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「聖剣の手入れしかできない雑用係」と追放された僕ですが、その剣、実はただの量産品ですよ? 〜路地裏で武具工房を開いたら、神業を知った国のトップたちが常連客になりました〜

掲載日:2026/02/22

「アレン。お前、今日でこのパーティをクビな」


 迷宮都市の高級宿屋。その一室で、勇者であるゼクスは事もなさげにそう言い放った。

 テーブルの上には、豪華な食事が並べられている。Sランクパーティ『暁の剣』の祝勝会――のはずの席で、唐突に突きつけられた追放宣告だった。


「……クビ、ですか。理由は?」


 鍛冶師の息子であり、このパーティで雑用兼『武器のメンテナンス』を担当していた僕、アレンは、なるべく冷静に問い返した。


「理由?分からないのか?俺たちは次から、いよいよ最深部のドラゴン討伐に向かう。お前みたいな戦闘力ゼロの荷物持ちを、守ってやれる余裕はないんだよ」


 ゼクスの言葉に、傍らでワイングラスを傾けていた魔導士のルキアが冷たい声で同調する。


「その通りよ。貴方の存在は、パーティの平均戦闘力を著しく下げているわ。これ以上の同行は、魔力と物資の無駄。……効率が悪すぎるの」


 氷のように計算高い彼女にとって、直接戦闘に参加できない僕は不要な歯車なのだろう。

 さらに、豪勢な肉を頬張っていた神官のボイドが、これ見よがしに女神への祈りの印を結んだ。


「嘆くことはありませんぞ、アレン殿。女神様は、貴方には泥臭い裏方こそが相応しいと導いておられるのです。我らのような選ばれし者たちと同じ道を歩もうとしたこと自体が、間違いだったのですからな」


 勇者の腰巾着みたいにいつもゼクスのことに同調する神官のボイドの言葉に、ゼクスは満足げに頷き、腰に帯びた黄金色の剣をポンと叩いた。


「そういうことだ。それに俺のこの『黄金の剣』はな、古代ダンジョンで発見された伝説級の業物だ。どんな硬い魔物の装甲もバターのように斬り裂く、いわば聖剣。お前が毎晩、布でちまちま磨いているから強いわけじゃない。剣そのものが最強なんだよ!」

「……っ」

「勘違いするなよ、アレン。お前の仕事なんて、ただの『汚れ落とし』だ。そんなもん、その辺の街の鍛冶屋にでも数銅貨で頼めば済む話なんだよ」


 誰も、僕の味方はしてくれないらしい。

 僕は短くため息をつき、立ち上がった。


「……分かりました。今までお世話になりました」


 これ以上、何を言っても無駄だ。

 彼らは根本的に勘違いしている。ゼクスが絶対の自信を持っているあの『黄金の剣』は、伝説級の聖剣でもなんでもない。

 古代ダンジョンの中層でドロップした、ただの『見栄えの良い、少し頑丈な鉄の剣(量産品)』だ。


 なぜあんなにも切れ味が鋭いのか。


 それは、僕の固有魔法である『超研磨』のおかげだ。

 毎晩、皆が寝静まった後。僕はゼクスの剣をはじめ、パーティ全員の武具を預かり、肉眼では捉えきれない極小の刃こぼれや金属疲労を修復していた。


 ただ削って研ぐだけではない。金属の結合を魔力で修復し、表面に見えない極薄の魔力コーティングを施すことで、本来の限界を遥かに超えた切れ味と耐久度を引き出していたのだ。

 僕がメンテナンスを怠れば、あの『量産品の剣』は、ものの数日でただの鈍らな鉄屑に戻る。ルキアの杖も、ボイドの神具も同じことだ。


 ドラゴン相手にそんなものを使えばどうなるか、火を見るより明らかだけど……。


「それじゃあな、アレン。田舎に帰って、大人しく家業でも継ぐんだな!」


 背後から投げられるゼクスの嘲笑を背に、僕は宿屋を後にした。

 もう僕の知ったことではない。彼らの武器がどうなろうと、僕にはもう関係のないことだ。






 迷宮都市から馬車で数日。


 僕は王都の片隅にある、少し寂れた職人街にやってきていた。

 前々から貯めていた資金を使い、小さな店舗兼工房を借りたのだ。


「よし、今日からここが僕の城だ」


 看板には『アレン武具工房 〜刃こぼれ、ひずみ、即日直します〜』と書き込んだ。

 一から武具を打つ鍛冶屋ではない。あくまで『修復』と『研磨』に特化したメンテナンス専門店だ。

 広告を貼ったりして宣伝したとはいえ、王都には国お抱えの有名鍛冶師が腐るほどいる。こんな路地裏の無名な店に、そう簡単に客が来るはずもない。



 開業から一週間。

 案の定、お客は一人も来なかった。

 暇を持て余し、自分のナイフを無駄にピカピカに磨き上げていたある日の夕暮れ。

 カラン、と。

 店のドアベルが、控えめな音を立てた。


「いらっしゃいませ」


 顔を上げると、そこには深めのフードを被った、背の高い人物が立っていた。

 歩き方と体つきからして、相当な手練れだ。こういう感覚は今まで勇者パーティにいたからなんとなくわかる。そして、マントの隙間から覗くのは、豪奢だがひどく傷ついた一本の長剣だった。


「……広告にどんな武具でも修復すると書いてあったが。本当か?」


 凛とした、しかしどこか疲労と絶望の滲む女性の声だった。


「はい。刃こぼれや曲がりであれば、大抵のものは直せますが……見せていただけますか?」


 フードの女性は躊躇うように剣の柄を握り、やがてそっとカウンターに置いた。

 鞘から抜かれたその剣を見て、僕は思わず息を呑んだ。


「これは……ひどいですね」

「ああ……。王都の筆頭鍛冶師に見せたが、『一度溶かして打ち直すしかない』とさじを投げられた。私は諦めきれず、藁にもすがる思いで王国中の鍛冶屋を巡った。だが……どこに行っても結果は同じだった」

「……」

「私にとって、こいつは数え切れない死線を共に潜り抜けてきた相棒だ。形だけ同じになっても、意味がないのだ。……そんな折、裏路地に『どんな刃こぼれも直す』という風変わりな店ができたという広告を目にしてな。もうダメ元で、恥を忍んで訪ねてきたというわけだ。……やはり、無理だろうか?」


 女性の悲痛な声。武具を心から愛しているのだと、痛いほど伝わってくる。

 ゼクスのように、武器を「ただの強い道具」としか見ていなかった奴とは大違いだ。


 僕はルーペを目に当て、剣の表面を詳細に観察した。

 確かに、普通なら廃棄レベルだ。金属の繊維がボロボロに千切れかかっている。

 だが。


「……直せますよ。元の状態よりも、少しだけ頑丈になりますが、よろしいですか?」

「は?」


 女性が、間の抜けた声を上げた。


「直せる?打ち直しではなく、修復できるというのか?国中の鍛冶師が不可能だと言ったのだぞ?」

「他所の鍛冶師様のやり方は存じませんが、僕のやり方なら可能です。三十分お待ちいただけますか?」

「じゅ、三十分……?」


 信じられない、といった様子の女性を待たせ、僕は工房の奥へと剣を運んだ。

 作業台に剣を固定する。

 砥石に水を垂らし、静かに目を閉じた。


「……『超研磨』」


 僕の手から、微かな光が砥石へと伝わっていく。

 金属と砥石が擦れ合う、シャッ、シャッという静かな音が工房に響く。

 僕の魔力は、剣の表面の傷を削り落とすだけではない。金属の切断された繊維の隙間に入り込み、目に見えない極小の単位で結合を繋ぎ合わせていくのだ。

 亀裂が塞がり、歪みが正され、最後に僕の魔力が薄い被膜となって剣全体を覆う。


 三十分後。


「お待たせしました」

「……なっ」


 カウンターに剣を置いた瞬間、女性は絶句した。

 ボロボロだった刃は、まるで鏡のように滑らかで、一切の曇りがない。刀身からは、微かに青白い冷気が漂っているようにすら見える。

 女性は震える手で柄を握り、軽く素振りをしてみせた。


 ヒュッ、と。

 空気を裂く音が、以前とは全く違う。


「なんという……バランスまで完璧に調整されている。いや、それどころか、以前よりも魔力の伝導率が上がっている……?」


「少しだけサービスで、魔力コーティングを強めにしておきました。これなら、硬いゴーレムの装甲を斬っても刃こぼれしませんよ」

「嘘だろう……信じられない……」


 女性は剣を胸に抱き寄せ、フードの下でポロポロと涙をこぼした。


「ありがとう……本当にありがとう。私の相棒を、救ってくれて……!」


 そこまで喜んでもらえると、こちらとしても職人冥利に尽きるというものだ。

 女性は涙を拭うと、バサリとフードを取り払った。

 現れたのは、燃えるような赤髪と、凛々しくも美しい顔立ち。

 その胸元には、この国で最も武勲を立てた者にしか許されない『双獅子の紋章』が輝いていた。


「私はセシリア。この国の、第一騎士団の団長を務めている者だ」


 ……えっ。

 騎士団長?国のトップクラスの武人じゃないか。


「アレン殿と仰ったか。貴殿の技術は、国宝級だ。いや、神業と言ってもいい」

「そ、そんな大層なものでは……」

「謙遜は不要だ。……アレン殿。どうか、私の騎士団の武具のメンテナンスを、貴殿の工房に任せてはもらえないだろうか?もちろん、報酬は王室規定の最高額を用意する」

「ええっ!?」


 閑古鳥が鳴いていた路地裏の店に、突然舞い込んだ超特大の専属契約。

 こうして、僕の『アレン武具工房』は、知る人ぞ知る名店として、一気に王都の中心へと躍り出ることになったのだ。





 その頃。

 深い深い迷宮の底で、勇者ゼクスは舌打ちをしていた。


「チッ……なんだ、最近この剣、妙に斬れ味が悪いな」

 オークの首を刎ねようとした『黄金の剣』が、骨に当たってガキッと嫌な音を立てたのだ。


 刃を見ると、米粒ほどの小さな刃こぼれができている。


「おい、ボイド!武器に強化魔法をかけろ!」

「か、かけております!ですが、剣そのものが女神の加護を弾いているようで……!」


 後衛で杖を構えるルキアも、焦ったような声を上げる。


「ゼクス、私の杖もおかしいわ!魔力効率が落ちて、詠唱に時間がかかっているの!」


 ゼクスは苛立たしげに剣を振るった。

 アレンがいなくなってから、まだたったの十日。

 『黄金の剣』や魔導杖の表面を覆っていた魔力コーティングはとうに剥がれ落ち、隠されていた「ただの量産品」としての脆さが、徐々に露見し始めていることに傲慢な勇者たちは、まだ気づいていなかった。





 第一騎士団長であるセシリア様との専属契約を皮切りに、僕の『アレン武具工房』の噂は、本物の武具の価値を知る者たちの間で瞬く間に広まっていった。


 王都の路地裏にある小さな店には、連日のように凄腕の騎士や歴戦の傭兵たちが足を運ぶようになったのだ。


「邪魔するよ、アレン。例の双剣のメンテナンス、終わっているかい?」


 カラン、とドアベルを鳴らして店に入ってきたのは、真のSランク冒険者であり『閃刃』の異名を持つ女性剣士、エレーナさんだ。

 しなやかな体躯に刻まれた無数の傷跡が、彼女の潜り抜けてきた死線の数と、本物の実力を物語っている。ゼクスたちのように名声だけで天狗になっている偽物のSランクとは違う、名実ともに国トップクラスの冒険者である。


「はい、エレーナさん。お待ちしていました。刃の角度と重量バランス、ご要望通りに極限まで調整しておきましたよ。それと、魔物との連戦が続いているとのことでしたので、血脂を弾く魔力コーティングも少し厚めに施してあります」


 僕がカウンター越しに、布に包んだ二振りの美しい双剣を差し出すと、エレーナさんはまるで壊れ物を扱うように、そっと両手で受け取った。


 ゼクスのように乱暴に扱うことは決してない。

 鞘から少しだけ刃を抜き、その輝きを確かめる。


「……ふふっ、素晴らしい。私の魔力が、まるで水のように刀身の先まで淀みなく流れていく。アレン、君の腕は本当に魔法みたいだね」

「喜んでいただけて何よりです。エレーナさんの双剣は非常に特殊な鉱石で打たれているので、手入れのしがいがありますよ」

「前まで頼んでいた王都の鍛冶屋じゃ、この剣の微細な歪みには気づいてくれなくてね。アレンのおかげで、また厄介な依頼も安全にこなせるよ。本当にありがとう」


 エレーナさんは双剣を愛おしそうに撫で、僕に向かって気さくに、そして深い敬意を込めて頭を下げた。

 強い冒険者ほど、自分の命を預ける道具を大切にする。彼女のような一流の武人と仕事ができるのは、僕にとっても誇らしいことだった。


 そして、僕の工房の評判は、こうした一流の冒険者や騎士団にとどまらず、さらに途方もない身分の人物の耳にまで届くこととなる。




 そんなある日のこと。


 店の外に、王都の裏路地には似つかわしくない、豪奢な馬車が静かに停まった。

 カラン、と控えめにベルが鳴り、護衛らしき屈強な男たちを引き連れた、身なりの良い金髪の青年が店に現れた。

 彼がカウンターにそっと置いたのは、目も眩むような宝石が散りばめられた一振りの宝剣だった。一目見ただけで、途方もない価値を持つ国宝クラスの代物だと分かる。


「ここが、どんな武具でも蘇らせるという『神業の職人』の店か」


 青年は深く被っていたマントのフードを脱ぎ、気品のある顔立ちを見せた。


「私は隣国の王太子、ルイスだ。突然の訪問を許してほしい。実はこの宝剣は我が王家の象徴なのだが……先日、不覚にも硬い甲殻を持つ魔獣を斬った際に、刃の中腹に僅かな『歪み』が生じてしまってな」


 隣国の王太子!?流石に驚きはしたけれど、お客様は皆等しく接すると決めている。僕が驚いているとルイス王太子は苦々しい顔で剣を指差した。


 僕が手に取って刃筋を透かして見ると、確かに肉眼ではほとんど分からない程度の極小の歪みがある。だが、一流の剣士にとっては、そのわずかな重心のズレが命取りになるのだろう。王太子様という身分でありながら魔獣と戦うなんてすごい。


「我が国の鍛冶師たちは、皆『国宝に万が一の傷をつけるわけにはいかない』と恐れをなして逃げ出してしまってな。あるいは、一度溶かして打ち直すしかないと。だが、それではこの剣に宿る歴史そのものを失ってしまう」


 ルイス王太子は、縋るような目で僕を見た。権力者としての威圧感はなく、ただ一人の剣士として相棒を案じる純粋な瞳だった。


「隣の王国の第一騎士団長が絶賛する職人がいると、噂を頼りにお忍びでやって来たのだ。いくら同盟国とはいえあまり目立つ行動はできなくてな……直せるだろうか?」

「ええ、問題ありません。打ち直すことなく、元の状態に戻してみせます」

「本当か……!?」


 僕は宝剣を預かり、工房の奥でいつものように『超研磨』を施した。

 魔力を込めて極小の歪みを正し、切断されかけた金属の結合を静かに繋ぎ合わせる。刀身のバランスを完璧な状態へと再構築し、最後に魔力の通り道を滑らかに整えた。



 数十分後。



「お待たせしました」


 戻ってきた宝剣を手に取ったルイス王太子は、目を見開いて完全に硬直した。


「……信じられん」


 彼は震える手で剣を軽く振るった。空気を裂く澄んだ音が工房に響く。


「歪みが完全に直っているどころか、私が初めてこの剣を握った時よりも、遥かに手に馴染む。魔力の通りも段違いだ……!アレン、君は一体、何者なのだ……!」


 ルイス王太子は感極まったように剣を天に掲げると、僕に向かってガシッと力強く手を差し出してきた。


「アレン!我が国に来ないか!?君になら、宮廷筆頭鍛冶師の地位と、望むだけの領地と財産を約束しよう!」


 突然の破格すぎるスカウト。

 だが、僕の答えは決まっていた。


「光栄なお誘いですが、お断りします」

「なっ、即答!?」


 目を丸くする王太子に、僕は苦笑しながら答えた。


「この小さな工房が気に入っているんです。それに、セシリア様やエレーナさんのように、僕の手入れを待ってくれている常連のお客さんたちを放り出すわけにはいきませんので」

「……そうか」


 僕の言葉に、ルイス王太子は少し残念そうに目を伏せたが、すぐに快活な笑い声を上げた。


「はははっ!一国の王太子からの誘いを、客のために蹴るとは!見上げた職人魂だ。権力や金になびかないその姿勢、ますます君のことが気に入ったぞ!」


 ルイス王太子は「ならば、私がここに通うとしよう」と宣言し、以来、度々お忍びで武具のメンテナンス(と称したお茶飲み)にやって来るようになったのである。





 一方その頃。

 アレンがパーティを追放されてから、およそ一ヶ月が経過していた。

 太陽の光も届かない深い深い迷宮の底で、勇者ゼクスたちは絶望的な危機に陥っていた。


「グルルルルォォォォッ!!」


 彼らの目の前にそびえ立つのは、迷宮の主である巨大な地竜アースドラゴン。岩盤のように分厚く硬い鱗と、城壁すら打ち砕く尻尾を持つ恐るべき魔獣だ。


「クソッ、ふざけるな!俺の渾身の剣撃が、なぜ通らない!?」


 ゼクスが怒り狂って振り下ろした『黄金の剣』は、地竜の鱗に無惨に弾かれ、ギャリッと不快な金属音を立てた。

 この一ヶ月、下層へ潜り続ける中で、彼らの武器は手入れもされず酷使され続けてきた。アレンが極限の研磨で高めていた強度と魔力コーティングはとうの昔に剥がれ落ちていたのだ。

 今のその剣は、ただの「見栄えが良いだけの量産品」に成り下がっている。


「ゼクス!もう魔力が持たないわ!杖の魔力増幅が全然機能しないのよ!」

「ひぃぃっ!私の神具にも亀裂が!女神様、お助けを!」


 後衛で叫ぶ魔導士のルキアは魔力枯渇で膝をつき、神官のボイドはヒビ割れた神具を抱えてガタガタと震え上がっている。

 武器が本来の脆さを露呈し始めてから、彼らの連携はとうに崩壊していた。格下の魔物にすら傷を負うようになり、それでも「俺たちは選ばれしSランクだ」という驕りが、彼らの目を曇らせていた結果がこれだ。


「おおおおおっ!喰らえぇぇぇ!」


 死の恐怖からヤケになったゼクスが、地竜の顎の柔らかい部分を狙って『黄金の剣』を力任せに突き出した。


 ガキンッ!!


 悲鳴のような、耳を劈く破砕音が迷宮に響き渡る。

 ゼクスが絶対の自信を持っていた黄金の剣は、地竜の硬い鱗に負け、根元から真っ二つにへし折れた。


「なっ……!?俺の、聖剣が……!?」


 宙を舞う折れた剣の残骸を見て、ゼクスは呆然と立ち尽くした。

 その致命的な隙を地竜が見逃すはずもなく、丸太のように太い尾の一撃がゼクスたちをまとめて壁際へと吹き飛ばす。


「ぐっ…、うぅ…、なんでこんな目に合わないといけないのよぉ!!もうだめだわ…、このまま死ぬぐらいならぁ…」


 全身の骨が軋み、血を吐き出しながら、命の危険を悟ったルキアが泣き叫んだ。彼女は震える手で懐から、かなりの財産をはたいて買っていた『緊急帰還の転移石』を取り出し、床に叩きつけて砕く。


 まばゆい光に包まれ、命からがら迷宮都市の地上へと強制転移させられたのは、それから数秒後のことだった。



「……クソッ!クソォォォッ!」



 ボロボロの姿で薄暗い路地裏に放り出されたゼクスは、折れた剣の柄を石畳に何度も叩きつけた。

 討伐の報酬も、道中の宝も全て迷宮に置いてきた。残ったのは、泥だらけの惨めな姿と、無惨に壊れたただの鉄クズだけ。


「……アレンだ」


 血走った目で、ゼクスがギリッと歯を食いしばって呟く。


「あいつがいなくなってから、全てがおかしくなった。ルキアの杖も、ボイドの神具もだ。……こうなったら、這いつくばってでもあいつを探し出して、もう一度俺たちの武器を完璧に手入れさせるんだ!あいつには俺たちが必要なはずだ!」


 己の傲慢さと道具への無理解を棚に上げ、勇者たちは王都へと向かった。



―・―・―



 数日後。アレン武具工房の休業日。

 僕は工房のカウンターで、淹れたての芳醇な紅茶を楽しんでいた。


「アレン殿の淹れる茶は、本当に心休まりますね」

「全くだ。我が国の宮廷茶道よりも、この工房で飲む一杯の方が美味く感じる」

「ふふっ、武器のメンテナンスだけでなく、お茶の淹れ方まで一流とはね。アレンの器用さには恐れ入るよ」


 向かいの席では、非番のセシリア様、ルイス王太子、そして本物のSランク冒険者であるエレーナさんが、持ち込んだ焼き菓子を食べながら寛いでいる。この場では身分や立場は関係ないという暗黙の了解があるらしい。


 国のトップ騎士、隣国の次期国王、そして最強の冒険者。端から見れば卒倒しそうなほど恐ろしいVIPの集いだが、僕にとっては気心の知れた大切な常連客たちだ。


 皆で和やかに談笑していた、その時。


 バンッ!!と、店の扉が蝶番から外れんばかりの勢いで乱暴に蹴り開けられた。


「探したぞ、アレン!!」


 砂埃と共に現れたのは、煤だらけでボロボロの装備を身につけた三人組――ゼクス、ルキア、ボイドの勇者パーティだった。


「ゼクスさん……?それに皆さんも。随分と酷い有様ですね」

「誰のせいだと思っている!お前が俺たちの武器の整備をサボって逃げたからだろうが!」


 ゼクスは血走った目で僕を睨みつけ、ドサリと、折れた『黄金の剣』の残骸をカウンターに叩きつけた。


「こんな路地裏でくすぶっていたとはな。だが安心しろ、特別に許してやる!今すぐ俺たちの武器を元の『最強の状態』に直せ!そうすれば、また荷物持ちとしてパーティに戻ることを許可してやる!」


 ゼクスの言葉に、後ろに立つルキアとボイドもふんぞり返る。


「ちょっと、いつまで意地を張っているのよ。戦闘力がない貴方が、私たちがいないと生きていけないくせに」

「さあ、急いで直すのです!女神と我らの慈悲にすがるのですな!」


 ……呆れて言葉も出ない。


 武器が壊れた本当の理由も理解せず、まだ自分たちが圧倒的に上の立場だと思っているのか。


「お断りします」


 僕が冷たく言い放つと同時に静かにお茶を飲んでいた三人の常連客が、一斉に立ち上がった。


「おいおい、冗談は顔だけにしなよ」


 最初に口を開いたのは、エレーナさんだった。彼女は腰の双剣に手をかけ、ゼクスたちを底冷えのするような目で鼻で笑う。


「道具の手入れもできない三流が『Sランク』を名乗るとは、同業者として虫唾が走るね。君のその鈍器ただの量産品だろう?アレンの腕がなければ、スライムの皮膚にすら弾かれるんじゃないか?」

「なっ、なんだと女……!俺を誰だと……!」


 ゼクスが顔を真っ赤にして食ってかかろうとした瞬間、ルイス王太子が呆れたように優雅に扇子を広げた。


「全く不愉快だ。隣国の王太子である私が頭を下げても、この国から連れ出すことができなかった至高の職人だぞ?それを、なんだその薄汚れた鉄クズは。直せだと?身の程を知らないにも程があるな」


「り、隣国の王太子……!?な、なぜそんな雲の上の人が、こんな路地裏に……!?」


 予想外の身分を名乗られ、驚愕して後退りするゼクスたち。

 しかし、彼らにとっての本当の絶望はこれからだった。

 最後にとどめを刺したのは、空気が凍りつくような、息をするのすら苦しくなるほどの研ぎ澄まされた殺気を放つセシリア様だった。


「……随分と、無礼な輩だな」


 セシリア様が一歩踏み出し、冷酷に告げる。


「我が第一騎士団の恩人であり、専属職人である彼に対し、下働き扱いとは。……貴様ら、命が惜しくないようだな。万死に値するぞ」

「だ、第一騎士団長……セシリア・ヴァンガード!?ひ、ひぃぃっ!」


 本物の歴戦の武人が放つ圧倒的なプレッシャーと、国を動かす権力者たち。

 自分たちが到底及ばない『本物』たちとの絶対的な格の違いを前に、エセSランクパーティの三人は完全に腰を抜かし、床にへたり込んだ。


「失せろ」


 セシリア様のその静かで重い一言で、ゼクスたちは「ひ、ひぃぃぃぃっ!!」と情けない悲鳴を上げ、転がるように店から逃げ出していった。

 彼らがこの国で、二度とまともな冒険者として生きていけないことは、誰の目にも明らかだった。





 嵐が過ぎ去った工房には、再び平和な静寂が戻った。


「ふむ、せっかくの茶会が邪魔されてしまったな。騒がしくしてすまない、アレン殿」

「いえ、助かりました。ありがとうございます、皆さん。お茶を淹れ直しますね」


 僕が苦笑しながら温かい紅茶を配り直すと、三人は満足げにカップを受け取った。


「気にするな。私の大切な武具を任せられるのは、世界で君だけだからな」

「全くだ。アレン、何か困ったことがあればいつでも私を頼るといい」

「あんな連中がまた来たら、私がみじん切りにしてやるから安心しなよ」



 笑い合う最高の常連客たちを見ながら、僕は自分の手を見つめた。



 伝説の聖剣なんて、初めから必要ない。



 武具を心から愛し、命を懸けて共に戦う人たちのために、極限まで刃を研ぎ澄ますこと。それこそが、僕の職人としての誇りだ。



「さて、明日も忙しくなりそうだ」



 僕は微笑みながら、次に手入れを待っている名剣たちへと視線を向けた。



 僕の職人としての平和で充実した日々は、まだ始まったばかりなのだから。







ここまでお読みいただきありがとうございました!

私の過去作、「ささやきヒアリング」の物語を書いたときに思いついたアイデアをようやく短編小説にまとめることができました!

まとまったお休みがあったので、最近執筆活動が進んでます^_^

ざまぁ要素は、最初無しの予定だったのですが前作との違いを出す意味でも追加してみました!


よろしければ評価してくださると嬉しいです!

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
 常連さんたちが頼もしい。王太子殿下も無理矢理連れ出そうとしない好人物で良き。
 誠実なアレンを正当に評価してくれる人たちが、傲慢さ故に落ちぶれた勇者たちから守ってくれてスッキリいたしました。  どのような道具も日頃から大切に扱うべきですし、メンテナンスを疎かにするなんて以ての外…
アレンさんは武具の気持ちがわかるみたいにメンテできるのですね 持ち主の武具を大切に思う気持ちを汲んであげられる素敵なスキルだと思います✧︎*。٩(ˊωˋ*)و✧︎*。 エセSランクのみなさんは自業自…
感想一覧
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