坊やな婚約者と別れて、素敵な人が婚約者になったのですけれども、何か大きなものを失った気がするわ。
「お前のような女、俺の婚約者にふさわしくないっ」
エフェル王子の言葉に周りは凍り付いた。
マリーアンナは、エフェル王子を慌てて宥める。
「いかに、わたくしがふさわしくないとはいえ、これは政略なのですから」
「しかしだな。いかにお前が帝国の皇女とはいえ、私は、自分の好きな相手と結婚したいのだ」
馬鹿なの?馬鹿だと思った。
このエフェル王子は、このイドル王国の第二王子である。
隣国のオルフェルス大帝国の皇女マリーアンナと婚姻し、マリーアンナは公爵位を貰い、エフェル第二王子は婿入りするという婚約を一年前に結んだ。
共に現在16歳。
マリーアンナはイドル王国の王立学園へ留学し、エフェル第二王子と交流を図るとともに、イドル王国の事を一年間留学中に学ぶことになっていた。
留学してまだ一月しか経っていないのに、いきなりエフェル第二王子は皆のいる王立学園の廊下でマリーアンナに対してそう叫んだのだ。
マリーアンナは冷静に、
「ここでは皆の注目の的ですわ。お話はじっくりと聞きますから、場所を移動致しません?」
エフェル第二王子はマリーアンナの言葉をなかったかのように、
「皆に聞いて欲しい。この女は帝国の皇女だからと言って、私を毎週拘束し、茶会という名の交流を図り、プレゼントを強請って、我儘放題なのだ」
マリーアンナは反論する。
「婚約者としての交流を図っているまでですわ。拘束だなんて人聞きの悪い。わたくしは将来の夫である貴方様と婚約者としての交流として、週末、わたくしの滞在している王都の屋敷での二人きりのお茶会。プレゼントだって、高価なものを強請りましたか?わたくしはただ、貴方様に贈り物を差し上げているのですから、婚約者として、わたくしのお誕生日にはお返しをするのが当然かと。わたくしは失礼な事をしておりませんでしょう?」
周りの生徒達も大きく頷いてくれている。
エフェル第二王子は、顔を真っ赤にして、
「私は帝国なんて行きたくないっ。お前なんぞと結婚して窮屈な思いもしたくはない」
「これは我がオルフェルス大帝国とイドル王国との、政略なのですわ。それなのに、貴方様は」
「うるさいうるさいうるさいっ。私は好きに恋愛したいのだ。それなのに、父上はっ」
金の髪に碧い瞳、顔だけは綺麗なエフェル第二王子。
心はとんでもない、まだまだ子供なエフェル第二王子。
この王国での第二王子の教育はどうなっているのかしら……
マリーアンナは、エフェル第二王子に向かって、
「解りましたわ。貴方様の発言は、我が父に報告させて頂きます。それでは失礼致しますわ」
周りから悲鳴が上がった。
大帝国の父、ビルドレッド皇帝。
彼は戦好きで、若い頃は先頭を切って万の軍勢を従えて、他国を次々と滅ぼして、このオルフェルス大帝国は巨大になった。
イドル王国は、他の王国と同盟を結び、対抗し、かろうじて、侵略を免れた経緯がある。
今は平和な時代だ。
皆、戦に疲れ果てて、戦争は嫌だと、平和を楽しんでいるそんな時代である。
今回の事で、まさか戦は起こらないだろうが、ビルドレッド皇帝を怒らせたら、どうなるのか。
マリーアンナだって、父の怖さは解っている。
ただ、父は皇子は二人いれども、マリーアンナが唯一の皇女であるので、とても甘かった。可愛がってくれた。
二人の兄皇子達もマリーアンナには優しい。
そんなマリーアンナが、エフェル第二王子に酷い事を言われたのだ。
あの父が、兄達がどう出るのか。
マリーアンナは、我がまま坊やの御守はごめんだわ。
と、そう思うのであった。
だが、報告しても、事態は変わらず、婚約者はエフェル第二王子のままで、
今更イドル王国との仲をこじらせたくないのだろう。
マリーアンナに対して、皇太子である兄が手紙で、
エフェル第二王子と仲良くやってくれ。
としか書いておらず、マリーアンナは困り果ててしまった。
エフェル第二王子も国王に、マリーアンナと上手くやれと、釘を刺されたらしく。
「何でお前なんぞと上手くやらねばならんのだ。私は国の犠牲になんてなりたくはない」
本当に馬鹿なの?
マリーアンナは呆れた。
「でしたら……」
「愛しい、マリーよ。来てしまったぞ」
「え?」
廊下に立っているその巨体は、帝国にいるはずの父で。
「お父様っ?何故、学園の廊下なんているんです?ここはイドル王国っ。いつの間にっ?」
マリーアンナはガシっと抱き締められて。ほおずりされた。
「お前が心配で、魔族に転移魔法を発動してもらった」
「魔族に転移魔法?????」
ビルドレッド皇帝は、真っ青な顔で座り込むエフェル第二王子に向かって、
「坊主。愛しのマリーを泣かせる男は許せねぇ。ただ、これは政略なんだ。お前の身柄は我が帝国が貰い受けることに決まっている。だが、政略の結婚は嫌なのだろう?だったら、お前、平民になれや。」
エフェル第二王子は青い顔をしながらも、
「私は王族だ。な、何で私が平民に?」
「政略で結婚し、王国の為にならない王族なんていらないだろう。自由に結婚したいのなら、平民になれや。そうしたら、自由に結婚できるぜよ」
「いやだっ。私は誇り高いイドルの……」
「何が誇り高いイドルのだ……王族だったら王族らしく生きろや。根性叩き直してやろう。俺と一緒に来るがいい」
そう言って、ビルドレッド皇帝とともにエフェル第二王子の姿が消えた。
マリーアンナはあっけにとられた。
エフェル第二王子はどこへ連れて行かれてしまったのか。
すると、廊下にイドル王国の王宮の使者が現れて、
「マリーアンナ皇女様。国王陛下がお呼びです」
「今すぐ参りますわ」
イドル王国の宮廷に行けば、国王陛下と王妃が現れて、
国王陛下は頭を下げて、
「本当に、エフェルが失礼な事を。申し訳ない」
「いえ、父がエフェル第二王子殿下を連れて行ってしまったのですが」
「ああ、聞いている。根性を鍛え直してやるとか……エフェルはともかく、改めて、二つ年下になってしまうが、ルイド第三王子はどうだ?皇帝陛下にも、話は通してある」
奥からルイド第三王子殿下が出て来て、
「ルイドと申します。マリーアンナ皇女様。私はまだ14歳ですが、どうか私と婚約を結んでいただけないでしょうか」
「父が承知しているのであれば、わたくしはルイド第三王子殿下と婚約を結びますわ」
国王陛下も王妃もほっとした顔をして、
「それはよかった。失礼のないように息子にはよく言い聞かせてあるので」
改めて、ルイド第三王子殿下と、婚約を結び、交流を始めた。
後から知った事だが、兄達はマリーアンナに政略だから、エフェル第二王子とうまくやれと、手紙に書いた時にはすでに父の姿は見当たらず……心配していたそうな。
ルイド第三王子は幼いながらも、マリーアンナの事をとても気遣ってくれて、
「王都をご案内致しましょう。とても素敵な植物園があるのです。そこには薔薇が沢山咲いているとか。皇女様もお気に召すと思います。他にもいろいろと案内致しますね」
何ていい子なのだろう。
ああ、いい子だなんて言ってはいけないわね。
まだ幼さが残るルイド第三王子殿下。
それでも、彼と共に過ごす時が愛しくて。
だんだんと彼の事が好きになっていくマリーアンナ。
ルイド第三王子も、金の髪に碧い瞳。優しい顔立ちのとても、素敵な王子で。
マリーアンナは父に似て、黒髪できつい顔立ちだけれども、そんなマリーアンナの容姿も、ルイド第三王子は、
「その黒髪がとても素敵ですね。神秘的で。私は好きです」
「そうですの?きつい顔立ちと言われていて、わたくし……」
「意志が強そうでよいではありませんか。私なんて、何だか甘い顔立ちと言われて、侮られてしまうので、とても羨ましいですよ」
日に日に、穏やかな彼の事が愛しさが増してきて。
仲良く交流していて、あっという間に一年が過ぎてしまった。
留学期間が過ぎたので、結婚までしばらく離れ離れになるのだが、ルイド第三王子は、
「来年には今度は私が留学します。帝国に住むからには帝国の事を学ばないと。来年まで待ってくださいますか」
「ええ、お待ちしておりますわ」
帝国に戻れば、兄である皇太子に皇宮に迎え入れられて、
アレス皇太子は、マリーアンナに向かって、
「来年、私が皇帝に即位することになった」
「父上はどうされたのです?」
「いやその……」
凄い、言い淀んでいる様子、そういえば、連れて行かれた元婚約者エフェル第二王子もどうなったのか?
今まで思い出しもしなかったわ。
アレス皇太子は、ため息をつきながら、
「あれから、父上は辺境騎士団へ、エフェル第二王子の襟首掴んでだな」
「辺境騎士団って、どこの国にも属していないあの?」
「そうだ。本業は魔物退治と言っていながら、美男の屑を集めているあの変態連中の所だ」
「それじゃ、エフェル第二王子殿下は……」
「いや、それがな。父上は騎士団長と知り合いだそうで、しばらく自分とエフェルを騎士団員として入団させろと」
「それで???父上は、エフェル第二王子殿下はどうなったのです?」
「戻って来ない……母上も泣いている……」
えええええ???そっち方面に目覚めてしまったの???
辺境騎士団員になってしまったと言う事よね???
美男の屑を愛でてっ……???
アレス皇太子は、更にふかーいため息をついて。
「で、私が来年、皇帝に即位する。父上はもう戻ってはこないそうだ」
とおーい目で遥か彼方を見つめる兄を見て、マリーアンナは思った。
坊やであるエフェル第二王子と別れて、素敵なルイド第三王子と婚約を結べたのは嬉しいけれども、何か大きなものを失ったような気がするのは気のせいよね……
ただ、もう、今は、父の事は考えないようにしよう。エフェルなんてどうでもいいけれども。
愛しのルイド第三王子殿下が早く帝国に来ないかしらと、イルド王国の方角を窓から見やるマリーアンナの心は、晴々としていた。