章題1 もし愛を知っていたとして
君は私が君に興味がなくなったと思ってるでしょ?
それで勝手に苦しんで狂っていく。
今でも私は君を愛してるよ。君が私を愛する限りね。
君が私を愛さなくなったら、壊して捨ててあげる。
君はそれが嬉しいだろうから。
ふと、何のきっかけだったか、懐かしいことを思い出した。それは、もう戻れない日々の一部だった。
私が主演をするドラマの番宣をしにスタジオに向かう車の後部座席で、微かな揺れを感じながら窓の外を見つめる。
相も変わらず騒がしい世の中に、少し苛立った。
「音々、あんまり外見ちゃダメだよ。カーテン閉めといて」
運転席から、オレンジジュースみたいな声が私を咎める。
しょうちゃんの声はいつもそうだ。甘くて、少し酸っぱくて、苦くて。ひんやりしている。
「ん〜、わかったー」
面倒だなと思いながら返事を返してカーテンを閉める。
途端に騒がしい気配が消え失せて、私の世界にはしょうちゃんと私しかいなくなる。
さらり、傾けた首に髪が滑った。腰まで伸ばしたストレートヘアは小学生の頃と変わらない。ミルクティー色が光に透ける。
何でロングにしたんだっけ、ああ、しょうちゃんが好きだったキャラがロングだったんだ。
信号が赤色に光って車が緩やかに止まる。しょうちゃんは運転が上手い。
「ね、しょうちゃん。キスして」
身を乗り出して運転席の彼と顔を合わせる。
黒の癖っ毛を揺らして、しょうちゃんは眉を顰めた。
「後で」
しょうちゃんは週刊誌をすごく警戒する。叩かれるのは私なのに。「実力派新人女優、マネージャーと熱愛か!?」うーむ、陳腐な報道になぜ私のキスが邪魔されなければならないのだろう。
「やだ、今」
駄々をこねると、彼は渋々私の髪を漉く。それから頭をぐっと引き寄せてキスをした。
軽く、触れるだけ。
「もっと」
しょうちゃんが離れていったので文句を垂れると、しょうちゃんは私を怒った。
「運転中!このあとは仕事!家帰るまで待ちなよ」
「へーい……」
怒られてしまった私は諦めて、しょうちゃんの首の匂いを嗅いだ。しょうちゃんの肌は白くて、あったかくて、安心する。
似合わない、ホワイトムスクの匂い。わかってないなぁ、しょうちゃんはオレンジが一番合うのに。
「しょうちゃん、この香水誰からの?」
首元で喋るから、声はくぐもって、しょうちゃんもくすぐったそうだった。
信号が変わったのか、またゆっくり車が発進する。
「覚えてないよ。多分二人前ぐらいの元カノ」
ふーん、と聞く。元カノがどうとかはどうでもいいけど、しょうちゃんってモテるんだな。
「センスないね、その子。また今度香水買ってあげるからこれ捨てて」
首をかぐのをやめて髪をいじる。しょうちゃんのシャンプーは変わらずシトラスの香りだった。オレンジとは違うけど、ホワイトムスクよりマシ。
「いいけど、何で?これ嫌いだった?」
しょうちゃんはずっと優しい。彼女がいたって私が優先で、彼女の記念日と私の呼び出しでも、いつも私をとる。
それはいかがなものかと言ってみたことがあったけど、聞いてくれなかった。
「違う、しょうちゃんの匂いじゃないから」
いじっていた髪を離して、再び首に顔を埋める。いたずらついでに跡をつけておいた。
きみはわたしのですよー。
「音々の言うことってたまにわかんない」
オレンジジュースはちょっと甘さが増していた。
「それでいいよ」
小さく笑って返す私のも多分、甘さが増していた。
まだ夢のかけらが残る、幼さが滲んだ朝だった。
スクロールお疲れ様でした
音々としょうちゃんをよろしくお願いします




