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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼女が浮気をしている現場を目撃したので、勢いで誘ってきた子と浮気した

作者: 笹 塔五郎

 私――倉掛唯菜くらかけゆいなは高校二年生。付き合っている彼女がいる。女の子同士で付き合っているのかと聞かれたら、その通りだと答えるしかない。

 相手は同じ学校の同じクラスの子で、半年前に私から告白した。

 正直、どう思われるのかっていう気持ちの方が強かったけれど、それ以上に私は――一年近く前から彼女のことを目で追っていて、好きになっていたんだと思う。

 だから、告白を受けてくれた時は嬉しかったし、人生で一番『生きていてよかった』と思える瞬間であった。なのに、私は今――人生で一番絶望的な状況を目の当たりにしている。

 目の前で、私の彼女が知らない女とキスをしているのだ。

 人気のない場所で。私の誘いは断っておきながら。たまたま町中で見かけて、その隣には知らない女の子。私なんかより美人で、ひょっとしたら大学生くらいだろうか。

 大人びた雰囲気がある人と、どうしてキスなんかしているのだろう。

 頭が混乱して結局、声を掛けることもできずに――私は逃げ出した。

 そのまま、駅前のベンチに腰掛けたまま、もうどれくらい動かなくなっただろう。立ち上がる気力もない。

 あれは間違いなく、私の彼女――八雲彩弓やくもあゆみだった。

 自分の彼女を見間違えるはずがないし、キスする姿はどこか、いつもと違って可愛らしい。というか、私とそんな頻繁にキスすることだってないのに、知らない女とは町中で平気でするなんて、どういうつもりなんだ。

 今更、腹が立ってきて、全てがどうでもよくなった。

 連絡先を消してしまおうかと思ったけど、同じ学校で、同じクラスで――結局、私は浮気をされてもそれを誰かに言うことだってできない。

 だって、二人で付き合っていることは秘密にしているから。誰にも相談できないままに、私は一人で悶々とした気持ちと、抑えきれない怒りと、海より深い悲しみに満ちたまま、ただこの場所で脱力するしかないのだ。


「よいしょっと」


 ――そんな私の隣に、一人の少女が腰掛けてきた。

 ちらりと少女の方を見ると、彼女も私を見ていて、目が合ってしまった。

 少ししか見えなかったけど、金髪だったし、顔立ちからして外国の人かハーフっぽかった。


「ねえ、あなたさっきからここで何してるの?」


 そして、まさか話しかけられるとも思わなかった。


「……何もしてないです」


 これしか答えられなかった。だって、本当に何もしてないし。


「ふぅん、私ね。ここに引っ越してきたばかりで、この町のこと、よく知らないの。それでね、さっきから、ずっと俯いて動かないから、大丈夫なのかなって思って声かけたんだけど……」

「あ、そうなんですね。えっと、大丈夫、です……」


 全然、大丈夫な感じのテンションでは答えられなかった。

 だって、彼女の浮気の現場を目撃してからまだ、一時間も経ってないんだよ?

 そのまま、正気でいられる方が、正気の沙汰じゃないって。


「じゃあ、暇ならデートしない?」

「……は?」


 私は思わず、間の抜けた表情で彼女を見た。

 今、デートと言ったのか。デートの約束を取り付けられずに、浮気をされていた私に対して。


「デート、しようよ?」


 私が聞こえなかったのかと思ったのか、少女はそっと私を握ってきた。それは、『普通』の握り方ではなく、指と指の間を絡ませるようにしたもので。

 一瞬、私は本当に誘われているのかと思った。

 けれど、こんな町中で出会ったばかりの人を、本気でデートに誘うなどあり得ない。

 きっと、引っ越してきたばかりの、少女の道案内にこき使われるだけ――そう思って断ろうとしたが、私の頭の中に一つの考えが過ぎる。過ぎってしまった。


 ――彼女が浮気をしていたのだから、私だってしてもいいじゃん?


 こんな考えが浮かぶ私の前世は、ひょっとしたら悪魔か異教徒だったのかもしれない。

 彼女が浮気をしていたからなんだ。だから、同じ日に勢いで、知らない子と浮気をしようと言うのか。それは、彼女以上に『クズ』なのではないか――だって、ただこの辺りを周りたいと思っているだけの子に対して、私が浮気をされた腹いせのために、そんなこと――と、心の中では考えが渦巻いていたのに、私の行動は実に衝動的で、少女の手を握り返すと、


「それ、本気のデートなら、いいけど……?」


 誘いに乗るようにして、真剣な表情で返した。

 すると、少女は少し驚いた表情をした。

 ああ、やっぱりそういう反応だ――


「うん、いいよ。本気のデート、しよ?」


 さすがに、出会ったばかりの子とデートなんて……ん?


「え、今なんて?」

「だから、本気のデートでもいいよって。あなた可愛いし、私の好みだもん。それに、目を付けたから声を掛けたんだから」

「目を付けたって……?」

「引っ越してきたばかりなのは本当だけど、今日はナンパのつもりできたの。可愛い子とデートしたくて」

「え、え……? だって、私は女、だけど……?」

「私、女の子が好きだもん」


 ――こんな偶然というか、奇跡があるのか。包み隠さず、はっきりと答えるような子と、町中で出会うなんて。なんというタイミングなのだろう。


「あれ、もしかして……あなたは違った?」


 一瞬、少女が不安そうな表情を見せる。

 私はすぐに首を横に振って、


「ううん、私も同じ。めっちゃ女の子好き。でも――その、さっき、彼女に浮気されたところ、目撃しちゃって」

「……え、本当?」

「うん……」


 私は勢いを失った。出会ったばかりの子が、同じく女の子が好きだからと言って、私は何を言っているんだろう。完全に、情緒不安定だ。


「それで、勢いで『デート』って言葉を聞いて、誘った次第でして……その、なんか、ごめん」

「ふぅん、そっか」

「あ、でも、町中を案内するのは――!?」


 顔を上げた瞬間、私の言葉は、彼女の口づけによって遮られた。

 思考が停止する。どうして、私は見知らぬ少女とキスをしているのだろう。

 それも、こんな町中で。他の人に見られるかもしれないのに。

 スッと、少女が口元を離すと、妖艶な笑みを浮かべて、言い放つ。


「これで、あなたも同罪だね」

「ど、同罪って……」

「でも、いいんじゃない? 彼女が浮気してたならさ――私と浮気しようよ。こうして出会ったことこそ、まさに運命なんじゃない?」

「だ、だって、名前すら、知らない、のに」

「これから全部、知っていけばいいよ。浮気されたならさ、浮気し返しちゃおう? 元々、向こうが悪いんだし、不公平じゃん。ね? だから、デートしよ?」

「あ……」


 少女の言葉に、私は反論できなかった。

 きっと今の私は、正常な判断ができていない。

 でも、これは浮気をされたせいだ。

 だから――今の私が浮気をしたって、別にいいじゃないか。

 そう思って、もう一度返事の代わりに、少女とキスを交わした。

 この日、私は彼女の浮気を目撃して、見知らぬ少女と浮気をした。

勢いのままに書き連ねた百合です。

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