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第七話:一本の刃が、門を開く


 四度目の焼き入れで、ようやく“形”になった。


 


 火に入れた鋼を、水に落とすとき、たしかに反った。

 わずかだが、意志を持ったかのように滑らかな曲線を描いた。

 刃文も、きれいとは言えないが、確かにそこに浮かんでいた。


 


 削り出して、仮の柄を巻いて、木鞘をこしらえて──

 そのすべての工程が、まるで儀式のようだった。


 失敗すれば壊れる。折れる。砕ける。

 でも、そうならなかった。


 


 俺は、やっと一本の“武器”を生んだ。


 


 それを背に負い、再びアリオン村の北へ向かう。

 心臓がうるさくて、道中はろくに水も喉を通らなかった。


 


 門は、変わらずそこにあった。

 白壁と、重たい木扉。閉ざされたままの静けさ。


 


 拳を握って、叩く。

 乾いた音が、門の内側に吸い込まれていく。


 


 ……しばらくして、門番が顔を出した。前と同じ男だ。


 


「……また君か。何度も言ったはずだ、ここは見知らぬ者を簡単には入れられない」


 


「わかってます。でも、今日は見せたいものがあって来ました」


 


「見せたい?」


 


「武器です。……俺が作りました」


 


 門番の目が、少しだけ動く。

 視線が俺の背中へと向く。


 


 布に包まれた細長い何か。形状は剣に似て非なるもの。


 


 門番は一拍おいて、少し奥へ引っ込んだ。


 そして、別の足音が──落ち着いた、けれど芯の通った歩みが近づいてくる。


 


 門が少しだけ開き、静かに現れた男。

 背筋の伸びた老剣士。全身から研ぎ澄まされた空気が滲み出ていた。


 


 アリオン道場の師範だった。


 


 その目が、俺の顔をひと睨みしたあと、何も言わずに俺の背中へと視線を流す。


 


「……それを見せろ」


 


 低い声だった。

 けれど、その奥にあるのは怒気でも警戒でもない。

 ただ、興味。


 


「はい」


 


 俺は無言で包みを解いた。

 仮の木鞘に納まったそれを、両手で差し出す。


 


 師範は黙って受け取った。

 握りの感触を確かめ、重心を探るように柄を回す。


 


 そして、鞘を抜く。


 


 するりと滑るように、銀の刃が露になる。


 


 わずかな反り。細身の刀身。

 異質な姿。それでいて、洗練された線。


 


 ──その瞬間、師範の目が、かすかに見開かれた。


 


「……これは……」


 


 すぐには何も言わず、刃を斜めに持ち上げて光に透かす。

 重さのバランスを試すように、小さく腕を振る。


 


 沈黙。


 


 そのまま数秒、刃を見つめていた。

 その目に宿るものが、じわじわと熱を帯びていく。


 


 やがて、かすかに唇が動いた。


 


「……重心が前すぎる。いや、意図的か? 刀身が……反っている……直剣じゃない? 剣でもない。……刺突用でもないのに、このバランス……」


 


 ぶつぶつと、誰に言うでもなく呟きがこぼれる。


 


「刀身が細い。だが、芯に粘りがある……これは単一の鋼じゃない……包み鍛え……? いや、そんな技術、この国には──」


 


 師範は一歩、刀を横に振ってみる。


 


「速い……軽い、のに、手応えがある。切るための、形……」


 


 その口調は驚きよりも、“思考が追いついていない”ことへの焦りだった。


 


 ようやく、師範の目が俺に向けられる。


 


「──この剣は、何だ」


 


 問いが、正面から飛んできた。

 その目が、俺を試すように、まっすぐに射抜いてくる。


 


 俺は、小さく息を吸って、答えた。


 


「……“刀”といいます。

 前の世界──……昔の本で見た、異国の武器です」


 


 師範はその言葉に反応を示さなかった。

 ただ、“その名”を一度だけ、口の中で転がすように繰り返した。


 


「……刀……」


 


 それから、ゆっくりと鞘に納める。


 


 沈黙。


 また風が、葉を揺らした。


 


 やがて師範は、言った。


 


「君が──これを作ったのか?」


 


「はい」


 


「教わったのか?」


「いいえ。全部、自分で。試行錯誤で」


 


「素材は?」


「山で採った鉄です。少し不純物が多いので、何度も折り返して──」


 


「熱処理は?」


「炉の温度と色だけで。焼き入れは、背と刃で厚みを変えて反りを……」


 


 師範は小さく唸るように息を吐き、目を伏せた。


 


 そして、ぽつりと。


 


「──愚かだな」


 


 刃を見つめたままの言葉。


 


「武器を作ることは、命を預かることだ。それを教えられずに、一人でこれを打ったというのか」


 


「はい」


 


「未熟だ。構造も、柄の巻き方も、鍔の固定も甘い。これでは実戦には不向きかもしれん。……けれど──」


 


 再び俺を見据えた。

 その目には、もう冷たさはなかった。


 


「……面白い。こんなものを、誰にも教わらず打てるやつを、私は知らん」


 


 静かに、確かに、評価の声だった。


 


「仮弟子として預かる。今日から道場に住め。まずは剣を学べ。お前がこの“刀”を振れるようになったとき──その真価を見せてもらおう」


 


 胸がいっぱいになった。

 足元がふらついた。


 


 でも、俺は頭を下げた。深く、真っ直ぐに。


 


「……ありがとうございます」

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