第19話 悪いやつらが不気味にうごめく
――灰色の空の下、大木の枝の下で雨をしのいでいる者たちがおりました。
地面に開いた穴を見ながら、イライラした様子で。
三人います。
「あのぼろぼろが何者なのか、よくわからないまま、見失い、逃げられた。いまいましい」
ふつうのものよりはるかに大きく強い弓を手にした、たくましい男バンディルがくやしがっていました。
「逃がしてんじゃねえよ、使えねえな」
猫背の男が、けいべつをかくさず言いました。
「はぁ!?」
おこったのはバンディルではなく、隣にいた女、ギリアでした。
服は着替えているのですが、それでもやっぱり色々なところがいっぱい露出している、とても色っぽい姿です。
「使えないならあんたの犬の方でしょ! 見はりの役に立たなかったどころか、あいつらにしっぽ振って、このあたしまで襲ってきて! とりでが、あれのせいで落とされたんだからね! どうしてくれるのさ!」
「……こいつが、そんなまねを」
顔が地面につくほどにひどい猫背の男ディルゲは、大きな犬を三頭後ろに控えさせて、それとは別に地に伏せている黒い一頭を見やりました。
先ほど、人の耳には聞こえない音を鳴らす笛を吹いて呼ぶと、そうくんれんしたとおりに戻ってきたのです。
「俺じゃないやつからエサを食い、俺じゃないやつの言うことをきいて、俺の仲間たちのじゃまをしたのか……」
ひゅん。
するどい音がしたかと思うと、次の瞬間、黒い犬の首が切れて、地面に落ちました。
血がぶちまけられました。
「お前のようなバカ犬などいらん。使えないやつは死ね」
切れて転がった首を、猫背の男は蹴り飛ばして落とし穴に放りこみました。
そこにはひとかけらの愛情もありませんでした。
「ちゃんとしつけなさいよね。次は許さないわよ」
「うるせえ。おまえこそ、いろじかけに失敗しておいてえらそうなこと言うんじゃねえよ」
「何だって、やるのかい?」
ギリアの手元から何かが放たれて、首をなくした犬の体がいきなり吹っ飛びました。
鞭でした。
それもものすごい威力の。
この女は、エリーレアたちの前では見せる機会がありませんでしたが、実はおそろしい腕前の鞭つかいなのでした。
「やめろ。俺たちであらそってどうなるものでもないだろう」
弓の男バンディルが、冷たくいいました。
「ねえ、あんた」
そのバンディルに、ギリアがしなだれかかりました。
ふたりは夫婦なのでした。
「とりでがあいつらに落とされちまったのなら、あのメスガキどもも取り戻されるだろうから……山をおりてくるところをねらうんだろう? とりあえずあのムカつく女はあたしにやらせておくれよ」
「もしあいつらがおりてきたなら、くちふうじのためにも、ガキどもから先に射ころすぞ。ガキをころせば、あの女たちはガキを守るために自分を盾にするだろうから、まとめてくしざしにしてやる」
おそろしいことを平気で口にします。
「ああ、さすがだねえ、あたしの男」
「だが、そうはならないだろうよ」
猫背の男が言いました。
「俺をろうやへ入れようとしたやつらをぶっ殺して逃げるときに、ついでに聞き出した。俺をしばりあげやがったあの女、貴族なのはまちがいなかったんだが、すげええらいやつだ。アルーラン家のお嬢さまだったんだ。エリーレア・アルーラン」
「アルーラン家だって!? なるほど、道理で……いけすかない、ムカつくツラしてたわけだよ。自分が正義でございますって信じ切ってる、えらそうなにおいがぷんぷんしてて、くさいったらありゃしなかった!」
「アルーラン家の娘と、あのでかい騎士もそれなりの家のやつだろう、そいつらがそろってるなら、山をおりるんじゃなく、のぼって、関所に行くな。身分ひけらかして騎士どもに言うことをきかせられるんだから、ガキどもを押しつけるのにちょうどいい」
「ああクソっ! これだから貴族は! 何もしてなくても、生まれた家がいいところだったら、それだけでどこへ行って何をしてもゆるされる! あたしはちがう国の者だからってだけで、さんざんひどい目にあわされるってのに!」
わめいたギリアの手から、また鞭が飛んで、遠くの木の枝がボキリと砕けて落ちました。
人がこんなものをくらったら、たいへんなことになってしまいます。
「エリーレアか。あのきれいな顔に、こいつを思いっきりくらわせてやりたいねえ!」
「俺も、この俺さまをしばりあげやがったしかえしを、たっぷりしてやりたい。俺の犬だって、やつらにころされたのと同じだ」
「ぎりぎりのところに矢を撃ちこんできやがって、おどろかされた上にまんまと逃げられたくつじょくは、何としても晴らす。あいつら全員を俺の矢でくしざしにして」
他人を痛めつけることに何のためらいもない、悪くてあぶない三人は、エリーレアへのしかえしをちかいあうのでした。
※
一方そのころ。
エリーレアたちが向かっているタランドン領の、まさにその中央にあるタランドンのお城の中で、女の子が泣いていました。
とてもとてもきれいな、信じられないほどにきれいな女の子でした。
カラント王国のどこを探しても、この子ほどかわいらしく、うつくしい子は見つかりません。
それもそのはず、このとてもきれいな女の子こそ、カラント王国の最高の宝石と名高い、カルナリア王女さまなのでした。
その王女さまが、泣いていました。
かなしくて、こわくて、涙を流し続けていました。
「ああ、どうして、こんなことに……」
この国の王さま、カルナリア姫にとっては大好きなお父さまを、むほんを起こしたいちばん上のお兄さまがころしてしまったのです。
王女さまを守って、騎士たちは西へ逃げました。
西にあるタランドン領は、強く、しっかりした領で、反乱を起こした者たちは近づくこともできません。
そこへ逃げこめば助かるはずでした。
なのに、むほん人たちに追われつづけて、苦しい思いをしながらようやくたどりついたとたんに、王女さまは騎士たちから引き離されて、ひとりでタランドンのお城に連れてこられたのでした。
どうしてひとりきりにされてしまったのかわからなくて、心細くてならない王女さまの前に、このタランドン領の領主さま、タランドン侯爵ジネールがあらわれました。
「じい!」と、カルナリアさまは最初はおおよろこびでした。
小さい頃から何度も遊んでくれた、しんらいできる相手だったからです。
でも、その侯爵は、カルナリアさまを見て言いました。
「おお、これほどにお美しくなられたとは。これはたまらぬ。王女さま、あなたさまには、わしのものになってもらう」
「なんですって!?」
「昔から、このお方はすばらしい姫君になるとはわかっておったのです。そんなあなたさまを、いつかわしのものにと夢見ていた。その夢がこのようなかたちでかなうとは。ああ風神さまよ、よくぞよき風をこのわしに吹かせてくださった」
「ふざけないでください! じい、あなたには、わたくしよりも年上の子供が何人もいるでしょう!?」
王女さまがきびしい顔をして言うと、侯爵は、それはもういやらしい、けがらわしい顔で笑ったのでした。
「それとこれとは別。わしが本当に好きなのは、今のあなたさまのような、美しい少女なのでして。ぐひひ。もうたまらん」
王女さまは、気持ち悪さに青ざめて、後ずさり、窓に飛びついて叫びました。
「来ないで! いやあっ! だれか! だれか助けて!」
「くふふ。じゃまな騎士どもはおいはらった。あなたさまを助ける者はどこにもおらぬ。わしは実はむほんを起こしたガルディス王子とひみつのやくそくをしていましてな。あなたさまと同じように何も知らずにわしを頼ってきた者たちを、まとめてつかまえて、ひきわたすというやくそくだ。もうたくさんつかまえている。カルナリアさま、あまりにもききわけが悪いようなら、そのうちの何人かを、あなたの目の前でしばり首にしてやってもよいのですぞ」
「なっ……! なんておそろしいことを! いったいどうして! どうして、そのような、むほん人たちに味方するなどというまねを!?」
「あなたさまを手に入れるためでございますよ、もちろん」
またいやらしい顔で侯爵は笑いました。
「そうでもしないかぎり、王女たるあなたさまを、このわしが手に入れることは、ぜったいにできないですからな。むほんが起きたからこそ、あなたさまはわしのところへ、わずかな供だけを連れて逃げてこられた。だからこそわしはあなたさまをこうして手に入れることができた。ぐふふ。むふふ」
「ひっ! いや…………いやああああっ!」
近づいてこようとした侯爵から、王女さまは必死で逃れ、ひめいをあげ、手足を振り回して思いっきりあばれてやるとかくごを決めました。
「ふふふ、ははは、かれんな姫君が、これほどにおびえ、あらがおうとするのが、実によい。このまま力ずくで、というのはもったいないな。あなたさまをわしのものにするのは、もう少し、けなげにがんばる姿を見せていただいてからにいたしましょう」
侯爵はよだれをふいて、べたべたする目つきを王女さまのからだじゅうに向けてから、出てゆきました。
「いやあ………………いや………………あああ…………!」
カルナリア王女さまは、信じていた「じい」の正体を知り、うらぎられた悲しみと、これから自分がされてしまうことのおそろしさに、ふるえて、泣きました。
「たすけて…………誰か………………エリー……!」