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それは恋着にも似た、

滝の音。暗闇。光。やさしさ。いとしさ。せつなさ。なつかしさ。

   嗚呼、あの夢だ。


それだけで分かってしまう程、毎夜見る夢。

酷くこがれる夢なのに、私はその男の人に躊躇いや戸惑いに似た何かを思う。

気高い金色の瞳。なのに優しい色を灯す瞳。

角はないけれど、昔絵本で読んだ心優しい赤鬼と青鬼の話を思い出した。

人とは違う風貌だからこそ、怖い印象はもたない。

妖や物の怪ならば、私は大した恐怖心を持たないですむ。

彼らはただ同じ場所で生きているだけであって、人に害を及ぼす者の方が圧倒的に少ないからだ。


ふいに笑みが止んで、差し出されたてのひら。

彼の唇が動いたと同時に風が吹いて、一瞬遅れてそれは私の耳に届いた。



『来い、  憂』



ざわりと、全身を駆け巡ったその感情が込み上げてくるのが分かった。


  私はこの人を知っている。


記憶なんかじゃなくて、思い出なんかじゃなくて、もっと潜在的でもっと心の奥深く。

魂自身が感覚として記憶してる。知っている。



『憂』

「………名前」



どうして、私の名前を知っているの。なんて大切そうにその名を紡ぐの。

ふわりとあたたかく笑うやさしさに、なぜか酷く切なくなって、泣きたくなった。

恋人の名でも呼んでいるように、あんまり穏やかな声音だから、私はまるで本当にそうであるかのような感覚に陥ってしまう。


そちらに行こうと足を進めようとして、やっと自分の足が動かないことに気付く。

なぜだろうと足元を見れば、彼の光によって肥大した影が蠢いていた。

生温い、どろりとした感触が足に絡み付いて、全身に悪寒が走った。



「っや…!」



振りほどこうとしても、逃れようとしても、それは無遠慮に侵食してくる。

膝までだったそれが腿にまで這い入って来て、気色の悪さに身体が震えた。

ふと助けを求めるように伸ばした手が、何かあたたかいものに包まれた。


あんなに遠いと思っていた手が届いていた。

瞬間に見えたのは、青白い閃光。


影が苦しげな奇声を上げて退いた。

途端に手首を掴まれてものすごい力で引っ張り込まれる。

思わず目の前の身体に手を付くと、ふわりと焚き染めた香の匂いがした。



『あれは夢に憑く妖だ。取り込まれたら甘い夢を見せられ続けて二度と目覚めない』



夢に取り憑いて甘い夢を見せる。

それはあなたもじゃないんでしょうかと思っていたらどうやら口に出てしまったらしい。

ふと青年はムスリと不機嫌な顔になった。



『あんなのと一緒にするな』

「あ…ご、ごめんなさい」



整った顔で凄まれると怖いものがある。異形の者なら尚更だ。

おっかなびっくり謝ったら青年は表情を変えてさも楽しげに満足げに微笑んだ。



『そんなに固くなるな。別にとって食いはしない』



  ていうか、顔が近いんですが…。


腰にまわされている両腕の所為で私と彼の距離は無いに等しい。

頬が熱くなるのを感じてうつむくと、更に顔を覗き込まれるので困った。

本人は何にも気にしていない様子なので更に困った。



「…ええと、」



離してほしいという意思表示のために両腕を突っぱねてみるが、その身体は微動だにしないどころか、更にくっついてくる。

まったく悪気が無い所か、あまりに楽しそうというか幸せそうというか満足そうにしているので邪険にも出来ない。

それどころかさも当たり前のようにその動作をするので、恥ずかしがって照れている私のほうがおかしいのかとさえ思ってしまう。

  困った。

どうすればいいのか分からず固まっていると、またくすくすと笑う声が聞こえた。



『流石に夢じゃ無理だな』

「はぁ…」



言葉の意味が掴めず、曖昧な受け答えになってしまう。

何故私の夢に出てくるのかとか、さっきの来いっていうのはどういう意味なんだとか、何故名前を知ってるのかとか、あなたは一体何者なんだとか、何故私を呼んでいたのかとか、聞きたい事は山ほどあったのに言葉は何一つ出てこなかった。

どうやら予想だにしなかった展開に頭が混乱しているらしい。



『…そろそろ時間だな』

「え…?」



ぽつりと呟かれたそれに視線を上げると、私を見下ろして先程と寸分も変わらず微笑む青年の姿。

鋭い爪を持った手なのに、酷くやさしい手つきで頬を撫でられていると、ふいに額にふわりとやわらかなものが触れた。



『また会おう憂。次は起きてる時にな』



状況についていけず呆然とする私の視界は、まだたきした瞬間、既に自室の天井を映していた。

ほんの数分で自分の身体に染み付いた香の匂いを思い出して、思わず布団に突っ伏して呻いた。



「…………欲求不満なのかな、私」



とりあえず火照った顔をどうにかしようと、洗面所へ向かった。

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