現夢、幻想の先に見るもの
鏡花水月
【現夢、幻想の先に見るもの】
闇はひたすらに深く、暗かった。
果てしなく遠くで流れる滝の音だけが低く響いている。
何もない空間の中、不安にかられつつも彼女はそこから動こうとはしない。
それはもうすぐ自分以外の者が来る事を知っているから。
――もう少し、もう少し。
期待と不安のないまぜになった思いで、彼女はただ待っていた。その者を。
じっと目を凝らしていたはずなのに光はいつも気付かぬ間に現れる。
ぼんやりと浮かんだ青白い光は、何もない闇の中で微かでも明るかった。
ひとつだけだった微かな光が、いくつも数を成して大きな光をつくる。
やがてその光が人の形を作り出して一層輝くと光から溶けだすようにその者は現れた。
かき上げられた青い髪は長く、数束の髪が黄金の瞳に掛かるように流れていた。
袴によく似た着物の裾を引き摺って数歩進み、彼女を眼に留めると意志の強そうな瞳が優しい物に変わった。
姿形は間違いなく人なのに、彼はどことなく人間離れしていて独特な雰囲気をもっている。
荘厳で、神々しい。
「 」
ふと彼の口が開く。しかしその声は滝の音に掻き消されたのか、距離が遠過ぎたのか、彼女の耳には届かない。
するりと長い裾から手が差し出され、青年は笑みを止めた。
「 」
こちらに来いと言ってるのだろうか。
さぁ、とでも言いたげに差し出された手を彼女は躊躇いがちに見る。
彼は、何者なのだろう。
人…ではないのは確かだ。青い髪は染めたとして、その目は生れ付きだとして、
ならば尖った耳は?口から覗く犬歯は?
――わからない。
彼と似た“人でいてもう人ではないもの”を彼女は知っている。
しかし彼らもまた、こんな神々しい気をもっているのは一人もいなかった。