第07話 遍歴の騎士、仲間に加わる
「さあ、ゆくぞ!」
騎士テランスが一歩踏み出すだけで、ずんと地響きがしたような気がしました。
エリーレアを捕まえている男たちは、それだけでもう腰が引けて、おびえ始めます。
「かかってこい!」
もう一歩近づいてくると、ひとり逃げ出しました。
二歩目で、さらにふたりが逃げ出しました。
「はあああああああっ!」
騎士テランスが気合いのこもった声を投げつけ、かまえた剣を振り上げると、もう誰も立ち向かうことができず、全員がてんでばらばらに逃げていきました。
「話にならん。弱い者いじめしかできぬ連中だ。六位か七位か知らぬが、あんなやつらが貴族を名乗っているとは恥ずかしい」
騎士テランスは剣を鞘におさめました。
「ありがとうございます、テランス様」
エリーレアは起き上がると、まずうばわれていた自分の剣を取り戻しました。
それからあらためて礼をします。
「わたくしは、エリーレア・センダル・ファウ・アルーランと申します。危ないところを助けてくださって、本当にありがとうございました」
「おお、アルーラン家のご令嬢であらせられましたか」
「都にて、カルナリア姫さまにお仕えしていたのですが、たまたま故郷に戻っていたところ、むほんが起きて姫さまが西のタランドンへお逃げなされたと聞きまして、駆けつけんとしていたところにございます」
騎士テランスは、それを聞いて深く感動しました。
「それは、なんという素晴らしい忠義でありましょう! また、貴族の名をはずかしめるおろか者どもに立ち向かった、民を思う心、大勢に負けずに立ち向かう勇気、美しき剣技。このテランス、感服つかまつりました。私も、タランドンのその先にあるカンプエール領へ戻ろうとしていた身、よろしければエリーレア嬢、あなたと共にゆくことをお許しいただきたい」
「心強いお言葉、うれしく存じます。ぜひともお願いいたします……と申し上げたいのですが、その前に、わたくしの連れを紹介させてくださいませ」
エリーレアは、ずっと突っ立ったままのぼろぼろさんに向きました。
「ぼろぼろさん……とお呼びしてよろしいでしょうか? あなたが、テランス様をこちらへお導きくださったのですね。おかげで助かりました。ありがとうございます」
きちんとお礼を言ってから、ぼろぼろさんをテランスに紹介します。
「この方は、たまたま一緒になったのですが、何やら呪いがかけられているようで、この布を取ることができず、また言葉を発することもできないようなのです。タランドンになら、この呪いを解ける魔導師がいるのではないかと思い、共に行くことにしております」
もしかするとテランスが、このような怪しい人物をいやがるかもしれないと思ったので、先に告げたのでした。
でもテランスは、そのような人ではありませんでした。
「呪いとは。何とも痛ましいことでありますな。それに、どうやら女性のようではありませんか。さらに痛ましい。私からもお願いしたい、ぜひともその方をも守らせてくださいませんか」
「失礼いたしました。あなたのようなりっぱな方が、おろかなことを言うはずがありませんでしたね」
エリーレアは疑ったことを心からおわびして、一緒に行くことを決めました。
「おーい、こらあ、待ってくれえ!」
へとへとになったレントが、その時になって駆けこんできました。
ぼろぼろさんが、彼の馬を勝手に走らせ、この街ではない方へ行ってしまったので、それを追いかけ、馬だけをつかまえて、ようやく今ここにたどりついたのでした。
「わたくしと共に姫さまにお仕えしている、レント・フメールです。レント、こちらはテランス様。テランス・ペンタル・サン・コロンブ様と申します」
「おお! 『騎士の中の騎士』と名高いお方ではありませんか!」
「ご存知なのですか、レント?」
「それはもう、もとよりとてもお強い、りっぱな方でありましたが、さらに強くなりたいと、従者もつけずに旅に出られていると、女の人たちがうわさしておりましたよ。エリーレア様も、剣のけいこばかりでなく、もう少しそういうことにも興味を持たれた方がよいのでは」
「息を整え汗をふいてからおっしゃい」
くやしくなってエリーレアはふくれっ面になり、テランスがゆかいそうに笑いました。
地面にぶざまに転がっていた領主を捕まえ、人々からうばったものを返させて、他のところでも乱暴はしないように約束させてから、四人になったエリーレアたちはあらためて西へ向かうのでした。
「それにしても、テランス様、第四位貴族のあなたが、従者のひとりも連れずに、おひとりだけで旅をなされているのですか?」
「それこそが修行なのです。こまごまとした、めんどうなことを従者にやらせて、自分はただ剣を振るうだけというのは、ほんとうの強さではないのです。剣の腕だけでもなく、家柄でもなく、ひととして、男として、自分の足でしっかり立てる者になりたいのです」
「すばらしいことだと思います」
エリーレアがほめると、テランスは恥ずかしそうに笑いました。
「いえ、りっぱなことを言ってはみましたが、実はある人の真似をしているだけでして」
「ある人?」
「『剣聖』と呼ばれる、この世でいちばん強い剣士の方がおられるのです。その方はどの国にも属せず、誰にも仕えず、ただおひとりで世の中を回られて、あちこちで人助けをしているそうなのです」
「剣聖、さまですか……」
「その話を聞いて、年甲斐もなくあこがれまして。主にお仕えしいくさに励むことこそ騎士のつとめではありますが、そのような旅をして、自分をより大きくしたいと申し出ると、我が主カンプエール侯爵閣下は寛大にもお許しくださいまして、二年の区切りではありますが、ひとりきりでの修行の旅に出たのです」
「まあ、うらやましい。わたくしもそのような旅に出て、あちこちを回ってみたいとつねづね思っているのですが、お父さまもお母さまも、何よりカルナリア姫さまがお許しくださらないのです。エリーがいないと寂しいわ、と」
「ははは。あのかわいらしい王女さまなら、そうも申しましょう」
都に上がりカルナリア王女さまにごあいさつしたこともあるテランスは、ゆかいそうに笑いました。
先をゆく二人の後ろで、馬に乗ったぼろぼろさんが、枯草の束のような姿を上下に揺らしています。
「……なんだかあのふたり、いい感じだとは思わないか?」
馬の手綱をとる歩きのレントがこっそり言いました。
「エリーレア様は、何やらまわりから結婚しろと言われたらしいが、相手のことを好きになれないと言っていたな。でもあのテランス様なら文句はなさそうだし、身分もほぼ同じ、これはもしかしたらもしかするかも? ここはうまくいくよう応援するべきかな?」
やる気を出したレントに、ぼろぼろさんが首を横に振りました。
余計な真似はしない方がいい、とばかりに。
道を進み、次の街に到着しました。
まだ空は明るいのに、太陽が隠れてしまいました。
この街の西側には山があるのです。
街は、山を越える前に一休みして、準備をととのえるのにいい場所にあるのでした。
エリーレアたちも今日はここで休んで、明日の朝には急いで山を越えて西へ向かうつもりだったのですが……。
「人が、妙に多いですね」
街の路上は、人でいっぱいでした。
住んでいる人たちではありません。エリーレアたちと同じような旅支度をしていたり、あるいは馬車に乗ったりしている、旅人たちです。
レントが話を聞いてきました。
「みなそれぞれ、いくさから逃げようとしてここまで来たのですが、あの山を越える道の、峠のところに、恐ろしい獣が出て、それで先へ進めなくなっているそうです」
「獣、ですか? この地の騎士や、貴族たちはどうしたのですか? そういうものを退治するのも役目でしょうに」
「むほんが起きたので、いくさに備えて東や南へ出むいてしまっていて、いまこのあたりには強い人がいないんだそうです」
「では、わたくしたちでどうにかするしかありませんね。姫さまをお助けするためには、こんなところでぐずぐずしているわけにはいきません」
エリーレアが言うと、テランスも力強くうなずきました。
「だ、大丈夫でしょうか」
おくびょうなレントが不安そうにします。
「わたくしたち以外にも、腕に自信のある人たちを集めて、みんなで向かいましょう」
それがいい、とばかりに、ぼろぼろさんもゆらゆらしました。
「獣と、恐らく戦うことになりますので、危ないですよ。あなたはこの街にとどまっていて、通れるようになってから、ゆっくり来た方がいいと思います」
ぼろぼろさんは、布に隠された首をゆっくり横に振りました。
いいえ。つまり、一緒に行くということです。
ぬっ、とぼろ布の下の方に、棒が突き出てきました。
色あせた、粗布を巻きつけてあります。
それで自分の身は守れる、ということのようです。
確かにこの謎のひとは、実はかなり身軽で、縄もうまく使い、テランスを呼んでくる知恵もはたらきますが……大丈夫でしょうか。
どうにも不安でしたが、けっきょくみんなで山へ向かうことになりました。