Realigi 22 第二部 第一章 第四話 「ミ、ミスト、待って……!」
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「いやあ、参った参った!」
案外サッパリと笑って、アクティは降参した。
「いやあ、なかなやるね、おまえ! 気に入った気に入った!」
作戦の大半は、ヴィヴィが考えたものだったりするのだが……ちなみにビリーヴは、コーラルリーフの剣の稽古に連れていかれ、そこで彼と手合わせしたり、彼の剣術指南に技を教わったりもしていた。
ヴィヴィは実は、投げナイフの名人だったりするのだが、多勢に無勢で、技を度労する機もなく、海賊たちに捕まってしまったのだ。なんとか海賊の手を逃れ、本土へ行くために、非力な貴族の令嬢のような演技をしていたらしいが、実はかなり活動的な少女だったりする。……それはともかく。
「ぜひとも、兄弟の杯を交わしたいわ、おまえとは!」
ビリーヴの肩に腕を回し、アクティは笑う。
勝負にヴィヴィが協力するのは、ルール違反だったのかもしれないが、アクティは気にしていないようだ。
彼はビリーヴを少し、ヴィザイから遠ざけたところへ連れていく。
「ここだけの話、ヴィヴィとはどこまでいってんの?」
ビリーヴは頬を真っ赤にする。
「キ、キスまでです……」
ビリーヴの黄緑色の髪が、豪快に掻き回される。
「かー! 純だねぇ、かわいいねぇ~‼︎ 俺と大違い! ますます気に入ったッッ‼︎」
「え、宴会?」
騒ぎを聞き、デッキに出てきたレアリーギは、輝きする。
「な、なんか決闘に勝ったら、兄弟の杯がどうの、宴会がどうのと、アクティが騒ぎ出しちゃって・」
「お! お嬢さん、元気になったか」
ビリーヴにひっついて早くも酒を飲んでいたアクティが、レアリーギに手を伸ばす。
「きゃっ……⁉︎」
思わず後ずさる。
「気をつけたほうがいいわよ、レアリーギさん。この人、手ぇ早そうだから」
「手厳しいぜ!、ヴィヴィ! つーことだから、今夜はよろしく。あ、ディナーにもご招待するしね」
観戦していた海賊たちは、船内に引き上げ始めている。
「なんか、オレが勝ったから言うことを聞いてくれるらしいから、本土へ連れていってもらおうと思うんだけど……それでいい?」
「え、ええ……」
現在ビリーヴ用になっている個室へ場を移し、二人はテーブルを挟み、向かい合っている。
レアリーギは、ビリーヴの紫色の瞳を少し遠慮した様子で、見ている。
「いいんですの? ヴィヴィさんと一緒にいたいのではなくて?」
「え? あ、ああ……。今は、君と、話があるから」
「……瞳……本当に、紫に戻ってしまったのね……」
どこか寂しそうに、レアリーギは笑う。
「オレなりに、考えてみたのだけど……」
ビリーヴは語る。レアリーギが考えたように、力には限界がある。奇跡を使える回数があるのではないか。その回数は、奇跡を使える人の能力や、願いの難易度によって、違ったりするのかもしれない……。
自分より、きっと、レアリーギのほうが能力が高いと思う。というより、もしかしたら……
「確証はないが、もしかしたらレアは、オレの願いを叶えてくれたのかもしれない」
青の瞳になりたいという、自分の願いを……
「でも、まだ、あの頃は、君は力が未熟で━━目覚めたてで、片方しか、青くできなかったけど……、きっと無意識に、オレの願いを……」
「まさか……」
口元を指で押さえ、レアリーギは俯いて考え込む。
「それが本当なら……、わたくしは、人を神仙や仙人にもできるかもしれない……?」
「わからないけどね。だから、オレなんかはもう、力を使い果たしちゃったけど、君は、まだ何度か使えるんじゃないか」
「わたくしも、力を使い果たしたら、なるのかしら? 紫か━━青の瞳に……」
「君が青の王女なら。おそらく、青い瞳になるんじゃないかな?」
レアリーギは立ち上がり、歩き、壁にかかった鏡を見つめる。
「青……」
心に浮かぶのは、ミスト……
「どんな君でも、どんな瞳でも、君は君だよ」
ビリーヴが、イスに座ったまま、自分を見上げている。
「……そうですわね」
微笑んで、席に戻る。
「……本土に行ったら、どうする?」
「……そうですわね━━。一度、王宮へ━━わたくしのお兄さまに、お逢いしなければなりませんね……」
「お兄さん?」
肩を竦めるように、彼女はため息をつく。
「ミザント元王子が、父である元国王を殺害し、王位を奪ったそうですわ……。わたくしが王女なら━━いえ、すでに王妹というのかしら━━彼は、わたくしのお兄さまにあたるはず……」
「ミザント王子が⁉︎ ……」
顔を硬くするビリーグ。
「彼については……あまりいい話は聞かない……。とても、残酷で、人間嫌いだという噂だけど……」
王族や貴族社会の黒い部分を見過ぎて、厭世的になったとか。自分しか信じず、力でなんでも手に入れようとするとか……
「お逢いしたことがないので、わたくしは、よく存じませんが……。あまり、話が通じる方ではないと……」
自分を捨てたのが、父や母━━大人たちなら。兄であるミザントは、もしかしたら……
「少しは、わたくしに情を感じてくれないかと、淡い期待を持ちましたが━━やはり、だめなのですわねてん……?」
『現国王と邪魔者どもを倒し、おまえが王座を奪え。捨てられたおまえにとって、奴らは敵だ━━奴らは、おまえを味方とは思わない』
「……わたくしは、別に、王位が欲しいわけじゃない……。世界が、少しでも平等な世になるよう、わたくしは、できる限り、アクションしなければ……。わたくしに、できること……」
ビリーヴの瞳を見上げる。
「わたくしに、できることを……」
あるいは、それ以上の奇跡を━━……。
青の瞳にも紫の瞳にも囚われない、世界━━
そして、
ミストの心から、霧を晴らせるよう━━
「わたくしは、アクションする」
大それた望みでも━━
たとえ、実現できない願いだとしても━━
「ビリーヴは、わたくしに……協力して、くれますか?」
ビリーヴは、優しく微笑む。
「もちろん」
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ディナーや宴会の席で、ヴィヴィと一緒に微笑むビリーヴを見て、レアリーギは淡く笑む。
切なく揺れる、心を隠して……
一人、夜のデッキに出る。
静かな━━落ち着ける場所を探して、歩く。
いつのまにか、ミストが隣にいる。
《おまえは、あんな奴隷の言葉を信じるのか? すぐに、裏切るに決まっている》
レアリーギは、悲しそうに、ミストの青い瞳を見つめる。
《今頃、あの女と一緒に、おまえの悪口でも言っているかもしれんぞ。あの奴隷が、おまえを女として見ることはない━━いや、あの女と二股をかけられ、捨てられるかもしれん。おまえは、若いからな。まだ、世の中のことをよくわかっていない》
レアリーギは、小さく悲しげに笑む。
「そうやって……ビリーヴからわたくしを離して、紫の瞳の方に対する悪感情でも植えつけて━━わたくしを神王にしたいと思っているのかもしれないけど……。ムダよ。だって、わたくしは━━ビリーヴが紫の瞳をしているから好きになったわけじゃない」
彼が、青い瞳でも。青と紫の瞳でも。それ以外の色の瞳でも……
きっと、関係なかった。
そう、最初は一目惚れ。
海を流れてきて、助けた彼……
初めて出逢った、生きた男の子。
でも、今は……
「ビリーヴだから━━彼だから、好きなの!」
優しくて。思いやりがあって……
最初は、心を許してくれなくて。
疑われて。怯ええられて……
だけど━━今は、信じてくれる。自分を。
「わたくしは、彼を信じる……!」
恋がうまくいくとか、いかないとかは別として。ずっと、片想いでも━━
人として。存在として。彼、そのものを━━信じる。
「ヴィヴィさんは、きっと、すてきな方だわ。彼が、選んだ方ですもの……」
寂しげに、笑う。
「すてきなことですわ。人が人をじ、愛し合う……。瞳の色なんて、彼らは越えている。紫の瞳の少年と、青の瞳の少女……まるで」
ミストを見つめ、言う。
「あなたと━━ハープのようではありませんか」
《……あの娘の青き瞳はまやかしだ。奴の心はすでに、紫に汚れ切っているのだ》
「ねぇ、ミスト。今でも、あなたにとって、ハープは特別な存在ですのね……?」
彼女を殺害させたのは、ポーラスター……紫の王子。だけど……
「ミスト。わたくしは、あなたの望む神王にはならない。もう━━、そのことは、諦めてください」
舵型のペンダントを握る。
「だけど、ミスト。わたくしは、本当にあなたに申し訳ないことをしたと思っている……。たくさんの、人々にも……。……ハープにも……」
ミストはレアリーギを見ている。
「ミスト、だけど、わたくしは、あなたに感謝している。ずっと……五百年も、わたくしを待っていてくれて。わたくしを、情頼してくれて。わたくしのために、三つも奇跡を願ってくれて……。わたくしは、ミスト━━あなたのことを……」
《あのとき、最後の三つ目の願いだけは━━自分のために、使おうとしていた。ヒースの呪いを解くために、別の願いを口にしてしまったが……》
「何を、望んだのですか?」
《もう、忘れた……》
ミストは瞳を逸らす。
「ハープに関することですか? それとも、青の世に関することですか? それとも、別の何かですか……?」
《……………》
「ミスト。あなたにとって、わたくしはもう、役立たずですのよ? もう、あなたの願いは、三つとも叶えてしまったもの……」
《ならば、別の者の願いを叶える形で、青の世の繁栄に力を貸してもらえばいい》「本当に、それこそが━━あなたの願いですの? 別の願いがあるなら、口にしてみてください。もうわたくしは、あなたの願いを力では叶えられないけど……それでも、一生かけて、わたくしはあなたの心から……」
少しでも霧を晴らせるよう、努力する━━。
ミストの指が、レアリーギの頬のそばに伸びる。その頬に触れようとして━━叶わず━━指が引っ込み、離れる。
《……もう、いい。おまえはどうあっても、青の世のために力を貸す気がないらしい……。おまえがいずとも━━もう一人、神王候補はいるのだからな》
「⁉︎」
《気が変わったら、いつでも王宮へくるがよい。その頃には━━ミザントは討たれているだろうがな》
「ミ、ミスト……?」
手を伸ばす。
しかし、ミストはそれを避け、空へ飛んでゆく。
「ミ、ミスト、待って……!」
欄干に駆け寄り、夜空に紛れて見えなくなる彼を、レアリーギは泣きそうな顔で、いつまでも見つめていた━━。




