4.ギアの友情の行方
さて、ここからは私の出番。
割れた茶器やお茶を片付け、相談室を出て明日の作戦を考える。
ギアに聞いたところ、午前の授業が終わると、ヨハンは真っ先に食堂へ向かうとのことだった。
そこで、私は3限目の授業を途中で仮病で抜けることにした。
どうせ、既に学習し終えた内容、聞いても聞かなくても、変わらない。
寧ろ通う意味あるのと思わなくもないが、皇太子妃に学歴が無いのか問題らしい、加えて成績不良も問題になる。
だから、幼い頃から勉強させて先取り教育を受けさせられてきた。
それって意味あるのとは思うが、そういう慣習ってやつらしい。
幼い頃から分刻みのスケジュール、それが普通だと思っていたけれど、成長するにつれて違和感を感じていた。弟は、私より自由にのびのびと過ごしていた、何度羨ましく思ったことか・・・。
まぁ、過ぎ去った事はしょうが無いんだけど。
授業なんて聞かなくても優秀な成績とれるから、実質勉強に追われることなく自由に過ごせる。
ある意味先取り教育にも意味があるような気がしてきた。
かなり大雑把な作戦を立てその日は早々に寮に帰った。
次の日はいよいよ作戦実行日。
一応両手をお腹に添え、腹痛のため休みますと張り切って教師に伝え、直ぐ様教室を飛び出した。
後ろの方で、教師からはあと10分で終わるのだから待ちなさいとか、体調不良に見えませんよと声を掛けられるも聞こえない振りをして、走り去る。
二人の仲を取り持ってあげるのよと、いくばくかの使命を感じつつ、階段の踊り場付近の棚の中に身を潜ませた。
この棚は究極昨日私が持ち込ませた物だ。
踊り場だと身を隠す場所がないから、影の護衛に命じて設置させた。
学園の同意は得てないが、なんか言われても公爵家の権力を使えばいい話だから気にしない。
こういう所は、権力って便利よね〜。
それにしても、私の目線の高さに合わせて、のぞき穴を開けるように命じていたのだが、若干その位置が低い。半端な中腰体制は、腰が痛くなるから嫌なのに・・・帰ったらクレーム絶対入れるわ!
私は昨夜手にしたヨハンの似顔絵を思い出しながら、本人を待つ。
その間に、考えた作戦を再度復習する。
まず、私の身分を盾にヨハンを別室につれだし、一旦放課後まで監禁する。
次に、放課後ギアの元に連行し、強制的に話をさせる。
半日潰れてしまうけど、我ながら完璧な作戦だと思う。
少しワクワクしながら、待ち構えるも、昼のチャイムが鳴り終えても肝心のヨハンらしき姿が現れない・・・。
ギアの話と違うと思っていると、ようやくヨハンと思わしき特徴をもった人物が現れた。
どうやら、友人と思わしき人物と話し込んで学食に向かうのか遅れたようだった。
食堂に向うと言うのに、ヨハンは片手にノートを持っている。
食堂でも勉強する気なのだろうか・・・流石、ギアの元友人ってところかしら。
そんな事を滔々と考えている内に、二人はさっさと階段を折りていく。
慌てて後を追うと、途中で足を踏み外してしまい、勢い余って両手でヨハンを階段から突き落としてしまった。
五段程下の廊下に、ヨハンが倒れている。
食堂前の階段と言う事もあり、直ぐに周りはザワザワしはじめた。
こんなはずではなかったのに!!
階段を駆け下りようとする前に、丁度階段真下にいたギアがヨハンへ駆け寄り、抱き起こしていた。
「大丈夫か?!」
「・・・大丈夫だ」
ヨハンの返事を聞くいなや、ギアは怒りの形相で私を見てくる。
「ルマン公爵令嬢様、貴女がおっしゃっていた作戦とは、この様な事だと思いませんでした」
「私も、別に意図したわけでなく偶然・・」
「偶然ですか?普段貴女様はこちらの階段をお使いになられませんよね!」
(私全然信用されてないわね・・・・じゃぁ、一層のことのりますか!)
「フフフ、バレちゃいました?だって、私の前にいるのが悪いのよ」
「なんと!!」
「平民風情が私に楯突く気?」
「貴女様がそんなお方だったとは、思いもしませんでした。そうであれば、ご相談なんてしませんでした」
自分のために怒りを表しているギアをみて、ヨハンは驚いたような表情をしている。
そして、商人でもある彼はこの公爵家に楯突くとどうなるのかよく知っている。
慌てて、ギアを止めに入る。
「ギア、おいヤメロ!」
そう言うとヨハンは、私に向かって頭を下げた。
「ルマン公爵令嬢様、通行の邪魔をしてしまい申し訳ございませんでした」
「フン、その謝罪受け入れますわ、貴方ご自分のお立場よく理解されてますこと。感心いたしますわ」
敢えて高飛車に返す。
ギアはそんな私の言いがかりに不満なのか、はたまたそれに屈したヨハンに納得がいかないのか、今度はヨハンにくってかかる。
「ヨハンっ!何故」
「お前は黙っとけ!!」
二人が険悪なムードに陥ったタイミングで、騒ぎで出来ていた輪が突如左右に分かれた。
登場したのは殿下だ。
殿下は吹っ飛んだままのヨハンのノートを拾い上げた。そして、一段と輝かしい笑顔で私に声をかけてきた。
「おや?君が騒ぎの中心人物とはね」
「エリック様、ご機嫌よう」
「そちらの生徒を突き落としたんだって?」
「・・・まぁ、邪魔だったので」
「相変わらずだね、まぁ僕は君が突き落としたのは、このノートが原因なんだろうと思ってるんだけどね」
「??(なんの事かしら・・・)」
殿下は、いつの間にか私の横に並び立つと、ギアとヨハンに向かい合う。
相変わらず、胡散臭い笑顔だ。
「私の婚約者が大変失礼した」
「いえ、いえ・・・」
「今回は私に免じて赦して欲しい。たが、こう見えても彼女は理由無き行動をしない人なんだよ」
「・・・皇太子殿下、恐れながらそれは僕が、昨日ここにいるヨハンとの仲をご相談させていただきました。ルマン公爵令嬢様は仲裁役を申し出てくれました。まさか、こんな事になるとは思わなかったのです」
「君は、僕の婚約者が仲裁の為に彼を突き落としたと思っているのか?」
「・・・」
「彼女はそんな不合理的な事はしないよ。だって、こんな悪評たてても彼女に何の得もないじゃないか」
「・・・はい」
「(悪評!!それ使って婚約破棄できないかしら??)」
その悪評の行に反応していると、殿下からすぐさま小言が入る。
「ロザリア・・・君は余計な事は考えなくていいから」
殿下の嘘くさい微笑みが深くなる。
「ところで、このノートは君の?」
「いえ、これは隣りにいる彼、ヨハンの物です」
「皇太子殿下、拾って頂きありがとうございました」
ヨハンはお礼を言ってノートを受け取ろうと手を伸ばす。
だが、殿下はノートを渡さない。
「誰のと聞いただけで、一言も返すとは言っていないよ」
「?!!」
「先程、パラッと開けていたページが目に入ったのだが、見た限り非常に興味深い事が書いてあった。是非貴殿の考察を教えて欲しい」
ギアはその言葉を聞くなり、ヨハンの肩を揺さぶる。「お前の考えに殿下が興味を持たれているぞ!すごいことじゃないか。もしかしたら、僕と一緒に研究室にはいれるチャンスかもしれないぞ!前に進学したいと言ってたじゃないか!!」
傍から見ても、自分のことのように喜んでいた。
方やヨハンは、血の気がひいたような顔をしていた。
なんとか殿下からノートを取り戻そうと、必死に言葉を紡ぐ。
「俺の考えなんて、まだまだ全然です。それはお役に立てないと思いますので、どうかお返しいただけませんでしょうか?」
「謙遜はよくないな」
「いえ、いえ・・・本当に」
「じゃぁ、ここに書いてある、ヒヨール領地における土壌改良におけるカルシウムの割合は、どうやって算出した。どのような仮説をたてたのか?」
「それは・・・忘れました」
「ノートには答えしか書いてないから君が立てた仮説がわからないと、仮説に基づいた検証が出来ないと思ってね」
「・・・」
「あぁ、そういえば最近、貴殿の商会は随分隣国で流行っているそうたな。特に農業関連の売上が凄いと噂になっている」
「はい、父が力を入れております」
「父君は大層土壌改良に詳しいらしいと、チラホラ私の耳にも入ってきているよ。何処かで学ばれたか、もともと農民なのか?」
「・・・農業に詳しい知り合いがいると申しておりました」
ヨハンの顔は段々下を向いていく。
「そうか、そうか、ではその方も招いて貴殿と一緒に一度城に招いて、城お抱えの学者達にも講義をしてもらうよう手配しよう」
「・・・」
「追って通達をだす」
殿下はそこまで言い終わると、私の手をとりエスコートして踵を返そうとした。
その時、ヨハンは廊下に手を付き、頭を下げた。
「申し訳ございません!!」
「なんだ?」
「ノートの中身は、全てギアが研究していた内容になります。私の考えではありません。その情報を、隣国に横流ししておりました。その対価として、隣国で手広く商売をやらせていただけるようになりました・・・」
「だろうな・・・ヒヨール領は隣国のツクナ領と土壌が似ていると学者達から聞いたことがある。概ね、かの地の者からなんらかの取引があったのだろう」
「その通りでございます。母が病気になり隣国にしか育たないと言われているキリキリ草が必要となりました。ですが、キリキリ草の産地ツクナ領になるのですが、近年不作で他国には渡せないと言われました。でも、アレがないと母は亡くなってしまいます。どうしても、母を助けたくて・・・そんな折りに、隣国の商売人がやってきました。土壌改良情報を渡してくれるなら、キリキリ草を提供すると。父は最初反対しておりましたが、僕はどうしても母を失いたくなく、ギアに近付き情報を引き出して、勝手に情報提供を行ったんです。一度取引したからには、追加追加でとなりやがて父にもバレて巻き込みました」
「・・・最先端の情報は貴重なものだ。国が研究費や育成費を出してようやく実った研究成果を、隣国にみすみすタダで渡すということは、多大な損失を招くと共に、相手国家の力をつけさせる事になる。巡り巡って、一人の命の為に、何千者民の命が失われる事になるとは考えなかったのか?」
「・・・申し訳ございません」
「残念だな」
殿下はそこまで伝えると、手をパンとたたいた。
すると既にスタンバイしていた護衛が、それを合図にヨハンを拘束した。
その様子をギアは呆然と見ていた。
ヨハンはギアに視線を合わせることなく「ごめん」と一言告げ、そのまま護衛に引っ立てられ消えていった。
その後ろ姿をギアは無言で眺めていた。
ヨハンの後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと・・・。
―――
その後、ヨハン一家は国外追放となった。
その見送りに、ギアはやってきていた。
商会を営んでた頃の華やかさはかき消され、僅かな手荷物を持つヨハン一家の姿があった。
「ヨハン」
「ギア・・・見送りにきてくれたのか?」
「お前は俺の初めての友達だからな」
「俺は、お前の友達になれる資格は無いよ」
「あれからよく考えてみたんだ・・・お前はいつも俺が詳しい研究内容を話そうとすると、さり気なく話題を変えていただろ?それって、聞いたらその情報を渡さないといけないと知ってたから肝心な事を聞かないようにしてただろ?」
「!!」
「肝心な箇所を聞かず、俺から離れた。それがお前の良心であり俺への友情たったのだろ」
「・・・ごめん」
「俺はお前と過ごせた学生生活楽しかった。縫いぐるみ仲間もできて嬉しかった。縫いぐるみまで嘘とは言わせないぞ!」
「ありがとう・・・信じてくれないかもしれないけど、俺はお前と話している時が一番楽しかった。俺の金目当てでもなく、縫いぐるみ好きな同士なところも・・・天才でどこか抜けてるお前は俺の最高の友人だった」
「勝手に過去形にするな、離れていても俺達は友人だ」
「ギア・・・」
二人は握手を交わし、別れを告げていた。
そんな二人の様子を私と殿下は崖の上から見下ろしていた。
「青春一つ見た感じだったわ〜」
「そうだな」
「そっけないわね!それにしても、貴方にしては刑を随分軽くしたわね」
「まぁな、本来死刑にする予定だったが、ギアからの情状酌量願いとギアの研究自体がまだ研究機関の対象となってなかったからな。ギアに恩を売れたから、今回はこれでヨシとするさ」
「外見に似合わず、合理的主義者よね」
「当たり前だろ、生半可な気持ちじゃ国なんぞ収めきれない」
「・・・学園での外面しか知らない生徒達に見せてあげたいわ」
「言ってもいいが、信じないと思うぞ~ロザリアより周りの信頼は厚いからな。皆は疑っていたようだが、私は君が階段から彼を突き落としたとは、ハナから思ってなかったからな」
「?!」
「流石に長年の付き合いだから、面倒くさがりの君があんな事やるはず無いだろ。それにしても、いつから気がついていた?」
「なんの事かしら?」
「惚ける気か?今回の情報流出の件だよ。あのノート見てなかったら、私は気付かなかったよ」
「偶然よ、偶然」
「はい、はい、そういう事にしておくよ」
「本当ですわ〜!!」
再度崖下を覗くと、ギアが馬車に向かって懸命に手を振っていた。
彼らの友情がもとに戻って良かった。
そんな事を思うロザリアだった。




