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短編(単発・企画)

イカロス少女A

作者: ディスマン

人間であるための必須条件は何か。


それは肉体ですか?

魂ですか?

知性ですか?


いいえ、心です。

「人生で嫌なことは必ず訪れる」

「希望は必ず訪れるとは限らない」

この言葉は、かなり現実を突いていると感心したことがある。

人生は訳も分からず始まって、暗中模索を続けて、いつの間にか死んでいく。

身も蓋もない言い方をすると、これが一番正しい。

テレビやスマホを見ている私でさえそう思うんだから。




ニュースやSNSで毎日流れるトピックに、私は飽き飽きすることはなかった。

私は感受性というか共感性が高いというか、とにかく自分には関係ないニュースに感情移入しやすかった。

世の中ってそんなに良くないのかな?

いつも誰かが死んでいるし、いつも誰かが苦しんでいる。

たまたま日本に生まれただけの私は、なんだかそのことについて申し訳なくなってしまった。

でも、そんな悲哀や絶望はみんなが思ってるより身近に存在していて。

だから、多くの人間が絶望しているし、希望もしている。

残念ながら私は、そんな明るい光の方に歩く勇気はなかったの。



内履きを鳴らしながら歩く独りぼっちの私は、みんなから見たらどうなのかな?

私は落ち込んでる?

下を見ている?

どんな私がそこにいる?


そうね。間違ってないわ。

当たりだけど、でもちょっと違うの。


私はね、色んなことに絶望しているの。



私は、世の中のデフォルトは絶望だと思う。

今こうして上を向きながら絶望していてもその考えは変わらない。

生まれた時から過酷な環境に喘ぐ人はいる。

望まれなかったせいで生まれる前から殺される命はある。

都合の良い悪いで弄ばれ食い物にされる尊厳がある。


世界は希望に満ちているとか、世界は愛で溢れているとか。

それは己の世界だけの話に過ぎない。

主観、結局はただの主観なの。

「客観的に物事を見ろ」と先生は言うわ。

「人の迷惑になることはしちゃいけない」と親も言う。

そんな先生ですら、本質が主観であるのに気付かなかったり都合が悪くて無視を決め込む。

そんな親なのに、そんなことを胸張って言えるほどの人生を歩んでいないこともある。

ほら、善悪が都合の悪さに変わったね。

皮肉なのかもしれないけど、別にざまあみろとは思わないわ。

私は、せめてキレイなままでありたいから。



こつん。こつん。こつん。



誰にも聞こえていない私の足跡が、他ならぬ私にしか聞こえていない。

履き慣れた内履きの、少し靴底のゴムが軋む音がした。

そのせいで、孤独感が更に増すのを感じた。


でも、本当に独りなのだろうか?


私を産んでくれた父と母がいた。

私と同時期に学校に入学して友達になってくれた人がいた。

私をより良い人に成長させるために導こうとしてくれた先生がいた。

この学校だって、未来の生徒のために建ててくれた大工さんや校長、教育委員会だっているんだ。

人は皆、自分と直接関わった人しか人生にカウントしない。

だから、余計に孤独を大きくする。

同じ星に生きているのに、なんで自分は独りなんだと感じてしまうのだろう?


いや、仕方ないのかな。それが人間の弱さの一つだもん。



こつん。こつん。こつん。



また一歩ずつ歩き出す。

踊り場の何も無さが、そこだけ虚空であると私に錯覚させた。

人の弱さを見せつけられるたびに絶望する。

こんなにも人は脆く、弱く、愚かなのに、なぜ何万年も生きてこれたのだろう。

前に本屋で買ってみた「サピエンス全史」で、ネアンデルタール人にホモ・サピエンスが勝ったことが書かれていた。

賢いから勝ったのかな?

じゃあ、賢いせいで善悪が生まれてしまった今の世界は大失敗だね。

もし他の人類が進化していたら、世界はどうなっていたのかな?

繁栄するのか、衰退するのか。

それを考えても予想にしかならないけど、少なくとも世界はいずれ失敗作になっていたと思う。


でも、だからといって全人類が駄目だとは言わないし思わない。

それでも、人は必ずどこかで間違う。

絶望で人は悪意や嫉妬を生む。

希望で人は差別や迫害を生む。

恵まれている人は自分がなぜ恵まれているかを知らない。

貧しい人は貧しい理由や原因を他所に見出そうとする。

ホモ・サピエンスが賢いことは私も知っている。

けど、それは他人類と比べての話に過ぎない。

賢い生き物だけど、賢さが足りなすぎたんだだろうなぁ。



こつん。こつん。こつん。



そろそろお外に出られる頃だと思う。

私も、少し疲れてきた。

男の子と違って、女の子の私にはあまり体力がないから。

男の子や女子のスポーツ選手はすごいや。

だって、自分で強くなる選択ができるんだもの。

人はいざって時、逃げ道や怠惰に走りがちだ。

自由を与えれば欲が暴走し悪者になっちゃう。

キツく縛れば解放されたくて暴動や反抗をしてしまう。

だから、自分で選択することがどれだけ大事なのかが私でも分かるの。

望んで選んだかどうかだけで、それぞれの人生は意味合いも輝きも変わる。


ああしなさい。

こうしなさい。

こうあるべき。

あれになってはならない。


人にそんな道徳や常識で重りをつけて、大人たちは私たちをどんな人にしたかったのだろう。

社会として良い人?

親にとって良い人?

誰かの都合とか、何かのために生きたりするのは苦しくないのかな。


私は、人はみんな自分のためにしか生きていないと思う。

保育士も、消防士も、警察官も、公務員も、自衛隊も、政治家も、ヒーローも。

誰かや何かの為にやりたいという自分の欲求のために生きているのだから。

アニメで昔見たことあるんだ。

人の為にすることが生きがいであり夢の少年を。

でも、自分がそうしたいって思うのならそれは自分の欲を満たす行為でしかない。

だからむしろ、自分のために必死になれる人が世の中で1番ステキなの。

誰かや何かのために生まれてくる人はいない。

だったら、時間は有限だから自分のために使わなきゃもったいないよ。


だからなのかな?

自分以外の為だけに生きている人が生きにくそうで、なんだか可哀想だわ。



バタンッ

コツン。コツン。コツン。



風で重くなった扉を開けると、暖かくて爽やかな風が制服と髪の隙間を吹き抜けた。

少し長めのスカートがふわりと浮く。


私は、青い空や優しい風が嫌いだった。

私がどんなに落ち込んでたり、悲しくて涙を流しても空は青いままだし風は優しいままだったから。

でも、今はそれが有り難かった。



コツン。



街を見渡しても、見えるのはほんの一部だけ。

まるで、人が人を見るときのような狭さと限界を体現しているみたい。

でも、そんな狭い世界の中でも光が必ずあることは承知の上だ。


目を閉じて音に集中してみる。

風の音、揺れる木の音、遠くで飛んでいる飛行機の音。

一つ一つが鮮明に聞こえてきた。

今までこんなに外界を感じたことはなかったんじゃないかな。

それらを感じていると、遅れて近くの商店街のBGMが耳に届いた。

昔聞いたことがある気がするけど、名前が思い出せない。

でも、私にとっては理屈なしで良い曲に聞こえる。

まるで、世界を舞台にしたミュージカルを耳で見ているような気分だ。


今度は匂いに集中してみる。

人工物の匂い、風の匂い、今ここに立っている場所の匂い。

それらが混じり合って、十数年も生きてきた街の匂いになった。

嫌なことに目を瞑るだけで、世界はこんなに美しく感じられるのかと感動した。


今度は目を開けて、体全体で感じてみた。

今まで感じていたことの全てが、私の心臓を突き抜けた。

お釈迦様が垂らした蜘蛛の糸。

私はそれを体に巻き付けて、天に引っ張り上げてもらっている気分になった。

変な例えかもしれないけど、それくらいに私は高揚感を覚えたの。

そんな私の絶望は、記憶の中にはまだあるけれど、希望は目の前を埋め尽くしていた。

少なくとも、今の私にはそう思えた。



なんだ、絶望なんて私の中にしかなかったじゃない。



希望はこんなにも尊くて眩しいものなのかと、初めて実感した。

私も、希望を望んだら幸福が待っているのかな?

今度は私の胸には不安ではなく、期待感がいっぱいになった。

私は地球を感じてお終いにすることにした。

星が私を、幸せのある世界に連れて行ってくれる気がしたから。

私は身を委ねた。

私が幸せになる未来は、どんな世界なのだろう?




肌の色は何色かな?

髪の色は、癖っ毛だったりするのかな?

どんな瞳で世界を見るのかな?

背は高いのかな?

声は優しいのかな、綺麗なのかな?

男の子と女の子どっちだろう?

どんな言葉で喋るのかな?

好きな食べ物はなんだろう?

どんな服を着て出かけるのかな?

友達は何人できるかな?

両親はどんな人なのかな?

人の温もりは今よりも温かいかな?




土が私に迫る。



土が私に迫る。


土が私に迫る。

つちが








そして、私は人生で最初で最高の光の中へ飛び込んだ。








あら、どうしたの?

どうしてそんな悲しい顔をするの?

せっかくのお顔が汚れちゃうわ。

私は希望を抱いて行けたのよ?

だから、祝福してね。


だから、ほら!




泣かないで。

笑ってね。



どうでしたか?

ここまで読めた貴方は、きっと善い人間なのでしょう。

どうしてかって?


人を悲しむ心があるから、このお話を最後まで読めたんじゃないですか?

涙を流せるからここまで読めたんじゃないんですか?


誇ってください。

悲しむ心と涙が今もあるあなたは、きっと誰よりも人間なのだから。

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