齟齬から生まれる拒絶
毎日の登校中、下校中、または休日友達と遊びに行く時、外へ出かけるとき、"彼ら"は嫌でも目に入る。
例えば今、学校の校門までの、ほんの数メートルの坂道にでも。
息を潜めてこちらを見ている、"彼ら"。
見えないふりして、平静を装って、歩く足を速めた。
人は見えないものに畏怖の念を感じる。
それは神様だったりその使いだったり、あるいはその正反対のものだったり。
正反対でも、それらは本質的には変わらないのかもしれない。
現実世界なんかよりも精神世界に近い場所にいるのだから。
私は見えていてもそれが怖くて仕方ない。
見てみぬ振りして通り過ぎれば良い。それでも"彼ら"は分かってる。
私に彼らが見えているということ。
夜に蠢いている黒いカゲ。
光の少ない夜では動きが活発なだけ。別に昼に街に出ても到る所に蠢いている。
ただ潜んでいるだけ。活動していないだけ。
物陰からいつも人をうかがっている。見えないけれど、わかる。
他の人に彼らが見えていないのも知ってる。
彼ら――、いわゆる霊と呼ばれる者達。
死んだ人の意思の念が形になったり、誰かへの恨み妬みだったり。あるいは、もっと別の。
ただ、私が彼らを怖いと思うのは彼らに畏怖の念を感じるからじゃない。
普通の人に見えないとはいえ、この世に死んでからも尚形を留めるほどの強い意志。
それほど何を憎んでいるんだろう。哀しいのだろう。淋しいのだろう。苦しいのだろう。
きっと向こうに行けば孤独じゃないのに、どうしてそこで淋しく佇んでいるんだろう。
きっと彼らに恐怖を感じるというのは間違っている。
彼らにここまでさせるに至った人生。
そうしなければいけない彼らの空しさ。
そしてそうしなければいけない状況を作ったこの世界。
私はきっとこの世界が、否…、人が、怖くて仕方ない。
「あ、立花さんおはよー」
「おはよー」
朝のだるさが抜けないまま、学校へ行くとクラスメイトが挨拶をしてくれた。
それに同じように挨拶をかえして自分の席へと座る。
窓際の後ろの方の席は日が当たって比較的居心地がいい場所だ。
「おはよう憂ちゃん」
「あ、恵香ちゃんおはよう」
ふいに背を叩かれるのと聞き慣れた声に振り返ると、クラスの中でも特に仲良くしている友達だった。
去年同じクラスになって知り合った子で、他愛ない話をしていたらいつの間にかクラスで一番仲のいい子になっていた。
色々相談に乗ってくれるしっかり者の子で、何処から見ても優等生という感じだ。
「顔色悪いけど…また何か見たの?」
挨拶の大きな声とは裏腹に、内緒話のように声を小さくする彼女。
渋々頷くと、あからさまなに一瞬嫌な顔で私の顔を見た。
すぐその後いつもの笑顔に戻ったけれど。
「またぁ?やだーこの教室にいたりしないよね?」
「う、うん大丈夫」
以前悩みはあるかと聞かれて、信頼し切っていた私は彼女なら大丈夫かと、死んだ人間が見えると零してしまった。
冗談だと思われているらしく、こういって最後には笑い話にされてしまう。
その前に必ず嫌な顔をするのを知っている。
私にとっても、彼女にとっても、言わなければよかったと後悔した。
良く考えれば分かることだ。
見えない人に、それを説明するのは酷く難しい。
人が見えないものが見える。人と違う何かがある。
そのことに人はこれ以上ないほど嫌悪する。
身に染みてわかっていたのにそれでも聞いてほしくて言ってしまった。
それ以来誰にも話していないし、自分からはその話をしていない。
仲のいい友達でさえ、私のこの能力を否定する。
他の人になんて、怖くて言えるはずも無い。
ふと始業を知らせるチャイムが鳴って担任の先生が入ってくる。
クラス委員の起立の号令とともに、背後から溜め息が聞こえてきた。
別に彼女は私を嫌っているわけじゃないと分かっているけど、私の中の何かを否定されるというのは辛いものがある。
仲の良い彼女ならば、尚いっそう辛い。
どうしようもないことは分かってる。
ただどうしようもできないという事実が、もどかしい。
だって私の全てを理解してくれとどんなに叫んだとしても、それを知ろうとしてくれるとは限られないのだから。
その後の休み時間のおしゃべりもなんだか居心地の悪いものになってしまった。