章題3 ただそばにいるだけでよかった。
君がいなかった人生は。どうしてあんなにも喉の奥がざらついたのだろう。
興味がないふりをして、何も目に入っていないふりをして。
それが君に会えただけで、色を取り戻す。
どれだけ君が、大切か。どれだけ君を、愛しているか。
最愛の人——私の愛は君だけのものです。
慌てて追いかけてきた彼氏も、しょうちゃんも、私も。全員が混乱していた。
その中でまだ少し冷静だったしょうちゃんは、私を宥めて彼氏と共に近くのファミレスに連れて行った。
「で、誰ですか?」
私の隣に座るしょうちゃんを訝しげに睨む私の彼氏。
「えーっと、幼馴染の春日章太郎です。そちらこそ誰ですか?」
困惑しながら答えるしょうちゃん。その声に少し棘があることは、きっと彼氏は気づいていない。
「音々の彼氏の平井です」
「あ、彼氏さん!いつもお世話になってまして……」
そんな会話を聞きながら、私は何も言わずしょうちゃんにひっついて泣いていた。
しょうちゃんの服からは、変わらない、レモングラスの香りがした。
「音々、何頼むの?」
しょうちゃんが優しく私に問いかけて、髪を撫でる。
それにまた泣いてしまって、くぐもった声で返事をする。
「おれんじじゅーす……」
それを聞いたしょうちゃんは、彼氏にも笑いかける。
「君は?何飲む?好きなの頼んでいいよ」
「……帰ります。音々、また連絡する。じゃあ」
冷たい砂のようにざらついた声で言った平井くん。
その中に私への愛情なんてひとかけらもなくて、それでもどうでもよかった。
しょうちゃんが、ここにいる。
それを噛み締めることで、精一杯だった。
「音々、彼氏くん帰っちゃったけどオレンジジュース頼む?」
まだ優しく背を撫でてくれるしょうちゃん。
「しょうちゃんの家行く……」
ぴたり、と手が止まって。
「本気で言ってる?」
すこし、抑えた声で聞かれる。
「嫌ならいい、家帰るから」
そう言ってしょうちゃんから離れようとすると手首を掴まれる。
俯いて、しょうちゃんと目を合わせないようにする。
けど。あの頃と違って短くなった髪は私の顔を十分に隠してくれなかった。
「おばさんいないでしょ、目、腫れちゃう」
ずるいなぁと言って、笑いたかった。
しょうちゃんは、私が一人だったら何もしないことを知っている。
「でも、しょうちゃん家は行けないから。帰るよ」
優しくしょうちゃんの手を押し返して、私はファミレスを出た。
大好きだった。
まだ、しょうちゃんのことが。
愛していた。
私の全部をあげたかった。
でも、しょうちゃんと離れている間に私は知ってしまった。
大人は、子供と恋愛ができないことを。
だから少し、泣いてしまった。
しょうちゃんの、心配の中に甘さが滲んだ顔が、忘れられなかった。
次の日、朝家を出たらそこにしょうちゃんがいた。
「おはよう」
そう言って笑うしょうちゃん。
「おはよう」
私はそう返して、無視して学校へ向かおうとする。
愛しているから。
私のことを愛しているあなたを、愛してあげない。
「音々」
数歩歩いた時、しょうちゃんが私を呼び止める。
「……なぁに?」
だから、私は冷たく笑って振り返った。
一瞬、しょうちゃんはたじろいで。
「今日、放課後家来てほしい」
まっすぐ言った。
「……うん」
貼り付けた笑顔のまま会釈して、早足でアスファルトを踏んだ。
かわいそうなしょうちゃん。
私が好きで仕方なくて、それでも苦しむしょうちゃん。
許さないよ。
裏切ったこと。
私は絶対許さないし、しょうちゃんも私を許さないで欲しい。
それが一番、ずっと一緒にいられるだろうから。
その日私は、しょうちゃんと恋人になった。
何があったかは、あまり話さない方がいいと思うけれど。
私は初めて、しょうちゃんの脇腹にほくろがあることを知った。
スクロールお疲れ様でした
久々の更新です。
ちょっとしんどくなってきました。
しばらく「真ノ國奇伝」の方に力を注ぐかも。




