表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/9

第九話:変わらない手、変わっていく景色

道場に入って、三年が経った。

 剣は、少しずつ体に馴染んできた。


 


 最初は構えも足運びもまるでなっていなかった。

 刀とは違う。剣は押し斬るものだと、体に覚えさせるまでに随分時間がかかった。


 


 けれど、日々の稽古で磨かれていくうちに、身体が変わっていった。

 腕の筋は太くなり、指の皮はさらに硬くなり、腰の据わりが安定してくる。


 何より、視線の向け方が変わった。


 


 相手の手じゃなく、肩でもなく、足の向き。

 呼吸の深さや、立ち位置のずれ──

 そういう“戦う者の空気”が読めるようになった。


 


 稽古が終わったある日の夕方。

 庭の隅で汗を拭いていたとき、隣にいたヨウが水筒を俺に差し出しながら、ふと口にした。


 


「なあ、お前さ……もう鍛冶なんかやらなくてもいいんじゃないか? 剣の腕だけで生きていけるだろ、お前」


 


 不意を突かれて、水筒を受け取る手が止まった。


 


「……そうか?」


 


「そうだよ。お前、もう新入りにはまず負けねえし、中堅どころでも互角じゃねえか。師範もお前の動き見てる時、ちょっと目ぇ笑ってるしな」


 


「……それでも俺は、鍛冶師だよ」


 


 そう返すと、ヨウは肩をすくめて笑った。


 


「やっぱりな。そう来ると思ったわ。けどよ、もったいねえと思うんだ。剣一本でやってける奴、そうそういねえぞ?」


 


「ありがとな。けど──俺は剣士になりたいわけじゃない」


 


 そう言って空を仰ぐと、空はもう秋の匂いを含んでいた。


 


「良い武器を作るには、戦いを知ってなきゃ駄目だ。

 剣を学ぶのは、自分のためじゃなくて、いつかそれを使う誰かのためさ」


 


「……お前、ほんっと頑固だな」


 


「職人は、頑固でなきゃ鉄に負ける」


 


 そんなことを言うと、ヨウは「はいはい」と笑ってどこかに去っていった。

 背中が少しだけ、心配そうだったのが嬉しかった。


 


 


 日が暮れて、道場が静かになる頃。

 俺はひとり、作業小屋にこもる。

 ここは師範の許可で使わせてもらっている小さな鍛冶場だ。


 


 炉を整え、炭をくべて、火を入れる。

 鉄の棒を入れて、じわじわと温度を上げていく。


 


 今日作るのは、昔見たことのある“西洋の投擲武器”。

 三枚刃の手裏剣に似た形状を、記憶を頼りに再現する。


 


 削って、研いで、バランスを整えていく。

 その作業は、稽古よりもずっと静かで、けれど心の芯に火を灯す時間だった。


 


 作った武器は、翌夜に試す。


 


 稽古が終わり、皆が寝静まる頃。

 師範は、ほとんど毎晩のように庭に出ていた。


 


 そして無言で、俺の作った武器を手に取る。

 投げる。振る。握る。踏み込む。


 


 感想は、あまり言わない。

 けれど、眉の動き、目の奥の熱で分かる。


 


 興味を持っている。

 楽しんでいる。

 何より──俺の“創る”という行為を、真剣に見てくれている。


 


「これは、もう少し重心を後ろにしたほうがいい」

「刃が多すぎると、風を噛みすぎるな。三枚で正解だ」


 


 そんな風に、ぽつりぽつりと言葉をくれることもある。

 俺はそれを聞きながら、また翌朝には炉の前に立っている。


 


 剣の道は続いている。

 同時に、鍛冶の道も止まっていない。


 


 二つの道を並行して歩き続けること。

 それが、俺にとっての“生きる”だった。


 


 夜の稽古場。

 月明かりの下、師範が無言で刃を握っている。


 


 その背中を見るたび、俺は思う。


 


 ──剣の道に入ったんじゃない。

 俺は、武器を作る者として、この場所にいるんだと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ