プロローグ
初投稿。
右腕がひどく痛む。左腕にいたっては、もはやその痛みすら感じない。おそらく直視する事さえ躊躇うような最悪の状態だろう。
しかし、痛む右腕よりも、痛みすら感じない左腕よりも、足場の悪い森の中を全力で走ってきた事により激しく鼓動する心臓と、酸素を求める肺がなにより苦しかった。
「……クソッ!!なんとしてもこの子だけは!」
既に自身の生存は諦めていた。月明かりが照らす森の中を、ほとんど使い物にならない両の腕を懸命に振りながら走る。
―全ては齢40になろうかというこの背中におぶられ、こんな状況でもスヤスヤと眠っている我が子を無事にこの場から逃がすために。
100メートルほど前方に、小さな明かりが2つ見えた。
「よしっ…!ようやく着いた……っ!!」
まだヤツとは距離がある。なんとかこの子を引き渡すことが出来そうだ。もう何度目か分からない最後の力を振り絞り、スピードを上げる。
「ホントのホントにこれが最後のひと踏ん張りだからなぁ!!頼むから持ってくれよぉ!俺のカラダ!!」
叫んだ後に、持ってくれよ俺のカラダなんて言葉が自分の口から出たことに驚いた。まさかこんなセリフを使うことになるとは。
3日と持たずダイエットを辞めてしまった数ヶ月前の自分を呪いたい。いつだって大事なことは手遅れになってから気づくものだ。
なんとか明かりの元にたどり着く。そこには松明を持った2人の男女が立っていた。
「ヤツがもうそこまで来ている!早くその子をこちらに!」
女の声に従い、おぶっていた赤子を急いで引き渡す。
「どうかこの子を頼む。俺の人生、その全てだ」
男女は黙って頷き、そして一瞬にして消え去った。おそらく、安全な場所にワープしたのだろう。
直後、背後におぞましい気配を感じる。
「フンッ…もう追いついたか…間一髪だったぜ」
ゆっくりと振り返りながら、気配の正体に声をかける。
「どこまで逃げようと無駄だ。さて…なにか言い残すことはあるか?」
全身傷だらけ、もう立ってるだけでやっとな自分とは対照的に、ヤツ―魔人は傷一つなく、息も全く乱れている様子はない。
「ん?…あぁ、別に我々魔人も貴様ら人間と同じように、全力で走れば疲れるぞ?……今回に関しては、要するに走っていなかったということだ。すぐに追いついてもつまらんからな」
人間と魔人とでは単純な肉体の性能差に圧倒的な開きがある。そんなことは分かりきっていたことだ。最初から、この魔人が気まぐれに手を抜いて追いかけてくれることを祈って逃げていたのだ。
「ああそうかい…。お前の気まぐれでほんの少し寿命が伸びたって訳か。どうせならそのまま見逃してくれりゃあ良かったのによ」
目の前に立つ抗いようのない『死』に対して、不思議と恐怖心はなかった。死ぬしかないと分かれば案外開き直るものなんだな、と冷静に自身の精神状態を推測する。
「さて、改めて聞くが言い残すことはあるか?」
言い残すこと…。そういえば、こういう時の『最期の言葉』は何を言うのが定番なんだろう。ここでの発言内容によってはもしかしたら見逃してもらえたりするのだろうか。だとしたら、ヤツの望むようなセリフを考える必要があるのかもしれない。
「辞世の句なんて考えたこともなかったなぁ…まだまだ長生きするつもりだったしな」
だがしかし、もちろん見逃してもらえたりはしないだろう。なので、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にすることにする。
「愛してるぜ…ショウ。頑張って生きろよ」
恐怖心はないのに、自然と涙が溢れる。走馬灯のように、というか実際走馬灯ではあるのだが、脳内に流れる息子との約一年間の思い出が溢れる涙をさらに加速させていく。
―俺は父親になれるのだろうか。
橋の下で、拾って下さいと書かれたダンボールに入った生後間もない我が子―ショウを見つけて、まるで安っぽいホームドラマだなと笑ったあの日から、毎日そればかり考えていた。
子供の頃から、無愛想で可愛げがない、将来ロクな人間にならないと言われていた自分が血の繋がりの無い赤ん坊を育てられるとは思えなかった。
だが、約40年の人生がまさに終わろうとしている今、頭に浮かぶのはショウを拾ってからの1年間のことばかりだ。死を目前に、自分の人生の思い出はショウとのものばかりだということを認識出来た。溢れる涙も、全てショウを想ってのものだ。
「そうか、きさまの想いはおそらく届いているだろう…では……死ね」
魔人の掌から、青白い光が放たれる。光に身を包まれながら、我が子の未来に祈りを捧げる。
―どうか。どうかあの子の未来が、幸せに満ちた平和なものでありますように―
轟音と共に、森の一部が跡形もなく消え去った。
―16年後、ひとりの少年が魔人を殲滅するという使命を胸に、帝国軍へと入隊する。
2日に1回くらいは投稿出来たらいいな。無理かな。




