第06話 貴族令嬢、貴族の汚さに憤る
三人になったエリーレアたちは、登ってきた太陽を背にして、ひたすら森の中を進みました。
森といっても、それほどうっそうとしているわけではなく、あぶない獣の気配もなく、半日も進まないうちに、ところどころにキノコや木の実を集めに来た人のものらしいあとが残っていたり、木の切り株があったりする、人里が近くにあるふんいきになってきました。
「村です」
歩いて先を行くレントが指をさしました。
木々の向こうが明るく、つまりひらけていて、そこに家がふたつみっつ、寄り添うようにしてたっています。
「しんちょうに行きましょう」
「はい。あの船乗りたちみたいに、むほんを起こしたやつらに味方しようとしているかもしれませんし」
「逆に、わたしたちをむほん人と思いこんでしまうかもしれないわ。とにかく気をつけて」
馬に乗ったままだと、村を襲いにきたのだとかんちがいされてしまうかもしれませんので、エリーレアは馬から降りて、手綱を引いて森から出ていきました。
「やあ、これはきれいなお嬢さんだ」
さいわい、村の人たちは、エリーレアの姿を見て、悪い人とは思わないでくれました。
レントも、見た目には何の危なさも感じない、背が低くてあいきょうのある人物です。
ぼろぼろさんは……どうも人間だと気づかれていないようでした。
「西へ行こうとしたのですが、船が流されてしまって、森を抜けた方が早いと聞きまして」
「うん、それが正しいよ。ここは村の端の家で、村の中心はあの細い道の先で、そこからさらに先へ行けば、船着き場にもつながる街へ出られるよ」
どうもここの人たちはまだ、この国でむほんが起きていることを知らないようでした。
教えてあげるべきかどうか、エリーレアは迷ったのですが……そのときでした。
「おーーい! たいへんだああああ!」
道の向こうから、悲鳴が聞こえてきて、としよりと、女子供たちが必死に走って逃げてきました。
「街から、兵隊がきて、いくさが始まるからって、村のもの全部うばっていこうとしてる!」
大人の、男の人たちがこわい顔になって走り出しました。
エリーレアも続きました。
細い道を降りていくと、すぐに、家がたくさんたち並んでいる、村の中心につきました。
村長さんの家、畑でとれたものを集める倉庫なんかの、大きめの建物がいくつもあります。
その真ん中の、広場で、たくさんの人たちが動いていました。
いえ……よく見れば、あちこちの家に入りこんでは中のものを持ち出している体の大きな人たちと、それをやめさせようとする村人とが、はっきりわかります。
体の大きな、剣も持っている人たちは、村人たちを追い払い、どなりつけ、ところによってはぶんなぐることもしていました。
なぐられた人の悲鳴があがり、それでもすがりついて、家のものを守ろうとして、さらになぐってきて、ひどい声があちらこちらからあがっています。
「おやめなさい!」
エリーレアはがまんできず、大声をあげながら割って入りました。
そのきれいな声に、ろうぜきをしていた者たちが動きを止めます。
「なんだあ、ねえちゃん!?」
「あなたたちは、盗賊ですか!? 村の人たちのものを、好き勝手に奪おうとするのならば、許しませんよ!」
「……いずこのお嬢さまですかな」
頭の良さそうな、でもずるがしこい顔つきの者が進み出てきました。
「アルーラン領主の娘、第四位貴族、エリーレア・センダル・ファウ・アルーランです!」
ここは言った方がいいだろうと名乗ると、そのずるがしこい男をはじめ、まわりの者たちがみんな、いっせいにひざまずきました。
「おお、第四位というとうとき身分のお嬢さま。ごぶれいをお許しくださいませ。……ですが」
と、ずるがしこい男は言いました。
「これは、領主さまのめいれいなのです。むほんが起きて、いくさがはじまりそうだからと、食べ物や武器になるものを集めろという命令を出されたのです。だからわれわれはこうしているのです。領主さまから止めるように命令を出していただかないうちは、部下であるわれわれがかってに止めるわけにはいきません」
「むう……それは、その通りです……」
この場所はアルーラン領ではないので、ここの領主さまが命令したということなら、村人たちがどれだけひどいことをされていようとも、アルーラン家の者であるエリーレアには、文句を言うことはできないのです。
それが貴族というものの決まりごとなのです。
それでも、ひどいことを見すごすわけにはいかず、エリーレアは声をはりあげました。
「では、この先の町へ行って、よりえらい人に、止めてもらうように言ってきます! それまで、ひどいことをしてはいけませんよ!」
とてもくやしかったのですが、エリーレアはその気持ちをおさえて、自分にできることをするために馬を走らせました。
「お待ちくださいエリーレアさまぁぁぁぁ!」
自分の足で走るしかないレントの声が後を追ってきましたが、エリーレアは振り返るどころではありませんでした。
道沿いに走って、少し行くと、たくさんの建物が集まった、街が見えてきました。
でもそこでも、荒っぽい連中が家という家に片端から押し入り、扉を閉ざしている家には大きな槌を持ち出してぶち破り……。
泣き叫ぶ人々を、さんざんに殴りつけ、蹴りつけて、家の中にあるものを好き放題にうばい取っているのでした。
「やめなさーーーーいっ!」
エリーレアは腹の底から声を張り上げて、突っこみました。
おばあさんが大事にかかえこんでいた宝物を、むりやり腕をねじあげて奪おうとしていたやつを、馬用の鞭をひとふり、かなり痛くなるように打ってやって、追い払います。
「アルーラン領主が娘、エリーレア・センダル・ファウ・アルーランです! こんなひどいことを言いつけている人はどこにいますか!?」
馬の上から大声で名乗ると、ひどいことをしていた者たちは、先ほどの村と同じように動きを止めましたが――。
「じゃますんな。俺たちだって、ここで金を手に入れて逃げ出さなくっちゃ、生き残ることもできねえんだ。文句あるならおくびょうな領主さまに言いな!」
馬鹿にするように言われて、すぐにまた、到る所でひどい乱暴ろうぜきがはじまってしまいました。
やめなさい、といくらどなっても何にもなりません。
ここだけではなく、街のいたる所で同じようにひどいことが行われているのですから!
とにかく、領主さまそのものを止めなければ!
エリーレアはそう思って、苦い思いをしながら、街の中心へ馬を駆けさせました。
「いそげ! いそげ、はやくしろ! こののろまどもが! むほん人どもが来てしまうではないか!」
きらびやかな服をきた男がどなっていました。
貴族です。
「金貨一枚たりとも残していくんじゃないぞ! すきまというすきまにつめこめ! これから先のだいじな財産なのだからな!」
六頭の馬に引かせる大きな馬車に、つめこめるだけ金銀財宝をつめこんで、奥方と子供たちもその中に埋めこむように座らせて、最後に自分の乗る場所だけは空けさせた上で、さらにできるだけたくさんお金をつめこみ、逃げ出そうとしていました。
「お待ちなさい!」
エリーレアは馬車の前に駆けこんで、ひらりと降りるなり両腕を広げて立ちふさがりました。
「あなたはこの地の領主でしょう!? 自分の民を守ろうともせず、たくさんの人たちから奪ったものを持って、自分だけ逃げ出すつもりですか!? このひきょう者!」
エリーレアの、りっぱな馬とその身なりと、何よりもすばらしく気高く美しい顔を目にしたその貴族は、たちまち自分が恥ずかしくなりました。
でも、恥ずかしくなったからこそ、はげしく叫びました。
「ろうぜき者だ! お前たち、やってしまえ!」
同じように、人々からうばったものをたくさん自分のものにした、貴族の手下たちが向かってきます。
エリーレアはほんとうに怒って、今度こそ剣を抜きました。
手加減はできません。するつもりもありません。
ですが、相手は十人以上いました。
エリーレアはひとりずつなら負ける気はしませんでしたが、相手がこうもたくさんいると、さすがに勝てそうにありません。
それでも、すばやく動き回って、囲まれないようにしながら、ひとり、またひとりとやっつけていきます。
「なにやってんだ、相手は女だぞ!」
「そこのあなた! 後ろでわめくのは、他の人より弱いからですね!? ちがうというのならかかってきなさい!」
「何だとこのあばずれ! ぶっころしてやる!」
腹を立てた男がつっこんできたのを、ひょいとかわして足をひっかけ、転んだその尻を切ってやりました。
「ぐああ!」
「さあ、こうなりたいなら、かかってきなさい! それがいやなら、うばったものを返して、自分の体だけで逃げなさい! それがお似合いです、女ひとりにおおぜいでかかるしかできない、強い相手から逃げるばかりの、貴族の恥さらし、ひきょう者ども!」
「ええい、どけ! やくたたずどもが!」
身につけられるかぎりの宝石やお金を服につめこんで、みっともなくきらきらとふくらんでいる貴族が、馬車の上からどなると、馬にめちゃくちゃに鞭を入れました。
ひどく殴りつけられた馬たちは、悲しげにいななき、走り出しました。
エリーレアに向かって。
馬が六頭もいるのです。エリーレアは転がって逃げるしかありませんでした。
「つかまえたぞ!」
そこに、体の大きな男たちが飛びかかってきました。
「へへへ、さんざんやってくれたな!」
「しかえしだ! 貴族のお嬢さまだろうが知ったことか! はだかにしちまえば、どこの誰かもわかんねえし、むほん人どもがやったってことにすればいいんだからな!」
エリーレアは捕まえられて、剣をうばわれてしまいます。
にやにや笑う男たちにおさえつけられて、もうどうすることもできません。
(こんなところで……カルナリア姫さま、もうしわけありません!)
エリーレアがあきらめかけた、その時でした。
「な、なんだお前は!?」
エリーレアをひきころそうとした馬車の前に、立派な馬にまたがった、体の大きな騎士さまが立ちふさがっていました。
すこしくたびれた旅姿で、ひとりきりでしたが、その体はとてもたくましく、顔立ちもまた力強く、誰もが見とれるような見事な騎士さまでした。
「この街を守る貴族の方にごあいさつに来たのだが、どこにおられるのかな? 守るべき民を見捨て、かれんな女性を痛めつけつつ自分だけ逃げ出そうとするやつが、まさか貴族であるわけがないからな」
馬の上から太い腕がのびて、きらきらした貴族のえりもとをつかむなり、ぐいっと引っ張り、軽々と馬車から引きずり出して投げ捨てました。
それから馬を降り――旅用の地味な色合いのマントの中から、すばらしくきらびやかな、それはもう見事な剣があらわれました。
太く大きなそれを抜いて構えた、その姿の強そうなこと!
「修行の旅に出ていた身だが、このたびのむほんの話を聞いて、ひとまず主のもとへ戻ろうとしていたところであった。そこへ妙な人物が立ちふさがってな。どうやらこちらへ来てほしいようなので、向かってみれば、気高き女性が危ない目にあっているではないか。騎士の誇りにかけて、これを見すごすわけにはいかぬ」
ぶん、と剣をひとふり。
ものすごい音が立ち、それだけでエリーレアには、この人物のとほうもない強さがよくわかりました。
「カンプエール領の騎士、テランス・ペンタル・サン・コロンブ、助太刀いたす!」
どうどうと名乗った騎士テランスの後ろから、ぼろぼろさんがひょいと姿を現しました。