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Realigi(レアリーギ) ━━世界が誰もに微笑むなら━━  作者: うさぎさん⭐︎


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Realigi 3 第一部 第一章 第三話 「時代も、変わったよな」


   5


「オー、なかなかいい手つきだな‼︎  腰が入ってる。さすがだぜ、ビリーヴ‼︎」 

 陽気に笑うコーラルに、ビリーヴもぎこちなく笑い返す。

 デッキブラシの柄を握り締めたまま、デッキを磨き進む。

「ポジティヴに行こうぜ、ビリーヴ! 経験と、友だちや━━大切な奴らは宝だ‼︎ 今まで虐げられてたってのは、ムカつくし、許せないことだ。怒っていい。だが、これからはそんな経験だってバネにして、生きてこうぜ? おまえは洗濯だって掃除だって、力仕事だって、なんだってできる! それは自信を持っていいことだ。うぬぼれワガママ甘たれ貴族には、一人じゃ着替えすらできない奴らだって、少なくはない。それに比べて、おまえはいいぜ? たとえば就渡中に火事でも起きてみろ! バカ貫族は着替えもできないまま下着姿で飛び出して、悪くすれば服を着れずうろたえ━━きゃつらはプライドが高いからな、人前で下着姿をさらすくらいなら、家と一緒に心中しちまうかもしれないぜ!」

 どことなく、自嘲的なブラックジョークに、ビリーヴは少し笑む。コーラルはたぶん、自分を元気づけてくれようとしているのだろう……

「でも、屋敷には使用人がたくさんいるからね。お館様をほうっておかないだろう」「けど、嫌われ者なら、今がチャンスだ! って、見捨てて逃げちまうかもよ!」「どうかな? ……でも、そんなことバレたらただじゃすまないからね。結局オレたちは、奴らのいいなりなのさ」

「ビリーヴ……」

 持っていたデッキブラシの柄で、コーラルはビリーヴの背中を打つ。

「痛っ‼︎  なにすんだ、おまえ……」

「おまえは━━軍人とかは別として━━バカ怠けモノ貴族なんかよりずっと打たれ強いはずだ。それも、自信を持っていいぞ」

「だからって、もっと、手加減しろ……ホネ‼︎」

 幾分ぎこちなさの取れた様子で笑い合う二人を、少し離れたタルの陰で、レアリーギとオクトが見ている。

「な、なんかあの二人、ちょっと仲良くなってるよ!」

「う、うらやましいですわ……」


「気が遠くなるほど長く、俺たちはこの船と共に生きてきた」

 レアリーギが釣ってきたという、新鮮な魚を頂きつつ、ビリーヴは大食堂で話を聞いている。トイメンには何も食さないコーラル。

「あ、オレ? いいの、ガイコツだから。なんも食わなくて」

 それは生物を食す罪から解放された、喜ばしいことかもしれない。だが、何も食さない日々というものは、もしかしたら、どこか不幸なのかもしれない。そんなことを考え、ビリーザは大切に、感謝し、ゆっくりと噛み締めて、食を進める。

 血となり、肉となり、骨となる食物。他者。

 大地を踏み、草を踏み、傷つけ、知らぬ間にそこにいる虫を踏み殺している。

 そうやって生きてゆく人間や何かにとっては、それが自然なことなのだ……。

 元々奴隷の自分にとっては、食べ物を口にできることは、幸福なことなのだ。乾パンや水など、粗末な食事しか与えられず、荷運びや新割りなどの力仕事をさせられることも多かった。機嫌を損ねれば、食事を与えられないことだって珍しくない。

 いつも供えていた。

 いつ、あの青の瞳が吊り上がるか。

 自分たちと違い、いつも清潔なあの唇が、いつ、呪いの言葉を紡ぎだすか。

「もともと、この船は、特等二等三等の船室を多く抱えた、豪華客船だ。当時はハイカラな船だったんだが、どうなんだろうな、今と比べると」

「オレはよく知らないが、当時はきっと、華やいだ、とても豪華な船だったのだろうな」

 食堂にも、輝きの面影がある。いまはもう、色あせた壁紙。飾られた、色の落ちた絵。だが、食器はあまり痛んでいないようで、自分が使っていいものかと、不安になる。

「俺は、こんなチャラチャラしたでかい船じゃなくて、今ならもっと、実質的な、目的のある船がいい。たとえば、新大陸を発見する旅ができるような……」

 遠くを見るように、コーラルは横を向く。

「……うまいな、これ」

 ビリーヴはグラスの水を飲む。

「うん、水もうまい!」

「それはよかった」 

「質問、していい?」

「あ、レア? アイツはあれでいろいろ忙しいのだよ。なんつっても、俺らの希望の星だからな。今はまだ、勉強中だろう。虚栄的な、中身のない芝居やダンスにばかり現つを抜かして喜んでいるような、貴族のレディーのようになんかならなくていい。だけど、人の気持ちを思いやれる大人になって欲しい。いろいろ、世界について知って欲しいんだ、心について、考えて欲しいんだ。━━俺らとしては。まー俺らの本なんて、時代遅れもいいとこだろうし、俺らの育て方が正しいかどうかは、わからないがな」

「愛されてるんだな」

「まぁな。もう少ししたら、アイツも食いにくると思うけど」

 ビリーヴは食堂を見回して、改めて、コーラルに訊く。

「オレが知りたいのは、彼女のことではなくて━━いや、もちろん彼女についても謎だらけだが、まずは、この船について、訊いておきたい。たとえば、魚は解るが、この水は、どうやって汲んでくるんだ? 辺りには海水しかない。海水が飲めないことくらい、いくら奴隷でも、島育ちのオレは知っている」

 コーラルは下を向いて、頭を掻く。

「おまえ、頭カタそうだからな。信じてくれるかな?? ━━おまえさ、仙人って、知ってる?」

「不思議な力を使う、年を取らない━━不老不死の、まるでオレたち人間からしたら、神のような、架空の存在だ。童話によく出てくる。同じように……いや、同じなのかどうか、オレにはわからないが……もしかしたら、根本は同じかも知れないと愚考したことがある……両者とも不思議な力を使えるが、仙人は善き者とされ、魔法使いは、悪しき者とされている。魔法使いが不老不死かどうかまではオレは知らんが。━━それから、よく知らないが、神仙と呼ばれる者も在るらしく、そちらはどうも、仙人のクラスの高い者らしい」

「……意外に詳しいねぇ」

「━━《《彼女》》が、童話が好きだったから……」

「彼女??」

 ビリーヴは黙り込む。

「あ、いや、言いたくないなら訊かねぇけどよ」

「……魔法使いの補足だが、彼らは魔王の力を使い━━災いの魔法を使うがゆえ、悪しき者とされている。……合っているか?」

「いや、俺は魔法使いのほうは詳しくない」

「そうなのか?」

 ビリーヴは魚をしっぽの先まで食べて、満足そうに笑む。

「どうも、悪い者イコール魔法使い、善き者イコール仙人というのがお約束らしい。力の問題というより、心根━━というより、受け入れられるか、られないか━━の問題のほうが大きいのではないか? 仮に両者が同じ存在だとしても、権力者にとって都合がいい者は仙人とされ、都合の悪い者は魔法使いとされるような気がする……。オレにとっては大して変わらない。ありえない、不可思議な力を使用する、空想の産物にすぎない」

「……おもしろい考え方をするな」

「むしろ異端的思考なんだろうな。オレは、神も仙人も天使も、魔王も魔法使いも悪魔も━━何も倍じないからだろう。オレからすれば、みんな胡散臭いまゆつばモノだ。みんな同じに見える」

「大ざっぱに見れば━━成いは、真実は案外、おまえのいうようなものなのかもしれないが……。う~ん、仙人の力は、一応神の奇跡とされているんだが……。なら、俺たちの存在について、おまえはどう捉えている?」

「信じざるを得ないな。《《オレの気が狂ったのでなければ》》」

 おまえたちが、存在していると。

 ビリーヴはしばし顎に手を当て、目を狭める。

「童話だって、ストレートに受け止めれば、いい話でも、度を変えればいくらでも残酷にもなる。まぁこれは、オレの心が歪んでるからかもしれんが」

「ふむ。俺は今はわりと童話も好きだが、確かに身手で残酷だと思うキャラやシーンがあるものもあるわな。心が洗われるようなものも多いんだが」」

 また一尾、魚を頭から食らいながら、ビリーヴはどことなく幸せそうな顔をする。美味だったらしい。

「で、童話とこの船が、どう関係があるんだ?」

「いや、むしろ童話自体はどうでもいいんだ。その、仙人或いは魔法使いの、似で非なる、或いは同一━━もしくは両者ともに属さない力?. ……ともかく、そういうよくわからん不思議な力ってのがき、あるみたいなんだ、俺ら。俺は単純だから、もしかして仙人の力? みたいにしか思ってなかったんだが」

 ビリーヴは疑わしげに、コーラルを見る。

「確かにおまえらは存在自体が疑わしいが━━」

「たとえばさ」コーラルはビリーザが水を飲み干したグラスを指で差す。「できちまうんだ」

「……?」

 ビリーヴの見つめる先、空のグラスに━━水が満たされる。

「な、何……⁉︎」

 思わずイスから立ち上がり、ビリーヴはグラスを、コーラルを見下ろす。

 自分も彼も、誰も何もしていないのに、澄んだ飲み水が、グラスの中で輝いている。

「できるようになったんだ。俺たちはもしかして、仙人になっちまったのかもしれない。……そんなふうに、思ってた。……こんな、姿になっちまったけどな」

 手でイスを示され、ビリーヴは着席する。

「そもそもファントムシップなんて、常識外の存在なんだよ。ありえるわけがないんだ。……なのに、俺らは━━俺も、おまえも、レアたちも……確かにここに、存在している。おまえの言うように、気が狂ったのでなければ、誰かの幻でなければ━━━━俺たちは、ここにいる」

 お手上げだと言わんばかりに、コーラルは両腕を掲げる。

「わかんねぇんだ。俺だって、誰だって、なんで、存在しているのか。自分が━━なんなのか」

 コーラルは指を鳴らす。湿っぽいムードを晴らすように、明るく華やいだ曲が聞こえてくる。部屋の隅に置かれた大きな奏音機が、作動したらしい。

「……在りし日には、二千人以上いた乗員乗客も━━今では、これだけ」

 《レアリーギ》には、二百程のガイコツたちと、レアリーギ、それにビリーヴしかいない。

「空き部屋だらけで。色あせた家具やなんかしかなく……。機関室を埃まみれにしても━━誰が何もしなくとも━━それでも、動くわけだよ、この船は」

 夢の船ではなく。

 死霊船。

 ガイコツたちは、まるで、この船の囚人。(プリズナー)

「こんな姿で残された俺たちは、決して、死ねない━━いや、存在が消えないというべきか。海に身投げしたとて、同じさ。戻ってきちまうんだ、この船に。正直、おまえやレアが、うらやましいよ。……俺たちのような、呪われた鎖に囚われているわけではない。おまえたちは、人として、生きている」

 ビリーヴは目を伏せる。その睫を見ながら、コーラルは首を傾げる。

「レアが来てから。ただの囚われガイコツのようだった俺たちは、彼女のために力が使えるようになった。生のことわりに縛られない俺たちには、必要ないことでも、レアは違う、食ったり度たりしなきゃ、生きていけない。だから俺たちはまるで神通力のように、清水を何もない場所から、グラスに注いだり、たとえば新がなくても、火を起こすことだってできるし、レアのためなら、魚じゃなくて━━パンを出すことだって、できる。でも、センボンのオヤジがね、手作り派だからね、小麦粉とかを力で取り出して、パンを作ったり、料理を作ったり、するんだけどね。━━あ、ちなみに今日の魚の丸焼きは、レアの手による物だから。アイツ、オヤジに教わってるわりに、料理はいつまでたってもヘタなんだわ。魚焼くのは、得意みたいなんだけどねぇ?」

 ……というか、ほんとに、焼かれた魚が大量に皿に盛られているだけだ。

 それでもビリーヴが食べ続けたので、だいぶ皿の上が寂しくなっている。新鮮な魚は、焼くだけでも美味しい海の幸なのだ。

「━━コーラルたちは、眠らないのか?」

 ふと気づいて訊いてみる。彼らは早起きなのではなく、もしかしたら……

 テーブルに肘を立て、軽く組んだ指に頭を乗せ、低く彼は呟いた。

「というか、眠れないね……」 

 生の理に縛られない━━。

 それは、幸福なことなのか、

 それとも、不幸なことなのか。

「もう、悪夢を見ることはない。だけど、」

 この状況だって、もしかしたら悪夢かもしれなくて。

「だけど、幸せな夢だって、見ることはない。

 眠りによる、一日の区別をつけることはできない。だから、俺たちは、星を見る。夜明けを見る。朝陽を見る」

 気が狂いそうで。もしかしたら、とっくに狂っているかもしれなくて。だから、必死に、足場を驚って。

「発狂しちまって、何も考えられなくなったら━━それこそ楽、なのかもしれない……」

 曲が流れている。きらめくような、ダンスホールや笑い声に似合うような、そんな曲と━━、

 目の前の、俯いたガイコツ。

「なんつって、なんつって!」コーラルは顔を上げ、片手を振る。「言ったろ? 今は、レアがいるから大丈夫なんだ。……ああ、おまえもいるしな」

「……あ、あの~……」

 急に少女の声がして、ビリーヴたちは驚き、食堂の入り口のほうを向く。

「わたくしも、ご一緒しても、よろしいですか?」

 魚のたくさん盛られた皿を持って、レアリーギがテーブルに近づいてくる。

「……もう、済む」

 最後の一尾をくわえて、空になった皿を手にし、猫のようにビリーヴは食堂を去っていった。

 レアリーギはテーブルに着いて、うなだれる。

「気にするなよ、キャプテン。人見知りしてるんだろ? はやりすぎるのは、よくないぜ?」

 早すぎる笑顔は借じられない。

 出逢ったばかりの奴なんか、信じられない。

「……時間は、たっぷりある。……ありすぎるほど……。どうせさ、俺たちは、この海域から抜け出せない」

「コーラル……」

 レアリーギはコーラルの目を━━かつては目のあった辺りを見つめる。

「ごめん、ちょっと俺、なんか今日、感傷的?」

 おどけたように肩をすくめて、コーラルは席を立つ。

「お先に」

 食堂を抜け、通路を歩きながら、コーラルは誰にともなく呟く。

「……柴の瞳の奴隷か……。時代も、変わったよな……」

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