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騎士令嬢エリーレアの冒険  作者: シルバーブルーメ
19/30

第19話 悪いやつらが不気味にうごめく


 ――灰色の空の下、大木の枝の下で雨をしのいでいる者たちがおりました。


 地面に開いた穴を見ながら、イライラした様子で。


 三人います。


「あのぼろぼろが何者なのか、よくわからないまま、見失い、逃げられた。いまいましい」


 ふつうのものよりはるかに大きく強い弓を手にした、たくましい男バンディルがくやしがっていました。


「逃がしてんじゃねえよ、使えねえな」


 猫背の男が、()()()()をかくさず言いました。


「はぁ!?」


 おこったのはバンディルではなく、隣にいた女、ギリアでした。


 服は着替えているのですが、それでもやっぱり色々なところがいっぱい露出している、とても色っぽい姿です。


「使えないならあんたの犬の方でしょ! 見はりの役に立たなかったどころか、あいつらにしっぽ振って、このあたしまで襲ってきて! ()()()が、あれのせいで落とされたんだからね! どうしてくれるのさ!」


「……こいつが、そんなまねを」


 顔が地面につくほどにひどい猫背の男ディルゲは、大きな犬を三頭後ろに控えさせて、それとは別に地に伏せている黒い一頭を見やりました。


 先ほど、人の耳には聞こえない音を鳴らす笛を吹いて呼ぶと、そう()()()()したとおりに戻ってきたのです。


「俺じゃないやつからエサを食い、俺じゃないやつの言うことをきいて、俺の仲間たちのじゃまをしたのか……」


 ひゅん。


 するどい音がしたかと思うと、次の瞬間、黒い犬の首が切れて、地面に落ちました。

 血がぶちまけられました。


「お前のようなバカ犬などいらん。使えないやつは死ね」


 切れて転がった首を、猫背の男は()り飛ばして落とし穴に放りこみました。

 そこにはひとかけらの愛情もありませんでした。


「ちゃんとしつけなさいよね。次は許さないわよ」


「うるせえ。おまえこそ、()()()()()に失敗しておいてえらそうなこと言うんじゃねえよ」


「何だって、やるのかい?」


 ギリアの手元から何かが放たれて、首をなくした犬の体がいきなり吹っ飛びました。


 (むち)でした。

 それもものすごい威力(いりょく)の。

 この女は、エリーレアたちの前では見せる機会がありませんでしたが、実はおそろしい腕前の(むち)つかいなのでした。


「やめろ。俺たちであらそってどうなるものでもないだろう」


 弓の男バンディルが、冷たくいいました。


「ねえ、あんた」


 そのバンディルに、ギリアがしなだれかかりました。

 ふたりは夫婦なのでした。


()()()があいつらに落とされちまったのなら、あのメスガキどもも取り戻されるだろうから……山をおりてくるところをねらうんだろう? とりあえずあのムカつく女はあたしにやらせておくれよ」


「もしあいつらがおりてきたなら、()()()()()のためにも、ガキどもから先に()ころすぞ。ガキをころせば、あの女たちはガキを守るために自分を(たて)にするだろうから、まとめてくしざしにしてやる」


 おそろしいことを平気で口にします。


「ああ、さすがだねえ、あたしの男」


「だが、そうはならないだろうよ」


 猫背の男が言いました。


「俺をろうやへ入れようとしたやつらをぶっ殺して逃げるときに、ついでに聞き出した。俺をしばりあげやがったあの女、貴族なのはまちがいなかったんだが、すげええらいやつだ。アルーラン家のお嬢さまだったんだ。エリーレア・アルーラン」


「アルーラン家だって!? なるほど、道理で……いけすかない、ムカつくツラしてたわけだよ。自分が正義でございますって信じ切ってる、えらそうなにおいがぷんぷんしてて、くさいったらありゃしなかった!」


「アルーラン家の娘と、あのでかい騎士もそれなりの家のやつだろう、そいつらがそろってるなら、山をおりるんじゃなく、のぼって、関所(せきしょ)に行くな。身分ひけらかして騎士どもに言うことをきかせられるんだから、ガキどもを押しつけるのにちょうどいい」


「ああクソっ! これだから貴族は! 何もしてなくても、生まれた家がいいところだったら、それだけでどこへ行って何をしてもゆるされる! あたしはちがう国の者だからってだけで、さんざんひどい目にあわされるってのに!」


 わめいたギリアの手から、また(むち)が飛んで、遠くの木の枝がボキリと砕けて落ちました。

 人がこんなものをくらったら、たいへんなことになってしまいます。


「エリーレアか。あのきれいな顔に、こいつを思いっきりくらわせてやりたいねえ!」


「俺も、この俺さまをしばりあげやがったしかえしを、たっぷりしてやりたい。俺の犬だって、やつらにころされたのと同じだ」


「ぎりぎりのところに矢を撃ちこんできやがって、おどろかされた上にまんまと逃げられた()()()()()は、何としても晴らす。あいつら全員を俺の矢でくしざしにして」


 他人を痛めつけることに何のためらいもない、悪くてあぶない三人は、エリーレアへのしかえしをちかいあうのでした。





       ※





 一方そのころ。


 エリーレアたちが向かっているタランドン領の、まさにその中央にあるタランドンのお城の中で、女の子が泣いていました。


 とてもとてもきれいな、信じられないほどにきれいな女の子でした。


 カラント王国のどこを探しても、この子ほどかわいらしく、うつくしい子は見つかりません。

 それもそのはず、このとてもきれいな女の子こそ、カラント王国の最高の宝石と名高い、カルナリア王女さまなのでした。


 その王女さまが、泣いていました。


 かなしくて、こわくて、涙を流し続けていました。


「ああ、どうして、こんなことに……」


 この国の王さま、カルナリア姫にとっては大好きなお父さまを、()()()を起こしたいちばん上のお兄さまがころしてしまったのです。


 王女さまを守って、騎士たちは西へ逃げました。

 西にあるタランドン領は、強く、しっかりした領で、反乱を起こした者たちは近づくこともできません。

 そこへ逃げこめば助かるはずでした。


 なのに、()()()人たちに追われつづけて、苦しい思いをしながらようやくたどりついたとたんに、王女さまは騎士たちから引き離されて、ひとりでタランドンのお城に連れてこられたのでした。


 どうしてひとりきりにされてしまったのかわからなくて、心細くてならない王女さまの前に、このタランドン領の領主さま、タランドン侯爵(こうしゃく)ジネールがあらわれました。


「じい!」と、カルナリアさまは最初はおおよろこびでした。

 小さい頃から何度も遊んでくれた、()()()()できる相手だったからです。


 でも、その侯爵は、カルナリアさまを見て言いました。


「おお、これほどにお美しくなられたとは。これはたまらぬ。王女さま、あなたさまには、わしのものになってもらう」


「なんですって!?」


「昔から、このお方はすばらしい姫君になるとはわかっておったのです。そんなあなたさまを、いつかわしのものにと夢見ていた。その夢がこのようなかたちでかなうとは。ああ風神(ナオラル)さまよ、よくぞよき風をこのわしに吹かせてくださった」


「ふざけないでください! じい、あなたには、わたくしよりも年上の子供が何人もいるでしょう!?」


 王女さまがきびしい顔をして言うと、侯爵は、それはもういやらしい、けがらわしい顔で笑ったのでした。


「それとこれとは別。わしが本当に好きなのは、今のあなたさまのような、美しい少女なのでして。ぐひひ。もうたまらん」


 王女さまは、気持ち悪さに青ざめて、後ずさり、窓に飛びついて叫びました。


「来ないで! いやあっ! だれか! だれか助けて!」


「くふふ。じゃまな騎士どもはおいはらった。あなたさまを助ける者はどこにもおらぬ。わしは実は()()()を起こしたガルディス王子とひみつのやくそくをしていましてな。あなたさまと同じように何も知らずにわしを頼ってきた者たちを、まとめてつかまえて、ひきわたすというやくそくだ。もうたくさんつかまえている。カルナリアさま、あまりにもききわけが悪いようなら、そのうちの何人かを、あなたの目の前でしばり首にしてやってもよいのですぞ」


「なっ……! なんておそろしいことを! いったいどうして! どうして、そのような、()()()人たちに味方するなどというまねを!?」


「あなたさまを手に入れるためでございますよ、もちろん」


 またいやらしい顔で侯爵は笑いました。


「そうでもしないかぎり、王女たるあなたさまを、このわしが手に入れることは、ぜったいにできないですからな。()()()が起きたからこそ、あなたさまはわしのところへ、わずかなともだけを連れて逃げてこられた。だからこそわしはあなたさまをこうして手に入れることができた。ぐふふ。むふふ」


「ひっ! いや…………いやああああっ!」


 近づいてこようとした侯爵から、王女さまは必死で逃れ、ひめいをあげ、手足を振り回して思いっきりあばれてやるとかくごを決めました。


「ふふふ、ははは、()()()な姫君が、これほどにおびえ、()()()()()とするのが、実によい。このまま力ずくで、というのはもったいないな。あなたさまをわしのものにするのは、もう少し、けなげにがんばる姿を見せていただいてからにいたしましょう」


 侯爵はよだれをふいて、べたべたする目つきを王女さまのからだじゅうに向けてから、出てゆきました。


「いやあ………………いや………………あああ…………!」


 カルナリア王女さまは、信じていた「じい」の正体を知り、うらぎられた悲しみと、これから自分がされてしまうことのおそろしさに、ふるえて、泣きました。


「たすけて…………誰か………………エリー……!」



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