第六話:誰も知らない刃を、俺が打つ
足が重かった。
村を出るまで、誰とも目を合わせなかった。
誰一人、声をかけてこなかった。
道場の門は、まるでこの世界そのもののようだった。
閉ざされていて、冷たくて、俺なんかを受け入れる気なんて初めからない。
それでも、諦めたくなかった。
だから俺は、もう一度、山に戻ることにした。
帰る場所なんて、他にない。
鍛冶しかできない俺にとって、小屋の炉だけが最後の居場所だった。
山道を登るあいだ、何度も足が止まった。
風が冷たくて、木の葉のざわめきがやけに耳についた。
何もかもが静かで、まるでこの世界が俺を拒絶しているようだった。
それでも歩いた。
歩きながら、ずっと考えていた。
──どうすれば、あの道場に入れる?
──俺にできることってなんだ?
鍛冶しかできない。
剣の技も、魔法も、スキルもない。
あるのは、十年間炉の前で叩き続けた腕と、父からもらった工具と──それだけ。
でも、それでも──
俺は、武器が作れる。
それも、この世界にはない武器を。
“刀”。
反った刃。細身の設計。抜き打ちを想定した形状。
前世で見たあの姿が、なぜかずっと頭から離れなかった。
きっと、誰も見たことがない。
だからこそ、それが「違う」と思われるかもしれない。
けれど──“目に留まる”。
そう信じたかった。
山小屋に戻ったとき、日はもう傾いていた。
扉を開けると、かすかに灰の匂いが残っていて、どこかほっとした。
自分の場所に戻ってきた──というより、
“自分の居場所を作りに来た”ような感覚だった。
炉に火を入れる。
小屋の中が徐々に温まっていくと、指の先までようやく感覚が戻ってくる。
作業台に道具を並べる。
小槌、鋼ヤスリ、火ばさみ。
そのどれもが、前と変わらずそこにあった。
けれど、今の俺は、少し違う。
打つ理由がある。
打つ先に、“望み”がある。
まずは、刀の構造を思い出すところから始めた。
断面はどうなっていた?
中の芯は? 外装の鋼との違いは?
どうやって反りをつける? 刃文は? 鞘はどうする?
頭の中で何度も組み直す。
紙も図面もないから、記憶だけが頼りだ。
忘れていた知識を、必死に手繰る。
──あれは、確か“二重構造”だったはずだ。
柔らかい芯鉄を硬い鋼で包む。それが刀身の基本。
そして、焼き入れのとき。
刃の部分にだけ濃い土を塗らず、温度差を作って一気に水へ──
その収縮差で、自然と刃が反る。
記憶の中の映像が、何度もループする。
目を閉じて、炉の炎の音を聞きながら、刀匠たちの手元を思い出そうとする。
──でも、わからないことだらけだった。
今の自分に、あんな技巧ができるのか。
そもそも、この世界の鋼で再現できるのか。
焼き入れの温度管理も、土の配合も、まったくの手探り。
それでも、やるしかなかった。
まずは、芯鉄を打ち出す。
父の残してくれた鉄の中から、粘り気の強いものを選んだ。
真ん中に据えて、外装となる鋼で包む。
少しずつ火を入れて、薄く、均一に、空気を閉じ込めないように──
……難しい。思った以上に、難しい。
火を強めにすると、外装が先に溶ける。
弱すぎると、くっつかない。
何度も叩いて、折って、また火に入れて──
汗が止まらない。
息が荒くなる。
でも、止められない。
反りをつけるために、先端の厚みを微妙に変える。
背の部分を厚く、刃の部分を薄く。
焼き入れのときは、息を殺した。
土を塗る──細工用の灰と水と、少しの粘土。
これで正しいのか、自信なんてない。
でもやる。やるしかない。
炎の中で、鋼の色が変わっていく。
赤から、黄色へ。
やがて白に近づいたとき──一気に、水へ。
じゅっ、という音とともに、水が跳ね上がる。
火傷しそうなほどの湯気。
しばらく、何も見えなかった。
やがて、冷えた鉄を引き上げる。
──反っていなかった。
まっすぐだった。
いや、むしろ、わずかに逆反っていた。
「……くそっ!」
思わず道具を叩きつけそうになって──
けれど、ギリギリのところで止めた。
悔しかった。
こんなはずじゃなかった。
記憶も、努力も、全部無駄だったのかと、一瞬でも思ってしまった自分が嫌だった。
……違う。
これは、初めてなんだ。
初めて“誰も知らない武器”を作ろうとしているんだ。
失敗は、きっと当然なんだ。
そう言い聞かせながら、炉の火をもう一度見つめる。
──俺は、打つ。
この世界に、まだない刃を。
誰も知らない武器を。
俺にしか作れない、俺だけの剣を──