表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/9

第六話:誰も知らない刃を、俺が打つ

足が重かった。

 村を出るまで、誰とも目を合わせなかった。

 誰一人、声をかけてこなかった。


 


 道場の門は、まるでこの世界そのもののようだった。

 閉ざされていて、冷たくて、俺なんかを受け入れる気なんて初めからない。

 それでも、諦めたくなかった。


 


 だから俺は、もう一度、山に戻ることにした。


 


 帰る場所なんて、他にない。

 鍛冶しかできない俺にとって、小屋の炉だけが最後の居場所だった。


 


 


 山道を登るあいだ、何度も足が止まった。

 風が冷たくて、木の葉のざわめきがやけに耳についた。

 何もかもが静かで、まるでこの世界が俺を拒絶しているようだった。


 


 それでも歩いた。

 歩きながら、ずっと考えていた。


 


 ──どうすれば、あの道場に入れる?

 ──俺にできることってなんだ?


 


 鍛冶しかできない。

 剣の技も、魔法も、スキルもない。

 あるのは、十年間炉の前で叩き続けた腕と、父からもらった工具と──それだけ。


 


 でも、それでも──


 


 俺は、武器が作れる。


 


 それも、この世界にはない武器を。


 


 “刀”。

 反った刃。細身の設計。抜き打ちを想定した形状。

 前世で見たあの姿が、なぜかずっと頭から離れなかった。


 


 きっと、誰も見たことがない。

 だからこそ、それが「違う」と思われるかもしれない。

 けれど──“目に留まる”。


 


 そう信じたかった。


 


 


 山小屋に戻ったとき、日はもう傾いていた。

 扉を開けると、かすかに灰の匂いが残っていて、どこかほっとした。


 


 自分の場所に戻ってきた──というより、

 “自分の居場所を作りに来た”ような感覚だった。


 


 炉に火を入れる。

 小屋の中が徐々に温まっていくと、指の先までようやく感覚が戻ってくる。


 


 作業台に道具を並べる。

 小槌、鋼ヤスリ、火ばさみ。

 そのどれもが、前と変わらずそこにあった。


 


 けれど、今の俺は、少し違う。


 


 打つ理由がある。

 打つ先に、“望み”がある。


 


 まずは、刀の構造を思い出すところから始めた。

 断面はどうなっていた?

 中の芯は? 外装の鋼との違いは?

 どうやって反りをつける? 刃文は? 鞘はどうする?


 


 頭の中で何度も組み直す。

 紙も図面もないから、記憶だけが頼りだ。

 忘れていた知識を、必死に手繰る。


 


 ──あれは、確か“二重構造”だったはずだ。

 柔らかい芯鉄を硬い鋼で包む。それが刀身の基本。


 


 そして、焼き入れのとき。

 刃の部分にだけ濃い土を塗らず、温度差を作って一気に水へ──

 その収縮差で、自然と刃が反る。


 


 記憶の中の映像が、何度もループする。

 目を閉じて、炉の炎の音を聞きながら、刀匠たちの手元を思い出そうとする。


 


 ──でも、わからないことだらけだった。


 


 今の自分に、あんな技巧ができるのか。

 そもそも、この世界の鋼で再現できるのか。

 焼き入れの温度管理も、土の配合も、まったくの手探り。


 


 それでも、やるしかなかった。


 


 まずは、芯鉄を打ち出す。

 父の残してくれた鉄の中から、粘り気の強いものを選んだ。

 真ん中に据えて、外装となる鋼で包む。

 少しずつ火を入れて、薄く、均一に、空気を閉じ込めないように──


 


 ……難しい。思った以上に、難しい。


 


 火を強めにすると、外装が先に溶ける。

 弱すぎると、くっつかない。

 何度も叩いて、折って、また火に入れて──


 


 汗が止まらない。

 息が荒くなる。

 でも、止められない。


 


 反りをつけるために、先端の厚みを微妙に変える。

 背の部分を厚く、刃の部分を薄く。


 


 焼き入れのときは、息を殺した。


 


 土を塗る──細工用の灰と水と、少しの粘土。

 これで正しいのか、自信なんてない。

 でもやる。やるしかない。


 


 炎の中で、鋼の色が変わっていく。

 赤から、黄色へ。

 やがて白に近づいたとき──一気に、水へ。


 


 じゅっ、という音とともに、水が跳ね上がる。


 


 火傷しそうなほどの湯気。

 しばらく、何も見えなかった。


 


 やがて、冷えた鉄を引き上げる。


 


 ──反っていなかった。


 


 まっすぐだった。

 いや、むしろ、わずかに逆反っていた。


 


「……くそっ!」


 


 思わず道具を叩きつけそうになって──

 けれど、ギリギリのところで止めた。


 


 悔しかった。

 こんなはずじゃなかった。

 記憶も、努力も、全部無駄だったのかと、一瞬でも思ってしまった自分が嫌だった。


 


 ……違う。

 これは、初めてなんだ。

 初めて“誰も知らない武器”を作ろうとしているんだ。


 


 失敗は、きっと当然なんだ。


 


 そう言い聞かせながら、炉の火をもう一度見つめる。


 


 ──俺は、打つ。


 この世界に、まだない刃を。


 誰も知らない武器を。


 俺にしか作れない、俺だけの剣を──

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ