なかったらしい妹とされる人物__は同時刻。屋敷の自室にて姉を感じたとの____。そして何より興味深いことは、それらの人物は皆天使となったあとの彼女について。変わっていたが変わっていなかったと思っていたということだ。この一件は話題性か影響の大きさか、当時の体験した者らによる記録が多いため、概ね事実と考えて良いだろうされている』
『去り際の彼女は笑みとともに贈り物を贈ったらしい。その笑顔は悲しげだったとも、優しげだったとも、嬉しげだったとも、寂しげだったとも言われている』
__どこかの時代の、どこかの国の、どこかの書籍の記述__
読んでいただいた方、ありがとうございます。
拙い部分も多々あったかと思います。精進致します。
もう一話ありますので、よろしければ。




