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第8章 救済の果てに

「……このままじゃ、キリがない」

 小さく呟いて、懐から札を取り出す。

 でも、その時。

 怪異の翼が、広がった。

 そして、無数の羽根が、一斉に飛ぶ。

 美桜の目が、見開かれる。

 数が多すぎる。

 全部は斬れない。

 美桜は、刀を横に構える。

「八咫!」

 八咫が、美桜の前に立つ。

 そして、両手を広げる。

 羽根が、八咫に当たる。

 八咫の体が、削られていく。

 でも、八咫は動かない。

 美桜を、守り続ける。

 美桜は、その間に札を握りしめる。

「――火神・迦具土かぐつち。来い」

 札が、燃え上がった。

 赤い炎が、美桜の手のひらから立ち上がる。

 炎が、人の形を取る。

 燃える武人。

 迦具土が、吠えた。

 炎が、怪異に向かって飛ぶ。

 怪異が、炎を避けようとする。

 でも、炎は追いかける。

 炎が、怪異の翼に当たる。

 翼が、燃え上がる。

 怪異が、悲鳴を上げる。

 春香には、天使が苦しんでいるように見える。

「やめて! やめて!」

 春香が、泣き叫ぶ。

 でも、美桜は止まらない。

 美桜は、刀を構える。

 そして、一歩踏み込む。

 地面を蹴る。

 刀身が、空気を切る。

 怪異の胴体に、刀が届く。

 美桜は、叫ぶ。

「――終わり!」

 刀が、怪異を斬る。

 横一文字。

 一刀両断。

 怪異が、悲鳴を上げる。

 その悲鳴が、どこか遠くへ響く。まるで、誰かと"繋がっている"みたいに。

 怪異の体が、二つに割れる。内側から、黒い霧が吹き出す。

 そして、霧が散り、怪異が、消える。

 屋上の空気が、すっと軽くなった。

 雨の匂い。街のざわめき。

 美桜は、刀を下ろす。

 息が上がる。

 でも、終わった。

 春香が、床に崩れ落ちる。

 八咫の腕から、するりと抜け落ちる。

「嫌……嫌……なんで、なんで邪魔するのよ……」

 声が情けなく震えた。

「もう少しで……天国に行けたのに……」

 春香の目から、涙が止まらない。

「私、やっと……やっと楽になれたのに……なんで……なんであんたが……」

 美桜は、春香の前にしゃがむ。

 春香の目を見つめる。

「天国なんかじゃない」

 言い方はきついのに、目は柔らかい。

「……あれは、あなたを殺しに来た。あなたは騙されてたんだ」

 春香の目が、焦点を失う。

「……それでも良かったのに」

 春香が、小さく呟く。

「それでも……良かったのに……」

 美桜の胸が、痛む。

 美桜は、春香の肩に手を置く。

 人間の熱。それだけで、春香は涙が出そうになった。

「大丈夫。もう、終わった」

 春香は、小さく震えた。

 そして――意識が、ふっと落ちた。

 美桜が、春香の体を受け止める。

 そっと、地面に横たえる。

 美桜は、大きく息を吐く。

「……間に合った」

 美桜が、小さく呟く。

 八咫と迦具土が、消える。


  ◇   ◇   ◇


 美桜は、寝ている春香の呼吸を確かめる。

 胸が上下する。喉の奥で、小さく空気が鳴る。

 生きてる音だ。

 春香の派手なネイルの手が目に入る。

 美桜は、スポーツバッグからタオルを引っ張り出して、春香にかけた。

 それから、ポケットのスマホを取り出す。

「――生きてる?」

 女の声。

「生きてる。……春香さんも」

「良かった。作戦成功ね」

 そう言いながら、向こうで指が打鍵する音がした。キーボードじゃない。スマホの画面を爪で叩く、あの乾いた音。玲花は、いつもスマホだけで戦ってる。それでも、安心感があるのが腹立つ。

 美桜は息を吐いた。

「連は?」

「……外れだったから、直ぐに恩田のところに向かわせている」

 玲花は何でもないことみたいに言う。

 美桜は、雨の中で空を仰いだ。

 東京タワーが、遠くで赤く滲んでいる。

 美桜は春香の髪を、そっと耳にかけた。

 被害者候補をマークして、怪異が出たら叩く力技の作戦。一歩間違えれば被害者が出た成功率が低い作戦。

 でも、この人は、まだ温かい。それだけで、今日は勝ちだ。

 美桜は、春香の頬に触れる。

 涙の跡が、まだ残っている。

「……ごめんね」

 美桜が、小さく呟く。

「あなたの天国を、壊しちゃって」

 でも、と美桜は続ける。

「それでも、生きててほしい」

 春香の瞼が、小さく震える。まだ、意識は戻らない。

 救急車のサイレンが、遠くから聞こえる。

 美桜は、立ち上がり、刀を鞘に納める。そして、空を見上げる。

 雨が、顔に当たる。

 冷たい。

 でも、この冷たさが、今は心地いい。


  ◇   ◇   ◇


 20分後。

「心の灯り」の事務所。

 恩田正美は、デスクの前で倒れていた。

 椅子から崩れ落ち、床に倒れている。目は開いているが、焦点が合わない。 口が、小さく動く。

 「……天国……天国へ……」  

 途切れ途切れに、同じ言葉を繰り返す。

 扉が開き、霧島連が、入ってくる。

 連は、恩田を見て、小さく息を吐いた。

 「……やっぱり」

 連が、恩田の前にしゃがむ。 恩田の目は、連を見ていない。 どこか遠くを見ている。

 「恩田さん。聞こえますか」

 連が声をかける。 恩田の口が、動く。

 「……救済……救済を……」

 連は、小さく首を横に振る。

 その時、廊下から足音が聞こえた。

 村瀬と三上が、駆け込んでくる。

 「霧島!」

 村瀬が、部屋の中を見回す。

 「……恩田だったのか。河野だと思っていたんだがな」

 村瀬たちは被害者候補を絞り、被害者たちをマークしていたが、肝心の容疑者を間違えていた。

 「そうですね。でも、草薙さんが頑張ってくれたみたいですね」

 連が、頷く。

 三上が、恩田の前にしゃがむ。

 「……廃人、ですか」

 「怪異が破壊されて、ダメージが本体に返ってきたんです。もう、取調べは無理でしょう」

 連が、淡々と答える。

 「そうですね」

 村瀬が、短く息を吐く。

 「……終わったのか」

 「はい」

 連が、頷く。

 「事件は、終わりました」


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