表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士令嬢エリーレアの冒険  作者: シルバーブルーメ
9/30

第09話 獣が親子の愛を示す


 ごろり。


 ぼろぼろさんの布の上から、くだものが転げおちます。


 どうもぼろぼろさんは、そのみすぼらしい布のせいでしょうか、人間とは思われていないようで、()()たちは全然こわがる様子を見せません。


 母()()は、目の前に落ちてきたくだものを、最初は()()()()していましたが、すぐににおいをかぎ、手にとって、口に運びました。


 それをかみながら、子()()にかがみこみます。

 どうやらかみくだいたものを食べさせているようです。


 それから、子()()の体をなめはじめました。


 赤いものが見えました。子()()はひどいけがをしているのです。


 自分も背中に矢が刺さったままで、そのまわりはあかぐろくなっているのに、少しも気にせず、母()()は自分の子どものけがをなめて治そうとしているのでした。


「これは……我々をおそってきたのは、わが子を守ろうとして、だったのか」


 テランスが言いました。


「そのようですね。わたくしたちを、けがをしている子のいるところへは近づけないようにと」


 エリーレアはいたましく母子()()を見やりました。


 けものと言っても、親が子を思い、守ろうとする気持ちは人と何のちがいもないのです。


「むっ」


 テランスが、目を細めて、母()()の背中の矢を見つめました。


「あの矢には、どうも、貴族の紋章が(きざ)まれているように見えますな」


「どういうことでしょう?」


「どこかの貴族が、自分のやしきで、変わったけものを飼ったり、狩りの獲物にするのは、めずらしいことではありません。私はなんどかそういうところを訪れ、見せられたことがあります」


「そのような者に飼われていた()()の親子が、逃げ出して、そこを弓矢で()られたということですか」


「そう考えるとすじがとおるのです。このあたりにはすんでいないはずの、北のけものがこんなところにいることも、つい最近あらわれたということも、親子でいることも、あの矢も。()()()が起きたために、みはりが手薄(てうす)になって、それで()()を破って逃げ出したのではないでしょうか。逃げるときに子供があのけがを。ここで動けなくなって、それで父親が、人間を追い返そうとして」


「何ということでしょう」


 そういう話なら、少し待って、子()()が元気になれば、いなくなってくれるのではないでしょうか。


 ですが、すぐそこで牙をむいてうなっている父()()は、このままだとまたおそいかかってくるでしょう。


 かといって、ひきさがっても、この道を通れないことに変わりはありません。


 エリーレアたちだけはこのまま先へ行けるかもしれませんが、後の人たちが通れないようでは、道をふさぐいじわるをしたのと同じです。そんなことをしてしまうわけにもいきません。


「あの子が、早く治ってくれればいいのですけれど……あのけがでは、何日もかかってしまいますね」


「せめて、我々人間はお前たちをおそわない、この道を通るだけだということをわかってもらえればよいのだが……けものには人の言葉が通じないからなあ。傷つけてもしまったし」


 テランスの言葉に、エリーレアは考えこみました。


 そして、かけてみることにしました。


「レント! 急いで、来てください!」


 山道の下から、三頭の馬を引いてひぃひぃ言いつつ登ってくるレントを呼んで、それから父()()の向こうに声を投げかけます。


「ぼろぼろさん! こちらに来られますでしょうか!? わたくしのお手伝いをしてください!」


 それぞれが来るあいだに、エリーレアは弓矢を下ろし、腰の剣をはずして、テランスに持ってもらいました。


「エリーレア嬢? 何をするつもりですか?」


「もうしわけありません。わたくしに何が起きても、あの()()をおこらないでやってくださいまし」


 エリーレアはさらに、身につけているナイフや、身を守るための防具、ふところに入れてある財布まで、ありとあらゆる金属でできたものを取り出し、外しては、テランスに渡してゆきました。


「人とけものの一番のちがいは、金属を使うことです。金属のにおいをさせていると、人だとけものは思います。ですから、まずこうして、金属でできたものを全部はずして……」


 レントが息を切らせて到着しました。


 エリーレアはその荷物から、くだものと生焼けの肉をたっぷり取り出します。


 ぼろぼろさんが、父()()を回りこんで、やってきました。


「いっしょに来てください。あの大きな()()がわたくしをおそってきたなら、わたくしは放っておいて、この食べ物を、あの母子のところへ持っていってあげてくださいな」


 エリーレアは、もてるかぎりの食べものをもって、それを見せて、においをたっぷりかがせながら、ゆっくり、ゆっくり、父()()に近づいてゆきました。


 ぼろぼろさんも、となりを歩いてくれます。


「聞いていただけますか、りっぱな父親さん。傷つけてしまったことはあやまります。わたくしたちは、あなたがたの敵ではありません。この道を先へ行かせてほしいだけです。あなたがたに、はやく元気になってもらって、おたがいに痛いおもいをしないまま、それぞれのめざすところへ行きましょう」


 こわい気持ちに負けないように、笑顔をつくって明るく()()に話しかけながら、エリーレアは一歩、また一歩と進んでゆきました。


 父()()は、しきりに鼻息を漏らし、うなり声をあげ、腕を振り回し牙をむきだして、エリーレアをおどしてきます。


 それにもおびえることなく、エリーレアはじわりじわりと、近づき、近づき、さらに近づいて……。


 もう父()()の腕がとどき、その爪が肌をえぐり、いくらでもエリーレアの血を流させることができるところまで来ました。


 ふしゅうぅぅ、と父()()のなまぐさい鼻息がにおってきます。


 その鼻が、すん、すんと、においをかぎ始めました。


 エリーレアから、刃物をはじめ人間が使うもののにおいがすれば、すぐにそのすごい力でぶんなぐり、するどい牙でかみついてやるぞと恐ろしい目つきで、向こうから近づいてきます。


 エリーレアはとてもドキドキしました。


 このままだともうがまんできなくなって、悲鳴をあげてしまいそうになったところへ――。


「……」


 スッ、とエリーレアの横から、木の枝が突き出されました。


 ぼろぼろさんです。

 ぼろ布ごしに、どこで拾ったのか細い木の枝を持っていて、その先に肉のかたまりを()していたのです。


 こわい顔をしていた父()()の目の前に、肉がつきつけられて、けものにとってはたまらないにおいが立ちのぼりました。


 父()()からこわいものがなくなって、それをぱくりと食べました。


 むしゃ、むしゃと口を動かしている間に、ぼろぼろさんに引っ張られて、エリーレアは先へ進みました。


 わが子の傷口をなめている母()()の、すぐ目の前に、持ってきた食べものをどっさり積み上げます。


 それから、これもぼろぼろさんに引っ張られて、うしろへ下がって、すると父()()が大きな体で戻ってきて。


 また自分が先に口にしてやわらかくかみくだいてから子どもに食べさせる母()()を見つめてから、自分でもくだものをひとつ、においをかぎ、口に運んだのでした。


「たくさん食べて、早く、よくなってくださいね……」


 エリーレアは言うと、()()親子の方を向いたまま、後ずさってじわじわとはなれていきました。


 まだ父()()はこちらを()()()()していますが、今までのような恐ろしいものは感じられません。


 これなら、うまくいくのではないでしょうか。


 そう思った時でした。


「バウッ!」


 黒いものが、足元に、右に、左に、突然現れました。


 太く強く、そしてこわい声をひとつあげるなり、勢いよく、()()たちに突っこんでいきました。


 ものすごい声があがりました。


 父()()が腕を振り回しました。

 その腕に、黒いものが飛びついてゆきました。


 ようやくエリーレアにも、その黒いものが何だかわかりました。


 ――犬です!


 黒々とした、口の長く牙の鋭い、けものをしとめるための猟犬(りょうけん)が、何頭も、襲いかかってきたのでした!


 ぴぎゃああと、悲しそうな声が起きました。


 くぼみに猟犬がおそいかかって、子()()がかみ殺され、母()()の喉首にも犬の牙が食いこんでいるのでした。


 父()()の太い腕にも、大きな犬が深々と牙をくいこませぶらさがり、動きをふうじました。


「よくやってくれた、あんがとよ」


 男の声がして、けものかと思うような、ひどく背中の曲がった、猫背(ねこぜ)の男があらわれました。

「あんたが()()を作ってくれたおかげで、この()()()()をぶっ殺せたぜ。いやほんと、あんがとな」


 にやにやしながら、猫背の男は長い刃物を抜いて、腕を封じられている父()()の後ろにまわると、その体に深々と突き刺しました。


「あああっ!」


 やっとエリーレアは声を出せましたが、もうどうすることもできませんでした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ