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章題1 もし愛を知っていたとして Ⅲ






 しょうちゃんは私のいうことに逆らえなかった。


 出会った時は、そうでもなかったはずだけど。


 初めて顔を合わせたのは、私が三歳、彼が十歳の時だった。


 いたいけな幼女だった私は、母の親友の息子だというお兄さんに憧れた。その時の私には、歳の離れている異性というだけでかっこよく見えたのだ。


 ちょうど私はその頃、人魚姫の絵本が大好きだった。綺麗な人魚姫と、素敵な王子様が結ばれる、悲劇と喜劇の物語。私が持っていた絵本は、王子様が癖毛の黒髪だった。周りにあまり癖毛がいなかったこともあって、癖毛のしょうちゃんと王子様を重ねていた。


「音々、このお兄ちゃんは、お母さんのお友達の息子さん。広瀬ひろせ章太郎しょうたろうくん。ご挨拶して」


 お母さんに背中を押され、前に出される。お気に入りのワンピースを着てきたのに、心はちっとも落ち着かなかった。


 しょうちゃんは、その時からヒョロくて、前髪が長かった。でも、綺麗な顔をしていた。


「ねおんです、しょうちゃろうくん、よろしくおねがいします」


 噛んでしまった。私の頭の中はそれでいっぱいになった。違う、言えないんじゃないの。ごめんなさい。王子様——


「いいね、それ。僕のことしょうちゃんって呼んで?」


 俯いた私に、しゃがんでそう言ってくれた彼は、まさしく王子様だった。


 それから私は、しょうちゃんにべったりになった。


 家が近かったのもあって、遊びに行ったり、遊びに来てもらったり。

 


 

 年長になった時、私はしょうちゃんと約束した。


「ねおんが大人になって、しょうちゃんがねおんのこと好きだったら、結婚してね」


「わかった、素敵な大人になったらね」


 私は結構本気だったのだけれど、どこまで本気にされてたかはわからない。


 まあ、そういう約束をしても関係に変わりはなく、ただの幼馴染だったのだが。


 

 

 そうやって幼少期を過ごして、私は初めて会った時のしょうちゃんと同じ年齢になった。しょうちゃんは、高校生だった。


 それでも変わらず、私は毎日学校が終わるとしょうちゃん家に帰った。しょうちゃんはかっこいい制服で、漫画を読んでいた。


 七年前と変わったことといえば、しょうちゃんの本棚には少女漫画とファンタジー小説が、しょうちゃんの漫画と一緒ぐらい並んでいることと、しょうちゃんがメガネをかけていることぐらいだ。


 宿題をやっていると、しょうちゃんはよくわからないところを教えてくれる。問題が正解できた時、決まってしょうちゃんは私の頭を撫でて抱きしめてくれた。


 すごいね、えらいね。音々は賢いね。


 それが、夏休みが始まる直前ぐらいのことだった。

 


 

 夏休みが終わる日のこと、私はいつも通りしょうちゃんの部屋でしょうちゃんの漫画を読んでいた。


 じんわり汗が滲んで気持ち悪かったけれど、しょうちゃんと一緒に居たらそんなことも忘れてしまう。


 かっこいい主人公がヒロインを守りながら敵と戦う物語だった。


『ハナ‼︎オレの手を離すな‼︎』


『アサヒ!私も戦う!』


 敵が攻撃を放つ。ヒーローはヒロインと二人で迎え打ち、敵を討ち取る。


『二人で一緒に生きていこう』


 ヒーローが決めセリフを言って、ヒロインに微笑む。ヒロインは泣き笑いで、もちろんよ、と言った。


「しょうちゃん、これつまんないよ。何でこれ買ったの?」


 しょうちゃんのベッドを占領していた私は、カーペットの上でゲームをしていたベッドの主に言った。


「んー、音々が好きかなって思ったから?」


 しょうちゃんはどうでも良さそうだった。ほんとに私のためだけに買ったらしい。


「ごめん」


 私のためだった本を、私は貶してしまった。


「いや、別にいいよ。もう買わないだけだし」


 しょうちゃんは優しい。最初に会った時、名前が言えなくても私を怒らなかった。こうして毎日遊びに来ていることも迷惑がらないし、漫画を悪く言っても笑ってくれる。


 胸がきゅう、ってなる。しょうちゃん、しょうちゃん。私だけの王子様!


 心の望むままにベッドからだるーんと落ちて、しょうちゃんの隣に寝そべる。


 多幸感ってこういうことかな、と、しょうちゃんの教科書で見た言葉を思い出す。


 じ、としょうちゃんの横顔を見ていると、気づいたしょうちゃんが私の鼻を摘んだ。


「見過ぎ」


「わっ!やーめーてー!」


 じゃれあっていたら、急にしょうちゃんが真面目な顔で私に向き合った。


「音々は今でも僕のこと好き?」


「何でそんなこと聞くの?」


 当たり前じゃん、だって、好きじゃなきゃ毎日来てないし、面倒な長い髪も伸ばしてない。


「好き?」


 あんまり真剣にしょうちゃんがいうものだから、私も覚悟を決めた。


「ずっと好きだよ」


 告白はドキドキするものって相場は決まっているけれど、私は全く違った。恋とかそういうふわふわしたものじゃなくて、たぶん、誠実な好意だった。


 真っ直ぐ目を見ていうと、しょうちゃんは驚くこともしなくて、私にキスをした。


 私はびっくりしたけど、嬉しかった。今までは、一番近くてもハグとおでこのキスだった。


 体感で、二秒ぐらい。


 ファーストキスは、随分としっかり経験した。


 しょうちゃんの唇は、少し乾燥していた。それは今も変わらない。


 唇を離した時、しょうちゃんは悲しそうに笑っていた。

スクロールお疲れ様でした


徐々に歪みまくっていく予定です。お楽しみに。

一つ小話を。

元々章太郎はモブで、音々は別の誰かと恋愛関係になっていく物語の予定でした。

なんか、大きくなったな、章太郎。

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