Realig 8 第一部 第三章 第三話 「彼に逢えるか」
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「おう、ビリーヴ」
コーラルリーフは、夜ごとビリーヴを誘いに来る。
「なんつっても、都は、あれだよ、夜こそ楽しまなきゃいけねーんだよ! 歓楽街や繁華街はいいぜー? ギャンブルだって、奴隷どもを戦わせる闘技場だって、芝居だって、ダンスパーティーだって、サイコーに楽しいぜ! なんだったら、奴隷市場に行って、性奴の五、六人、買ってやってもいいぜ? 性奴は従順だからな、おまえみたいな奥手っぽい奴には向いてるだろ? あ、それとも、娼婦館のおねーさまのほうがいいか?」
「オレは、そんなの、いいよ……。もう、寝る」
「なんだよ、なんだよ、そんな早く復ちまうなんてよ、汗して働く庶民やら、それより更にひでー、人以下の奴隷じゃねーんだからよ。ま、逆に下賎な奴らの中には、深夜も働かないといけねぇのもいんのかもしんないけど? うわ~無すぎ」
布団に潜り込むビリーヴに、コーラルリーフはわざとらしく嘆く。
「オイオイ、何度も言うようだけど、夜の楽しみを知らねぇなんて、人生の楽しみの半分も知らねーってことだぜ」
「……それより何か、オレに仕事をくれよ。オレのしようとする仕事の邪魔しないでくれよ。落ち着かないんだ、何かしていないと」
「かー! これが天下の仙人のセリフかねー?」
顔に手をやり、天井を仰ぐ。
「父上のご命令どおり、粗相のないように扱ってやってるだろ。何が不満なんだ? 小姓だの侍女だのだってたくさんつけてやったし、食事だって、服だって、最高級の━━それこそ父上と同格か、それ以上の物を与えてるだろ。……なのに、自ら部屋の掃除をしようとしたり、料理をしようとしたり、庭師や馬丁を手伝おうとしたり、従僕の力仕事を手伝おうとしたり……ワケわかんねぇよ、俺。そんなの、下の連中にやらせときゃあいーんだ。なんで好き好んで、そんなメンドっちー、単しい仕事をしなきゃいけないわけ?」
「…………」
「仕方ない。夜が嫌なら、日中━━明日にでも、狩猟に行くか? 愉快だぞ、逃げ惑う獣どもを射殺すのは。ポーラスター兄上は、狩りがお上手で、奴隷どもを狩り場に放して貼ったりもしていらっしゃるらしい。さすがにオレはそこまではしないけどねぇ。ま、奴隷なんぞに生まれた━━神に選ばれなかった青の種族じゃ射殺されても仕方ねーよな」
「コーラル……!」
ビリーヴは勢いよく上体を起こし、ベッドの上で、コーラリーフを睨む。
「オレの知っているおまえは、そんなこと、言わない……!」
『働かざる者は食うべからず! 人は働かなければならん。そうしなければ、美しい心が曇ってしまう』
『勝手に死んじまえ‼︎ おまえなんか━━ッッ‼︎!』
『意味がある。レアを拾ったことにも。おまえを拾ったことにも。━━きっと、意味が、あるんだ……』
『わかんねぇんだ。俺だって、誰だって、なんで、存在しているのか。自分が━━なんなのか』
『たとえそうだとしても━━やらない』
ずっと、憧れていた、青き瞳の暮らし。
それこそ、自由で華やかな貴族や王族の暮らし━━王宮の暮らし。
「だけど━━こんなふうなのは、なんか、違う……!」
まくらをひっつかんで投げる。
『こんなものに、一体、なんの意味がある?』
『なぜ、わかるんだ? 相手のことが。目に見えない、ハートが。瞳の色やなんかで、なぜ、相手を虐げたり、素晴らしいと褒め称えたりできるんだ?』
『人は、生まれた時から等しく尊い者』
「おまえは、ホントに、コーラルなのか……⁉︎」
天蓋の向こうに追い出され、コーラルは唇を噛む。
『俺は━━生前、なんもわかっちゃいなかった!』
「本当に、おまえが、あのコーラルになるのか……⁉︎」
部屋を追い出され、コーラルリーフは通路の壁を挙で打っ。
「……わからねぇ」
俯き、かぶりを振る。
「……あいつの言うことは、全然、わからねぇ……」
閉ざされた紫の扉を見つめ、苦しげに言う。
「なのになぜ、あいつの言葉が、こんなに、気になるんだ……」
今まで、どこにもいなかった。
━━あんな、奴……
マントを翻し、歩きながら、コーラルリーフは柴の瞳を揺らす。
「……わからねぇよ、ビリーヴ……」
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ここは、過去の世界だ。
ビリーヴはそう思っていた。
だって、コーラルが……生きている、コーラルリーフがいる。
彼が、本当にあの、コーラルなら……
━━どうしてだかは、わからない。
自分は、過去の世界に来てしまった。……
だけど、知らない。
こんな、紫の瞳の王族なんて。━━紫の瞳が、青の瞳を支配していたなんて。
そんな、歴史、聞いたことがない……!
「一体、どれほど━━何百年……? 過去の世界なんだ……?」
生活レベルは、さほど低くはないようだが━━。ここが王宮だからかもしれないが……。
わからないことだらけだ。
「それとも、意図的に、青の瞳の支配が始まってから、過去の歴史を封印したのか……?」
しかも、自分は━━まるで、あのガイコツのコーラルのように、水や食べ物を何もない空中から出現させたり、新もないのに火を起こしたりだって、できるようになってしまったのだ。
「本当にオレは、仙人━━神仙なのか?」
考えられるとすれば、時を越えるという奇妙な━━ありえないはずのことを体験してしまったせいか?
それくらいしか、思いつかない……
「この、瞳だって……なぜ……」
鏡に映す度に、思い出す。
━━レアリーギ。
彼女は、どうなったのだ……?
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「神仙様、お食事をお持ちしました」
紫色の外ハネの髪に、紫色の瞳の娘が、食事の載った盆を片手に、扉を開いて現れる。
「ありがとう」
先日落としたばかりの砦を、今は彼らは拠点にしている。
「各地で、我が同胞たちが、次々と、青の瞳の支配者たちを倒しています。奴隷解放と平等の大義のためにま
彼らは希求している、青の瞳の人々の自由を。
━━青も、柴もない世を。
「あなたは、本当に、それでいいのですか、ハープ姫?」
紫色の瞳の、童顔で小柄な娘は静かに笑う。二十歳だということだが、五歳は若く見える。プロポーションはよさそうだが、慎みが深いのか、露出の少ないローブのような服を好むらしい。アクセサリーといえば、ペンダントくらいか。はでな物はあまり好まないようだ。しかし最近は、革命のため、活動的な服を着、武器も手にする。運動神経は、育ちのいい姫にしては意外といい。
「ええ。私は、父を討ち、ミストに真王になって欲しい」
レアリーギと机を挟んで座っていた青年━━ミストが顔を上げる。
水色の、肩より少し短い、不揃いにすいた髪。切れ長の目。脳は青━━。
長身中肉で、青系の服を着、よく整った顔をしているが、愛想がなく、口数も少ないが、人望はあり、不言実行タイプの━━頼りになりそうな印象がある。十九歳くらいか。
彼が、各地で狼煙を上げた、奴隷解放平等革命軍━━紫の側は反乱軍と呼んでいるが━━の内の、主な司令官の一人。
━━レアリーギは知っていた。
ここは、過去の世界だ。
自分は、教えられていた、《レアリーギ》で。
紫の瞳が、青の瞳を支配していたこと。
ビリーヴの出現で知ってしまった━━、
世は変わった。
━━青の瞳が、紫の腫を支配している……
ビリーヴが、時の歪みを通って《レアリーギ》に現れたのでなければ、
世の流れは、紫から、青の支配へ流れる。
この世界へ来るまで、時を越えることができるなんて……知らなかったけど。
「神仙様……」
机上の地図に目を戻す。ハープが机の隅に置いた食事に、レアリーギもミストもまだ手をつけない。
「次は、どこが落ちます?」
「えーと……」
レアリーギは、革命軍がどう動いたか、それを歴史として、いくらか暗記している。
《レアリーギ》には、そういったことに詳しい、元軍関係の者もいた。
「そろそろ、ここが、落ちるはずですね、ミスト」
「なるほど……」
「この戦は、重要です。第一王子ホープが、前線に出てきます」
「お兄様が……」
ミストに寄り添うように立っているハープが、悲しげに顔を歪める。
神仙。
進軍中、海でレアリーギを見つけた革命軍の者たちは、レアリーギをそう呼んだ。
彼女の瞳の色は、神仙たる証。
神が我らが大義を果たすために使わせたもうた、神仙に違いない!
そう最初に言ったのは、誰だったか。
レアリーギは、元いた場所へ━━《レアリーギ》に還りたかった。
コーラルや、みんなに……
ビリーヴに━━逢いたかった。
だから、せめて歴史を変えないために、彼らに味方することにしたのだ。
あのとき、確かにもう一度、ビリーヴの手を掴めたと思ったのに……どこかで離してしまったのか━━そもそも、一緒に時を越えること自体、無理だったのか。いくら探しても、あのミストたちと出逢った海に━━彼はいなかった。もしかしたら、手を途中で離した━━最後まで握っていられなかったせいで、ビリーヴは別の場所に出現したのかもしれない━━そんなふうにも考えて、革命軍についていきながらも彼を探しているのだが━━どこにも、彼は、いない……
どうしてこんなに、彼のことばかり、気になってしまうのか。
こんなに胸が苦しいのか……
あまり、親しくなれたわけでもなかったのに……
彼と友だちになったのは、コーラルのほうで。自分は、あまり、彼と話すこともできなかったのに……
━━初めて見た、生きた男の子。
ずっと、憧れていた、存在……
「……ビリーヴ、どこにいるの……」
そうして、レアリーギには気になっていることがある。
いつもしていた舵型のペンダントを失くしてしまった。海で、落としてしまったのか……。
あれは、自分が赤子で捨てられたとき、くるまれていた布地の内側━━ポケットに入れられていたものだったのに。
それとあのハープのしているペンダントが、とてもよく似ている。
そして━━、
━━ミスト。
あの人の、声……
しかし神仙と呼ばれても。
レアリーギには大したことができるわけではない。
コーラルたちのまねをして、彼らにできたこと━━水を出したり、火を起こしたり、食事を出したり━━試してみたそんなことが、できただけ。
それでも、大きな驚きではあったが。
「神仙様がいれば、我らに敵は無し! 神仙様は、世界を変える力をお持ちになられているのです」
彼らはそういう。
だけど、そんなの無理だ。
今の自分や、《レアリーギ》のみんなの力が、仙人クラスと呼べるなら。三つの奇跡を人に与える神仙とは━━格が違いすぎる。
この世界では、こう考えられているらしい。
《レアリーギ》で教わったことと合致する。
仙人や神仙は幸福を呼ぶ。
特に、神仙に祝福された者は、三つだけ、願いを叶えてもらえる。
だから、皆に特別に扱ってもらえるのだ。
ちなみに、この時代では、神は、この世界のどこかにある神山に住んでいるといわれている。人では険しすぎて昇れないその山に住むのは、金色の瞳を持つ、男の神。
レアリーギはこちらはよく知らなかったが、ビリーヴたち紫の瞳の者が奴隷とされる時代に信じられている神は、女性で、海に住むとされている。
共に、その時代の階一絶対神である。
確かに、レアリーギの存在は志気を高め、その知識は戦略的に━━ミストたち革命軍の役に立っているのかもしれない。
何よりの強みは、
青の勝利を知っていること━━。
だから、言える。
「必ずや、青の勝利が訪れることでしょう」
だからといって、それが本当に絶対だと言じているのかと自問すれば━━やはり不確かさは拭えず、不安ではあるし、命の保証があるわけでもなく、還れる保証もなく。
彼に逢えるかもわからないけど……




