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酒を呑む。カルーアのショットを呑む。ちびちびと少しずつ。味わうように。
リキュールの甘さを、舌の上で転がすように味わう。甘さが強いリキュールだと思う。今夜で終いになるがね。
口の中をコーヒーの苦さとリキュールの甘さが広がり交わっているのが感じられる。体感としては、リキュールの甘さがあ強いがね。
呑み転がした後に息を吸い、吐く。呑んでいるのがコーヒーではなく、コーヒーリキュール。つまり、酒であるということが強調される。
甘さでコーティングされ、中身は苦い。喉を通らせば酒の熱さを感じさせる。カルーアコーヒーはそんな酒だった。今までは一般的なカルーアミルクや、その派生であるカルーアラテにして呑んだりしていた。
他にも、ブランデーで割ったダーティーマザーにしてたりな。あれは美味しかった。
だが、最後にカルーアをショットで吞んでみて、ストレートでも楽しめることができるのを知れた。良い発見だと我ながら思う。
しかし、コーヒーリキュール、カルーアとも今夜で終わりだ。カルーアを呑みながら以前の職場について書いていた。
カルーアの色はコーヒーのように黒い。以前の職場は私が抜けてからブラックになった。その象徴としてカルーアの色を選んだに過ぎない。
甘さと苦さの共存は、ブラック企業となった以前の職場に当てはまるだろう。甘い利益を失い、苦い現実を突きつけられたのだから。
本来の実力が明らかとなった。それゆえに方向転換をさせられることになったのだ。今までのやり方では被害を抑えることができなくなっていたのだから。
ブラックからの脱却。しかしそれは、願われていたのか否かは知らないが、望まぬ悲劇を産み出すことになる。パープル化という名の、ゆるブラック企業に。
これより語るのは、私の完全妄想だ。得られた情報からの推測に過ぎないがね。
有能者の大量離職という大ダメージを受けた職場は、パープル化を図った。以前よりも厳しくなく、人材の流出も抑えられた。
働いている者たちにとっては心地良くなったのだろう。自分たちのレベルではこなすことが、捌くことが、無理な量から解放されたのだから。
安寧を得られたと思うかもしれない。その通りのことを味わっているのだから。
しかし、以前の実力に見合った手当を獲ていた者にとってはどうだろうか。ワックスがけの手当ては外部委託により大半が失われていった。不満と心地良さ。どちらが勝ったのかは分からない。
不満を抱いても晴らす術が見つからないのかもしれないがね。だが、味わわされている心地良さは罠となる。
知らない合間に、気づかないうちに、首を絞められているのだ。
本人の意思はどうだろうと関係なく。心地良さの誘惑に呑まれてしまったのだ。
パープル企業がもたらしているのは、人材の無能化。決して上がることの無い給料で働き手を飼い殺していく。気づいているかは知らないがね。
真綿で首を絞められていることに気づいていないのかは知らない。危機感を抱くことも難しい。
覚えたとしても、その時にはすでに手遅れ。他社で通用することはできない。
意欲にあふれた有能な人材を骨抜きにすることは簡単だろう。しかし、そこからの脱却は難しいのだ。
転職のハードルをただ底上げしていく。上がることの無い給料に、不満を抱いているとしても。
さらにはパープルで働いていると、働くうえで必要なスキルを得て学んでいくのが難しくなる。
そこまでの人材ならばちょうど良いだろう。しかし、伸びしろがある人材ならば危険そのものだ。
なぜならば、そこで人生が詰みかけてしまう。金が必要となった時には、得ていくのが極めて難しいのだ。
スキルの掛け算も、人材価値の向上も、収入増加も、パープルには何も無い。皆無に等しいのだ。
その中にいて、0・1の可能性を見出せるのが何人いるというのか。大多数は0しか見ないだろうか。
なまじ必要とされているのが厄介でもある。機械に任せればいいのに、そこに人件費を充てるのだから。
ヒューマンミスは起こり辛いとしても、安い給料で将来を固定される。差し詰め、ぬるま湯の不幸ではないか。
熱くもできなく、冷める時をただひたすらに待つことしかできないのだから。
仕事は辛いとしても、それに見合った給料が入るブラックならばそれで良い。働くうえで強みとなるスキルも得られるならばメリットもあるだろう。
だが、パープルにはそれがない。入ったら、成り下がったら、ぬるま湯に浸かり続ければ、骨抜きにされれば、デメリットしか残されない。
そういうところに、成り下がってしまったのだ。ブラックよりもなまじ厄介なパープルへとな。
だが、そんなことは、私の知ったことではない。完全に縁を切った今では、その後のことなど知る必要はないのだ。
望むも望まざるも、その未来を選び、決めていたのはその選択肢をとった職場にあるのだからーー
《終》