11話 猛スピードのトラックが突っ込んでくる!
夕方の国道。
街灯がぼんやりと灯り、舗装道路には昼間の熱がまだ残っていた。
信号が青に変わった、その瞬間――。
交差点の向こうから猛スピードのトラックが突っ込んでくる!
「うわああああああ!!!」
「ブヒィィィィィ!? この筋肉でも無理でがすぅぅぅ!!」
「カパパパ!?!? 皿が割れるカパ~~!!」
「ニャアアアアアア!!!」
「何事じゃ!!」悟空は眠りながら歩いていた。
耳を裂くブレーキ音、金属のきしみ。
全員の体が宙に浮き、光が爆ぜて――意識がぶつ切りに途絶えた。
……次に目を開けると、そこは「見知らぬ天井」。
だが安アパートの天井とは天地の差。
絹のレースが揺れ、金糸のししゅうがきらめき、カーテンからは花の香り。床は大理石で、顔が映るほど磨かれている。
「……えっ、なにここ? 俺……死んだ? これ、異世界の“お約束”パターン?」
布団から跳ね起きた翔太は、自分の姿を見て絶叫した。
「ちょっ、なんだこれ!? 女の子になってる!? しかもドレス姿!? 声まで高い!!」
隣から、筋肉のうねりを伴った呻き声がした。
「ブヒィィィィ……アタシもだああ!! なんでこんな“令嬢ドレス+マッチョボディ”なんだ!? 腕まくりしたら袖が破れるでがすぅぅ!!」
――八海、今や「アンカ」と呼ばれる筋肉令嬢。ドレスが筋肉に引き裂かれ、泣きそうになっていた。
「……落ち着くカパ」
冷ややかな声で言ったのは、フロリーヌ(沙悟浄)。水盤を持ち、冷静に状況を確認している。
「どうやら、わたしたち……“異世界転生”したカパ。しかも……全員、性別入れ替えられてるカパ」
そう言いつつ、皿を頭から外す。皿の水面には――トラックに跳ねられる“あの瞬間”が映っていた。
「証拠映像つきカパ……編集不可カパ……」
「にゃー……」
足元にいた白猫が欠伸をした瞬間、しっぽが馬の尾に変わり、次の瞬間には全長二メートルを超える白馬へと変貌! しかも立派な鞍まで標準装備されていた。
そんな混乱の中、ただ一人――。
ジャージ姿の従者ゴクウが、拳を握りしめ大笑いしていた。
「おおおっ!! 兄じゃよ!! わしは戻ったぞ!! 男の姿じゃ!! 筋肉もひげも、全部もどったぁぁぁ!!」
「……え、悟空なの? いや~孫悟空だ、完璧に猿だわ。強そうだからいいけど、違和感でかすぎ!!」
ショターヌ(翔太改め)が青ざめながら叫ぶ。
「これがわしの真の姿じゃ、よく見ておけ!」
「いやいや、前はかわいかったのに! 猿! 完全に猿!」
「うっ……そう言われると……猿……だな……。でも! 心は女のままだぞ!!」
「え!? お前、心は女だったの!? ずっと男だと思ってた!」
悟空は真っ赤になり、ぷいっと横を向いた。
場が大混乱する中、フロリーヌが皿を掲げる。
「落ち着け。皿の水面に“道”が見えるカパ。――スイレン・カドウ城。そこに“帰還の座”があり、そこから地球に戻れるカパ」
「これも妖魔のしわざだ……間違いないカパパ!!」
「えっ……また妖魔!? 俺の日常、異世界まで侵食してくるの!?」
「ブルルッ!」白馬に変わった白猫(西海龍王の三太子)は、むしろ誇らしげにいななき、「出番きた!」とでも言いたげだった。
「ブヒィィ! とにかくこのドレス、先に着替えたいでがすぅぅ!!」
アンカは腕を振り回すたびに袖を裂き、布がひらひら舞う。
その横で、ゴクウが如意棒を取り出し、ぐるりと回す。空間がびりびり震え、床に影が走った。
「ならば進むぞ! 兄じゃと共に、わしらは天竺へ旅立つのじゃ!!」
「だから悟空! 天竺じゃなくて、まずは“地球に帰る”だから!!」
ショターヌが全力で突っ込みを入れる。
――こうして、トラックにはねられた四人と一匹は、異世界での冒険を始めることになった。
ドレスに筋肉、皿に未来予知、白猫が白馬。
そして、悟空は男の姿に戻ったことで「少し複雑な」表情をしていた……。
ほどなくして、ショターヌ一行は“ホウゾウ国”の近郊へと足を踏み入れる。
異世界で出会った案内の言葉を胸に、導師たちが目指すのは――スイレン・カドウ城。
そこに“帰還の座”があり、もし無事に辿り着ければ、地球へ戻る道が開けるという。
「……ここを越えれば、やっと帰れる……」
ショターヌは小さく呟き、白馬のたてがみをぎゅっと握った。
だが、スイレン・カドウ城に近づくと、白馬が大声でいな鳴いた。
「ヒヒーン!、ヒヒーン!!」それは、まるでこう告げているかのようだった。
――『注意一秒、怪我一生!』
しばらく進むと、
――もわりと足元から白い霧が立ちのぼり、瞬く間に空間を呑み込んだ。
「ブヒィィ!? な、なにこれ、真っ白で前が見えねぇでがすぅ!」
アンカが筋肉を震わせ、情けない悲鳴をあげる。
「落ち着くカパ……」
フロリーヌは皿を掲げるが、そこに映るのも濃霧ばかり。
「……違う。ただの霧じゃない」
ゴクウが如意棒を抜き放ち、金の瞳をぎらりと光らせた。
「この霧、妖の術だ。心してかかれ!」
「ブヒィィィ……筋肉に砂が詰まって最悪でがすぅぅ!」
アンカは苛立ちを爆発させ、ドレスの袖をビリビリ破りながら前へ進む。
「落ち着くカパ……」
フロリーヌは皿をクルクル回して冷静を装っていたが、額にはじわじわと汗がにじんでいた。
そのとき、茂みの両側から「ワーーッ!」と雑な合唱が響く。
飛び出してきたのは金角・銀角の手下、小妖たち。槍や鉤縄を構えてはいるものの、動きはバラバラで迫力ゼロ。
「統率取れてなさすぎだろ、このモブども!」
ゴクウが如意棒で一掃すると、小妖たちはまとめてホームラン。十数人が夜空の星座と合体した。
だが次の瞬間――。
「ひぃん!」白馬が嘶き、ショターヌの体が大きく揺れる。
小妖たちが馬の首とショターヌに縄をかけ、「せーの!」の掛け声と共に十数人が一斉に引っ張った。
「ちょ、ちょっと待て! 私、引っ越し荷物じゃないんだから!!」
必死の抵抗もむなしく、ドレス姿のままズルズルと地面を引きずられていくショターヌ。
そのとき、城の門奥から金角と銀角が堂々と登場。
金角は真っ赤に光る「名前吸い壺」を掲げ、銀角は水がダバダバあふれる「どばどばボトル」を振りかざした。
烈風と霧が一気に吹き荒れ、ゴクウとアンカは派手に後方へ転がる。
「ブヒィィィ!? せっかく整えた前髪が吹き飛んだでがすぅ!」
「フハハ! わしは猿毛ゆえ、風ごときではビクともせん!」
フロリーヌは皿を掲げて霧の中を探ったが、映るのは真っ白なモヤだけ。
「……完全にカメラ機能が死んでるカパ……」
小妖たちは大喜びでショターヌを縛り上げ、「よっしゃよっしゃ!」と謎の合唱を響かせながら奥へ連れ去る。
白馬までも縄でぐるぐる巻きにされ、泣きそうな目をしながら回廊の奥へ押し込まれた。
やがてたどり着いた城内の祭壇。
五つの宝具がピカピカに並べられ、まるで怪しいディスカウントショップのショーケースのように光を放っていた。
ショターヌは中央に据えられ、両手両足を縛られたまま必死に叫ぶ。
「え、ちょっと待って! 異世界に来てまで“食材”ポジション!? せめて話し合いしよ!」
金角と銀角は同時に舌なめずりをして、声を揃える。
「これぞ天から授かりし薬材!」
「導師姫を煮込んで、不老長生スープの完成だぁ!」
二人の高笑いが「アハハハハ!」と反響し、壺とボトルは「ゴボゴボ」「ポコーン」と妙に間の抜けた音を立てる。
城内の空気は、お祭り会場になっていた。