10話 《黄魔妖対策グッズβ版》
夜のアパート。エアコンは容赦なく冷やされ、六畳一間の空気はカチコチだった。
しかし、翔太のスマホだけは、布団の上で熱を持ち、小刻みに震えていた。
「……ん? なに、またスマホ調子悪いの?」
寝転びながら手を伸ばし、スマホをつかむ。
だが、画面は暗転したまま、タップしても点かない。
「……おい? フリーズ? 強制再起動か……?」
だがその瞬間だった。翔太の指先がぴたりと止まった。
顔が硬直し、目は開いたまま――瞬きすらしない。
「兄じゃ……?」
隣の布団で眠っていたジャージ姿の女子高生の悟空が目を覚まし、金の髪を払って身を起こす。
翔太の異変を見て、顔色を変えた。
「沙悟浄!」悟空が叫ぶ。
台所で食器洗いをしていたカッパが、すぐに飛んで来る。
翔太の顔とスマホに交互に目をやり、頭の皿を取り外した。
皿には翔太が助けを求めながら沈みゆく姿が映っていた。
「これは大変カパパ!!……導師様の“魂”だけが抜け落ちているカパ~」
「何だと!兄じゃが危機なのか!?」
翔太の体は、寝息を立てて眠っている。
「体は**大丈夫カパ。**意識と心が、どこかスマホの仮想世界に移されたカパパ!!」
沙悟浄は即座に皿の水面をスマホに切り替え、調査を始める。
すると、画面に文字が浮かび上がる。
《アクセス層:黄魔妖|接続中……》
悟空の耳毛が、ピンと立つ。
「兄じゃ……黄魔妖に魂を抜かれた!!」
八海が布団から飛び起き、バーベル片手に叫ぶ。
「ブヒィィ!? 導師様が魂抜け!?」
「そうだ、すぐに助けに行くぞ、沙悟浄! 何とかしろ!!」
「同調完了カパ、皿に飛びこむカパ」
4人はカッパの皿に飛び込む。
仮想層《黄魔妖》——。
黄魔妖は、三股の鋭いフォークのような武器を自在に振るう妖王であり、視界をかき消す《ノイズ》を操っていた。
悟空が仮想洞の前に立ち、雷鳴のように声を放つと、闇の中から黄魔妖が応じた。
瞬間、如意棒と三股フォークが激突し、火花が霧を裂くように飛び散った。
一合、二合、三十合――閃く光の応酬が続き、互いに一歩も引かぬままぶつかり合った。
悟空は歯を食いしばり、自分の毛を抜いて投げる。その髪の毛は分身となり、無数の悟空が黄魔妖を取り囲んだ。
「これで終わりじゃ!」と声が重なった瞬間、黄魔妖は大きく口を開き、《ノイズ》を吐き出した。
耳を突く轟音と共に、分身たちはばらばらに崩れ、砂嵐のように霧へ消える。本体の目にもノイズの粒が突き刺さり、視界が白く焼かれた。
目に焼けつくような痛みが走り、涙が止まらない。
悟空はうめいて如意棒を地面に突き立て、「ぐっ……! このままでは……!」とくちびるを噛み、闇の外へ飛び退いた。
霧がいったん静まり、ノイズも一瞬だけ止まる。悟空が戻ると、八海と沙悟浄が立っていた。
ふたりは顔をこわばらせ、悟空の帰りを見守っていた。
「兄貴……どうすりゃいいんでがす……筋肉でも勝てねぇ……」八海が拳を握って言う。
沙悟浄は皿の水面を見つめながら低く呟く。「……道が見えんカパ……完全に塞がれてるカパ……」
三人の間に、重い沈黙が落ちた。
そこへ、沙悟浄の皿に観月まひるからの通知が届く。
「お寺の観音菩薩様から、夢のお告げがありました。みなさん、無事ですか?」
《黄魔妖対策グッズβ版》
使用は自己責任です
[使用する]
[やっぱやめる]
[諦める(推奨)]
「ウイルスっぽいけど……」
「押すしかない!」悟空が叫ぶ。
「ニャー」白猫が許可を出すようにポンと肉球でタップ。
その瞬間、霧が吸い込まれ、ノイズがぴたりと止まった。
悟空の目が光を取り戻す。
「これでようやく、戦える」
黄魔妖はうなり声をあげて突進。三股フォークの刃が雨のように振り下ろされる。
悟空は如意棒で受け流し、横なぎに払う。妖王は柄で受けて捻り返す。
岩が砕け、地面が裂け、戦場がうねる。
「兄貴! 今だ!」八海の声が響いた。
悟空の合図と同時に、八海が九つ爪の武器を担いで側面から突入。
爪が三股フォークの柄に食い込み、ギシギシと音を立てながら引きはがしていく。
沙悟浄は後衛の小妖たちに飛び込み、槍や矢を一つ一つ叩き落とす。
妖王は空気の盾を失い、不利を悟って洞内へと退却。
暗い広間には、小妖たちが弓や長槍で立ちふさがっていた。
悟空は毛を抜いて息を吹きかけ、分身を四方に放つ。
無数の悟空がなだれ込み、敵陣を混乱させた。
八海の爪武器が床ごと小妖たちをなぎ払い、沙悟浄は次々と敵兵を倒していく。
残るのは、黄魔妖ただひとり。
悟空が手にしたのは、まひるから授かった捕縛グッズ。
光が走り、鎖のように妖王を縛る。
動きが一瞬鈍ったその隙に、如意棒が肩口に命中。
武器が床に落ち、光の鎖が妖王を縛り上げていく。
姿が崩れ――
そこに現れたのは、黄色い毛を逆立てたイタチの姿。
「う、うぬ……!」と呻いたところで、鎖がさらに締まり、完全に捕らえられた。
悟空は如意棒を収め、仲間たちの方へ振り返った。
「終わった。生け捕りじゃ」
ようやく広間に静けさが戻る。
その奥には、翔太が眠ったように倒れていた。
悟空が駆け寄り、肩を揺らすが――反応はない。
八海が目を輝かせて叫ぶ。
「ブヒィィ〜! こういう時は、口づけで目覚めるって、昔の映画で見たでがす!」
悟空の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「貴様ァ! 妄言吐くその口、閉じてやる!!」
如意棒が横一閃、ゴンッと八海の頭を叩く。
吹っ飛んだ八海の顔が、パーンと翔太に直撃した。
「くっさ! 誰だお前!! ここどこ!? 俺は誰だァァ!?」
翔太の悲鳴が夜の仮想空間に響き渡る。
白猫が「ニャア〜〜」と安堵の声を漏らす。
沙悟浄がぽつりと呟く。
「接触認証・強制ログイン完了カパ〜……」
悟空がふぅと深く息を吐き、如意棒を肩にかけた。
「兄じゃ、魂ログイン成功じゃ」
翔太はぼんやりと座り込み、目をこすった。
「お前ら……まさか、助けに来てくれたのか……?」
「なんか……お前ら……ボロボロじゃん……ありがとな」
そのとき――八海が妙な顔で、捕らえた黄色いイタチをちょんちょんと突いた。
「兄貴ィ、これ……なんかモフモフのぬいぐるみでかわいいですぜ? 売れるんじゃね?」
「きもい、それ、どこがかわいいの?」翔太が涙目でいう。
沙悟浄は皿に映ったイタチの姿をまじまじと見つめ、首をかしげる。
「このサイズなら、ペットとして飼えるカパ~」
「いや! だから、それは、こわいから、お前らの感覚おかしいすぎ!!」
そのとき、イタチの姿の黄魔妖がもがきながら一言。
「ちょっと待った! 妖怪人権を主張します!」
悟空が即座に如意棒で「コツン」。
「悪党に、そんな人権あるか!!」
すると、黄魔妖の結界が砕け、仮想層《黄魔妖》は跡形もなく消えてしまった。
翔太が寝ぼけまなこで起き上がると「昨日は変な夢を見たな」と呟いていた。