エピローグ:記録
三上由紀は、手帳を開いていた。 警視庁の会議室。村瀬と霧島連が向かいに座っている。 三上のペンが、紙の上を滑る。
「では、事件の全体像を、もう一度確認させてください。裁判のためじゃなくて部内の報告、資料用ですので」
三上が、霧島を見る。 連は、頷く。
「はい」
連が、淡々と話し始める。
「ご存じの通り、犯人は、恩田正美。『心の灯り』の副代表です」
「動機は?」
「救済です。このことは恩田の過去に関係しています」
連が、資料を開く。
そこには、綾瀬玲花が調べた恩田の経歴が記されている。
「恩田正美は、もともと総合病院に勤務していた看護師でした」
三上が、メモを取る。
「そこで、何があったんですか」
「自殺です」 連が、短く答える。
「恩田さんが担当していた末期の患者が、次々と自殺しました。病気を苦にしての自殺は自殺原因の第一ですので、これ自体は異常ではありません。問題は、恩田さんが患者を救えなかった自分を責め続けたことです。彼女は自殺を防ぐために精神カウンセリングを学び、『心の灯り』に入っても、患者を救えなかった」
村瀬が、低く言う。
「……それで、精神を病んだのか」
「はい。多くの医療関係者は諦めるか、感情を麻痺させるかして、自分の心を守るんですがね」
連が、頷く。
「恩田は、『自殺は地獄に落ちる』という宗教観を持っていました。だから、自分が救えなかった患者が、地獄に落ちたと思い込んだんです」
三上が、眉を寄せる。
「それで、他殺なら地獄に落ちない、と?」
「そうです」 連が、淡々と続ける。
「恩田は、『自殺しようとする人を、他殺で殺せば、地獄に落ちない』と考えました。それが、恩田なりの『救済』だったんです」
村瀬が、短く息を吐く。
「……狂ってる」
「狂ってます」
連が、即答する。
「でも、恩田は本気で信じていました。自分が手を汚してでも地獄行きを阻止するべきだと。自分を犠牲にしてもかまわないと。彼女は優し過ぎたんですよ。異常な程ね。そして、心が壊れてしまった」
三上が、ペンを止める。
「……手口は?」
「恩田は、未自覚の霊能力者でした」
連が、資料をめくる。
「といっても、特別強いわけではありません。ただ、自分の執念を切り離して、生霊として送り込むことができました。解離性障害を起こした霊能者に良くある事例みたいですね」
「生霊……思念の具現化……まぁ、〇タンドみたいなもんですね」
三上が、小さく呟く。
「分かり易く言うとそんな感じです。恩田は、電話越しに被害者と話し、その間に生霊を送り込みました。生霊は、被害者の影から這い出し、被害者を殺します」
村瀬が、腕を組む。
「どうやって被害者の場所を特定したんだ。霊能力で簡単に判るものなのか?」
「恩田が事前に被害者に会っていたからです」
連が、答える。
「『心の灯り』での面談の際、恩田は被害者に軽い呪いをかけていました。その呪いが、生霊に場所を教え、生霊を『天使』に見せたんです」
三上が、息を呑む。
「……だから、被害者は笑顔で死んだんですか」
「そうです」
連が、頷く。
「被害者は、『天使が迎えに来た』『天国に行ける』と信じて、死を受け入れました。だから、抵抗しなかった。だから、笑顔だった」
村瀬が、低く言う。
「……最悪だな」
連は、何も言わない。 三上が、ペンを握り直す。
「では、被害者は……天国に行けたんですか?」
その質問に、連は少しだけ間を置いた。
そして、静かに答える。
「……分かりません」
三上が、連を見る。
「分からない?」
「はい」
連が、頷く。
「僕は霊能力者ですが、死後の世界は見えません。天国があること、地獄があることは知識として知っているのですが、彼らがどっちに行ったかまでは分かりません」
連が、少しだけ視線を落とす。
「ただ、一つだけ言えるのは……恩田さん自身、救済が必要だったということです」
村瀬が、短く頷く。
三上が、手帳を閉じる。
「……ありがとうございました」
三上が、立ち上がる。
「これで、記録は完成です」
村瀬も、立ち上がる。
「霧島。お前も、疲れただろう。帰れ」
連が、頷く。
「はい」
連は、会議室を出た。
◇ ◇ ◇
数日後。 六本木のカフェ。
霧島連は、窓際の席に座っていた。 カフェラテを前に置き、砂糖を入れる。
向かいの席に、綾瀬玲花が座った。銀に近い髪色、華奢な体。
「わざわざ、こんなところに呼び出さなくてもメッセージで良いのに」
「あなたのリアクションを生で見たくてね」
無表情のまま、タブレットを連の前に差し出す。
「見て」
玲花が、短く言う。
連は、タブレットを受け取る。
画面には、小さなニュース記事。 地方版の、目立たない位置。
『六本木のマンションで女性が飛び降り自殺』 連の手が、止まる。
「……春香さん」
連が、小さく呟く。 玲花が、頷く。
「村瀬さんや三上さんには口止めした。美桜ちゃんには、言わない方がいいわね」
連は、タブレットを玲花に返す。
「……そうですね」
連は再び砂糖を入れる。 スプーンでかき混ぜる音が、妙に大きく聞こえる。
そして、カフェラテを口に運ぶ。 甘すぎる。砂糖を入れすぎた。 でも、今は甘すぎるくらいが丁度良いのかもしれない。
カフェのテレビでは、自殺防止の啓発CMが流れている。
「命は大切です」「ひとりで悩まないで」「相談窓口があります」。
玲花は、テレビから目を逸らす。 連が、小さく言う。
「……僕たちは、結局、誰も救えなかった。本物の天使たちは、どこで何をしているのですかね」
「彼らは意外とすぐそばにいるわ。でも、彼らは嘆き悲しんでいるだけよ」
玲花はそれ以上は答えない。
窓の外では、人が笑い、歩き、生きている。
いつも通りの東京。 いつも通りの六本木。
連は、カフェラテを飲み干す。玲花が、タブレットを仕舞う。
「……帰りましょう。今日はおごってあげる」
玲花の言葉に、連は小さく頷いた。
二人は、眩しすぎる街の中へ消えていった。
―――終わり
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シリーズもののプロトタイプの第1話です。
書くべきか、書かざるべきか、どこを変更すべきか、悩ましい。




