1.高橋みさと
幼いころに事故に遭った。高速道路での居眠り運転が原因だった。
小学校2年生の夏、家族で車に乗って旅館へ向かっている車中で荷物を置いたらまず何をするか母親と話していた時、シートベルトが私の胸を強く圧迫した。
視界は暗転し自分が座っているのか立っているのか、目を開けているのか閉じているのかすらわからない。
何もわからないまま意識が遠のいていった。
気がつけば自由に動かない体にひどく痛む頭。
上手くしゃべれない口に規則的に鳴る電子音。
ここが病院であることすらすぐに理解できなかった。
様子を見に来た白い服を着た看護師さんと目が合ってから事情を説明してくれるまで二日も時間を空けられた。
そして理解するのに七日間も掛かった。
両親は既に助からず、複数の車を巻き込んで横転したトラックの運転手も助からなかった。
頭を打った影響か十日間程意識がなく、目を覚ました後も脳鬱血の症状が抜けない。
そこからは私の青春と呼ばれる時間はある一つの事を除いて明るい話題など無かった。
施設か、関わりが薄い親戚に引き取られるのか私に選択権は無かった。
世間体からか最初に引き取ってくれた親戚の元で私はその家族に馴染もうとした。
だが、色彩や環境と同じで人間同士にも相性があり次第に体を縮こませるような生活を送っていった。
それに加え相性以外にも問題があった。
〝声〟が聞こえるのだ。
おかしくなってしまった。
当時はそう思わざるを得ない状況だった。
急に両親を亡くし、家をなくし、居場所を失った。
きっと喪失と、事故によって頭を強く打ったせいで自分はおかしくなってしまったのだと思った。
初めは恐ろしくて仕方なかった。
断片的に聞こえる〝声〟は怒っていたり、癇癪を起こしていたり騒がしかったのだ。
聞こえたり聞こえなかったり、こちらの声も届いたり届かなかったり。
しかし次第に声はこちらを認識し、ある日私に話しかけてきた。
「うるさいうるさいうるさい!いい加減、貴方誰なのよ!?姿を見せなさい!私を誰だと思っているの!!」
こちらが聞きたい。
ぜひ、このおかしな頭が受信するこの〝声〟に、あなたに名前があるなら試しに聞いてみたい。
「私はみさと。あなたは?」
「え!知らないの!?姿は見えなくてもこの屋敷の者でしょ?」
屋敷?少なくとも私が住んでいるのは屋敷と一般的に呼ばれるものではない。
滅茶苦茶に怒り狂った〝声〟がこちらの名前を聞いてきたその日初めて意思疎通が出来た。
事故から1年経っての事だった。
初めは〝声〟の大きさを調節できず絶えず頭に響く声に絶叫したり、〝声〟が煩くて他の人の声や音が聞こえず無視されたと言われたり散々だった。
意思疎通が出来るようになり、日を増すごとに聞こえる頻度は増えて〝彼女〟をより感じるようになっていった。
まあ〝声〟にはそれはそれは困らされたけれど、それより余裕がなかった私は周りが見えていなかった。
そんな状態で馴染もうとしても当然上手く行くわけがなく、次第に私は家でも新しい学校でも孤立していった。
人の目はどこにあるか分からない。
周りに気を配って〝彼女〟と話していても、少し前まで急に絶叫し始める両親を亡くした可哀そうな転校生を面白がって観察する暇な子は案外そこら中にいるらしい。
もちろんその転校生は私だった。
子供のコミュニティは狭く、残酷だ。
気に入らない、気味悪い、理解できない、そんな理由でいじめや孤立に容易につながる。
そんな私を新しい家族はやはりと言うべきか面倒になってきたみたいだった。
学校からの保護者呼び出しにそんなめんどくさそうな顔をしないで欲しい。
担任の先生にチクったと、してもいない事で私を更に責めないで欲しい。
先生が気が付く程度のレベルの低い事をしていた自分たちの手腕と性格を責めてほしい。
全身に油を塗って松明を片手に火薬庫に行くような発言は流石に飲み込んだが、新しい家族もクラスメイトも私にとっては火薬庫のようなものだった。
私は結局、三年でまた別の親戚に引き取られた。
もはや世間体より面倒くさい気持ちの方が勝ったらしい。
両親の残したお金をそっくりそのまま新しい”保護者”の管理下に私は三つ目の新しい家に移動した。
察しのいい方ならここで気が付くかと思うが、はたから見て間違いなく問題児である私を引き取るような人が今更現れるなんて裏が無いわけない。
私がアルバイトで働くことが出来る年齢まで育った時、両親の残したお金を生活費に全て食いつぶされているのに気が付いた。
毎日のようにお酒を飲んで周りに乱暴する保護者の男や、効くのかわからない海外で採れるという干し草を家の家賃と同じ位の値段で頻繁に買ってくるヒステリックな保護者の女の財源がどこかよく考えれば分かることだった。
両親の残したお金が無くなれば今度は私に働けという事らしい。
育てた恩を返せと。
あの様子だと殆ど私の両親のお金から何もかも出ていた様に見えたのだが、どうやら育てていたつもりらしい。
家にお金を入れないと痛い思いをするので私は働いた。
すっかり人付き合いが苦手になってしまった私に学校に友人はおらず家にも居たくなかったので時間だけは沢山あった。
そんな私にも目標があった。
家に給料の殆どを入れていたため手元に残るのは雀の涙ほどのお小遣い。
それをコツコツ貯金して家を出たかった。
特にやりたい事があるわけではないが、理不尽に怒鳴られず、痛い思いをせず、趣味を持ってみたかった。
〝彼女〟のように。
ああ、それと恋もしてみたかった。まだしたことがないので気持ちはわからないがきっと幸せなものなのだと思う。
私は聞いたことしかないがそう思えたのだから。
ボーナスや昇進等、学生のアルバイトでそうあるものでもないのに年々上がっていく要求額に辟易しながら二十一歳、大学四年生を迎えたとき私に転機が訪れた。
転機と言うには少々災難が過ぎる出来事だが、有り体に言えば私は家を出ることなく身に覚えのない育てた恩とやらを返し続けなくてはならないらしい。
今日も夜勤後の講義を終えて夕方のアルバイトから家に帰った時、自室が荒らされていた。
盗るものなど一つしかないし、リビング等他の部屋が荒らされていない事から保護者の仕業で間違いなかった。
半分開いた扉を開けると貯金していたお金を数える保護者の女と目が合う。
「あんた、育ててやってるのにネコババとはいい度胸だね!」
私の家族に関する事実は以上で殆どだ。
今までも似たようなことはあった。
けれど今回はとても立ち直れそうに無かった。
家を出るために貯めていたお金を盗られ、これからも働いてお金を入れ続けろと、痛い思いをした。
今までも辛くて苦しかったが、私の心が今まで折れなかったのには一つ理由があった。
〝彼女〟だ。
短気で油断すると煩くて、けれど心根は優しく真面目でとても照れ屋で不器用な〝彼女〟。
そう、〝エレオノーラ〟だ。
書いてて辛かったです。
最後まで書いてハッピーエンドにして見せます。
けど、まだ続きます...。
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