Realigi 5 第一部 第二章 第二話 「伸ばした手」
2
「嗤わせるな。真の平等なんて、どこにもありえない」
人類皆平等?
その考えだとて、すでに差別だというんだ。
世界に生きるのは、人間だけではない。
他の魂を、生き物を差別する発言ではないのか?
奴隷だって、人以下の存在といわれ、嘲笑されることが少なくない。
他の生物を食い物にして生きている時点で、すでに、平等などありえない。
「つーか、おまえらって、人じゃねーよ。ガイコツだよ」
嘲笑する。
生の理から外れた者。
だから、言えるのか?
平等なんて。
「神なんて、信じない」
それに近しいかもしれない者なんて、
信じられない。
「頑なだね~おまえは。少し心を開いてくれたかと思えば、また、噛みつく」
コーラルは頬杖をついて、笑う。
「でも、いいぜ? 少しずつ、少しずつでいい。少しずつ、心を見せてくれ。おまえがそうやって、怯えて、人に心を許せないのだって、それは、おまえの生き方だ。これまでの、経験から来る、おまえなりの生きるための行動だ。だけど、心に留めてておいてくれ。おまえは、奴隷ではない。少なくとも、ここでは。おまえは、ただのビリーヴだ」
「……供えてなんかいない」
疑っているだけだ。
「まーともかく。この船にいる限り、睡の色で差別されることはない。おまえも早いトコ、そんなわだかまり捨てちまいな」
ビリーヴは席を立ち、何も言わずに食堂を出ていく。
レアリーギが席を立ち、コーラルに近づいてくる。
「なぜ、言いませんでしたの? 瞳の色を変えることなんて、誰にもできないと」
瞳の色を━━姿を変えられる力がある者は、少なくとも、この船には一人もいない。
コーラルは小さく笑う。
「それは、俺が、━━あいつに期待してるからだよ」
3
『ビリーヴ、あなたを愛しているわ。たとえどんなことがあっても、この気持ちは変わらない』
もう、二度と逢えない。
そんなこと、とっくにわかっている……
なぜ、自分やレアリーギが、幽霊海域に━━この船に流れ着いたのか。
なぜ、レアリーギがあの瞳なのか。
彼女の生まれについて。家族について。
そんなものについても、誰にもわからない。
レアリーギには、不思議な力はないらしい。
ビリーヴは、少しずつ、コーラル以外の者たちとも言葉を交わすようになった。彼の警戒心が完全にほどかれることはなかったが、《レアリーギ》の者たちは、みんな、嬉しそうだった。
「いいね、いいね、ビリーザ。レアは料理のセンスが徹底的に欠けてるからねぇ。おまえは教えがいがあるよ」
厨房にビリーヴと並んで立ちながら、コック帽を被ったセシボンは上機嫌だ。
「コックリーダーといってもねぇ、このシップで飯食うのなんて、キャプテンくらいなのよ。だけど今は、おまえが来てくれて料理を食べてくれる! 私はホントに嬉しい‼︎ そのうえ君には、料理の才能があるようだ‼︎」
包丁を持つビリーヴに、やたらスキンシップをはかってくる。類を引きつらせつつも、ビリーヴはそれでセシポンをブッ刺したりはしなかった。
なぜなら、彼の作る料理に魅せられていたからだ。セシボンの料理はメチャうまだった。
……まぁブッ刺そうとしても、ガイコツだから意味ないのだが。
「夢だったんだよ、こぉして、息子と一緒に料理すること‼︎ あぁあぁビリーヴ、頼むから、私のもう一人の息子になってくれ! ダディーと呼んでくれ‼︎」
鼻息荒く、ほとんどエロオヤジのようなセンボンを引っつけたまま、ビリーヴは野菜の切れ端を摘み食う。
「ところでセシーさん。他にコックはいないんですか?」
「ダディーって呼んでくれ。みんな、とっくに昇天しちまったのよ。ガイコツになってまで料理作ってるのは、私だけ」
「……そうか」
「レアリーギが来るまでは、私は本当に役立たずだったのだよ。まるで日陰者だったのだよ。いやぁでも今は、私には飯を食ってくれる娘も息子もいるのだからな! 嬉しいったら、ないね‼︎」
「レアリーギがキャプテンになってから、この船は、《レアリーギ》って改名したんだ。レアの名前? えーと、それもレアが拾われたときに包まれてた布に縫われてたんだよね……。あ、知ってた? ビリーヴを拾ったのは、レアで、彼女がポートで魚釣ってたときに、見つけたんだよ」
高い柱の上の見張り場で、双眼鏡を覗きながらオクトが言う。背が低いので、台の上に乗っている。
「見つからないかなぁ。陸地」
夢見こごちに、ガイコツは言う。
「……おまえは、元いた場所に帰りたいと思うか」
「え?」
双眼鏡を外し、オクトは、横で別の双眼鏡を覗いているビリーヴを見る。
「……思わないよ。だって、ボクらがいた場所なんて、とっくに失くなってるハズだもん。ボクらのいた時代は、もう、過ぎ去ってしまったんだ」
プチサイズでも、子どもの声でも━━もう、こいつは子どもじゃないのかもしれない。ビリーヴはそう思う。
「ねぇ、ビリーヴ?」
双眼鏡を覗き直しながら、オクトが言う。
「見つからないかなぁ、……何か」
操能手のシーマイルは、ビリーヴに舵を握らせてくれた。
「ほら、こうやるんスよ。やってみ」
ついでに自分の船乗り帽を、ビリーヴに被らせてくれる。
「……これって、意味あるのか」
抜け出せない海域で舵を取る。
「まぁ、それいっちゃ、俺たち自体意味不明ッスからね! 俺たちの行動自体は、はっきりいっちゃ、意味はないッすね、あんま。生前やってた、仕事をそのまんまやってたり。或いは、ガイコツになってから、何か仕事始めた奴らもいるッスよ。そういうのは、大体元乗客ッスね。……コーラルとかね」
コーラルは大抵掃除をしている。デッキのブラシがけや、船室清掃など。
「《レアリーギ》ではみんな、何かしら仕事をしてるんスよ。帆を張ったり、掃除したり、楽士だった奴らが曲の練習をするのも、仕事のうちです。機関室には、やってもやらなくてもどうせ船は動くんスけど、機関士連中が一杯いて、なんだか働いてますからね」
ビリーヴの隣で、シーマイルは舵を握っている。ビリーヴも慣れない手つきで、舵を握っている。操舵室には他にも数人ガイコツがいる。彼らがどこからかマドロスパイプとセーラー服を持ってきて、シーマイルに差し出す。
舵を離し、シーマイルはそれを今度はビリーヴに渡す。
「どうだ、雰囲気出るだろ、着てみ」
それまでビリーヴは、自分の使っている特等船室にあった服を着ていた。というか、コーラルなどに勧められ、着ていた。いわく、余っていて誰も着ないから、勿体ないらしい。最初、この船に拾われて目覚めたときも、あの部屋のパジャマを着ていたのだ。
着慣れない上等な服は落ち着かない。
このセーラー服のほうが、まだマシのような気がする……
━━紫。
このセーラーは、なぜか紫色だ。
紫は、奴隷色とされ、青の瞳の人々が着ることは普通はありえない。服だけではなく、青の瞳の人々の支配する街━━世界では、紫色を嫌い、建物や家具など━━世界の中から柴をできるだけ消している。逆に、青はめでたき色とされ、王族貴族が特に好んで用いる。一般の青の民にも、青い服などは普及しているが、王室専用のロイヤルブルーなどという物もあるらしい。
奴隷に関する色━━奴隷の服などは紫色で、一目で区別できるようになっている。
気にしてみれば、この船には、柴っぽい物も多かった。誰の趣味なのか、紅色や淡紅黄色など━━赤系の物のほうが多いようだが……色あせてはいるが……。
「まぁいーか。別に何色でも」
ここでは常識は通用しない。
「二等か、三等の部屋に移ろうかな……。そういえば、コーラルたちは何等の客室なんだろう。それとも、クルー用の部屋なのか?」
その場で上着を脱ぎ捨てる。
よく引き締まった体━━瑞々しい肌が現れる。
セーラー服を着、帽子を被り直し、マドロスパイプもついでなので咥えてみる。
「いや~いい脱ぎっぷりッスね! ちょっとドキドキしたッス……」
シーマイルが微妙な発言をする。
「カッコイイ! それこそ船長みたい‼︎」
「う、うわ~他にもいろいろコスプレさせてみたい……ッッ‼︎」
「かわいいから、キミ、女装だってイケそうだ!」
「知ってる? セーラーって、立てると、声がよく聞こえるんだよ~」
操舵ガイコツたちが寄ってくる。
「う、うーん……」
燕尾服に着替えたビリーヴを見、コーラルは腕組む。
「悪くもないんだが……おまえはやっぱもうちょっと、柔らかなカラーの服のほうが味が出るな。黄緑や、水色など……。うーん……」
ワードローブを漁るコーラルの後ろ頭を見ながら、ビリーヴは訊いてみる。
「部屋、変えたいんだが」
「あぁ? 気にいらねー? ここ」
「というか、落ち着かない。もっと質素なほうが性にあってる」
「アハハハハ!」
水色の服と黄緑のマントを手にし、コーラルはビリーヴを振り返る。
「……コーラル?」
「聞かせてやりたいと思って……昔の自分に」
「昔のコーラルって……うぐっ⁉︎」
投げられた服が頭に被り、視界を塞ぐ。
「それに着替えろ。俺の見立てがよければ、かなりイケてる感じになるハズだ」
服を頭から取りのけ、ビリーグは表情のないコーラルの顔を見る。
「いいぜ、おまえの好きな部屋を使えよ。いくらでも余ってるからな」
「う、うん……」
「ちなみに俺は乗員用船室。レアは一応キャプテンなもんで、船長用の特等室を使ってるよ。今度、案内してやるよ。結構このシップには、オレ的穴場もあるんだぜ? 特別に教えてやるよ」
黄色いワンピースタイプのドレスを着たレアリーギが、ダンスホールに居並ぶガイコツたちに向かい、声を張り上げる。
「少し、遅くなりましたが、我らが新しき仲間、ビリーヴを歓迎し、パーティーを開催いたします!」
胸元には、いつもしている、舵型の金のペンダント。
「ビリーヴ、前へ!」
ガイコツたちの列の真ん中が割れて、ビリーヴが歩いてくる。
壇上に足をつき、ガイコツたちに向き直る。
「キャプテン・レアリーギは、心より、新たなる同胞、ビリーヴを飲迎する! 意義あるものあらば、申し出よ!」
「意義ありませ~ん‼︎」
「大歓迎ッス!」
「ダディーは嬉しいぞ~!」
口々にガイコツたちが声を上げる。飛び眺ねて喜んでいる者もいる。
ビリーヴはガイコツたちの隅にいるコーラルを見る。コーラルは親指を立ててみせる。
少し緊張した様子で、レアリーギはビリーヴへ向き直る。
「ビリーヴ、あなたには、意義は……」
ガイコツたちが鎮まる
船から飛び降り、拾われた少年。
再び、自殺しようとした少年。
お願いだから、もう、そんなことはしないで……。
レアリーギは、瞳に想いを込め、ビリーヴを見つめる。
だって、わたくしだって、意味がわからない。生きていていいのか、わからない。
だから、命を捨てるなんていわないで。
……どうしたらいいか、わからなくなる。
「……ないよ。とりあえず、今はね」
どこかふてくされように、ビリーヴは言った。
「やった~!」
「ビリーヴ、一緒に踊ろう‼︎」
「いや、ぜひ俺とッス‼︎」
「レア、ハーピーパースデー!」
ガイコツたちが詰めかける。
「……わたくしと、踊っていただけませんか?」
ガイコツたちと散々ダンスして、ビリーヴは白いクロスのかかったテーブルに歩み寄る。
ビリーヴとレアリーギのためにセシボンが作った、いつもより豪華で手の込んだ料理が並んでいる。
サーモンのマリネ。フォアグラ。トリュフの載ったパスタ。キャビア……。温野菜のサラダ。フルーツの盛り合わせ。杏に豆腐……。飲み物もカラフルにいろいろ揃えてある。
「う、うまそう……」
思わず涎が出かけたところで、レアリーギが声をかけてきた。
━━紫と、青の瞳。
楽士ガイコツたちが張り切って演奏する曲が響く中で、ビリーヴは、差し出された手に途惑う。
「……嫌ですか?」
手が、引っ込みかかる。
それが、掴まれた。
「……!」
瞳を大きくし、レアリーギはビリーヴの瞳を見返す。
「いいよ、どうせ、ついでだ」
彼と踊っている。
レアリーギは、早鳴る鼓動を感じながら、頬を赤らめる。
……彼を見つけたのは、わたくし。
本当は。
初めて見たときから、
あなたのことが……
「ビリーヴ」
レアリーギが、踊りながら、声をかける。
「ビリーヴ、わたくし……」
潤んだ色違いの瞳に、ビリーヴが僅か怪訝そうな顔をする。
「なに……? あ、今日、誕生日なんだよね」
今日のパーティーは、ビリーヴの歓迎会だけではなく、レアリーギの誕生を祝うためのものでもあるのだ。
「え、ええ……赤子のわたくしのくるまれていた布地に、誕生年月日が縫われていたのですわ……」
少しだけ目を伏せ、レアリーギはまた、ビリーヴを見つめる。
「ビリーヴ、わたくし、……」
━━━そのとき、船が大きく揺れた。
「な、なんだ、地震⁉︎ いや、嵐か⁉︎」
揺れは収まらない。それどころか、更に大きくなってゆく。
「なんだこの、異常な縦揺れと横揺れは……⁉︎
これは、まるで……」
ガイコツたちが悲鳴を上げる中、床に片膝をつき、コーラルは見上げる。
レアリーギと、彼女に寄り添っているビリーヴだけが、このホールで平然と立ったまま━━
《許さない。レアリーギ》
不可思議な声が、ホールに響き渡る。
《なぜ、おまえが、柴の瞳に心を寄せる……⁉︎》
「な、なんだ、この声⁉︎ 一体、誰が……⁉︎」
ホールを見回し、ビリーヴは警戒する。
《おまえは、知るべきだ。自分がなんなのか、どうして生まれてきたのか……》
レアリーギのペンダントが、金色の光を放ち、彼女を包む。
「レアリーギ……⁉︎」
《青と紫の腫持ちし、奇跡の少女よ。その力を、おまえは決して、柴の睡のためなどに使ってはならない》
「嫌、怖い……!」
いつのまにか少し離れていたビリーヴに、レアリーギは手を伸ばす。
《おまえはもう十五だ。目覚めていいはずだ》
二人の指先が、僅かに触れる......
「ビリーヴ!」
「……レアリーギ……!」
ビリーヴの手が、レアリーギの手を掴む。
だが、光に弾かれるようにそれが離れる。
《ゆめゆめ忘れることなかれ。おまえは、その力を青き瞳のためだけに……!》
レアリーギが、再び手を伸ばす━━……




