8.危険の足音
牢屋に入って4日目。
アリッサは猛烈にお風呂に入りたくなってきた。髪だって洗いたい。こっそり抜け出して、お風呂入って、また戻ってくれば、周りは気づかないんじゃないかと真剣に思う。
だいたい、閉じ込めっぱなしで、放ったらかしって、自分が平民だからって言っても、あんまりだと思う。
年頃の女の子に対する扱いじゃ無いよね!って内心憤慨していて、心細い顔をするのさえ、もう飽きて疲れてきた。
(もう、堪忍してよね!)
その日の夕方、いつも彼女に良くしてくれる看守のおじさんが笑顔で牢屋にやってきた。
「お嬢ちゃん。お迎えが来たよ!」
「お迎え?」
「ここから出て、もう家に帰って良いそうだよ。町名主さんが馬車で迎えに来てくださった。さぁ、早く出て、おかえり。」
「私、帰れるの?本当に?」
「そうだよ。さぁ早くしな。」
「おじさん、ありがとう。」
アリッサは嬉しそうに牢屋を出たが、腑に落ちなくて、警戒心が湧いた。町名主はケチで有名な男だ。間違ったってアリッサの為に馬車を用意するはずがない。
牢屋の前には黒い馬車が止まっていて、迎えに来たのは見た事もない男だった。それにこの男からはなんだか嫌な感じがする。アリッサはその男に満面の笑みで感謝を伝え、馬車に近づいた。
「私の為に馬車を寄越して下さったんですか?ありがとうございます。あの、本当に乗っても良いんですか?私、馬車に乗るの、初めてで。」
迎えの男は馬車のドアを開け、面倒くさそうにアリッサに手を差し出した。アリッサはおずおずと差し出された手を取り、馬車に乗り込んだ。
(やっぱりね。この男、私を殺しに来たんだ。この世界にもあっちみたいな所があるとはね。まぁ、二段落ち位の実力よね。町娘ならこれで十分ってことかな。)
アリッサは髪のリボンを直すように触った。そこにはまだ仕込んだ針金の残りが入っていた。
ラッセルは偶然、アリッサが牢屋から出て、馬車に乗り込む所に居合わせた。迎えの男を見ると少し眉を顰めた。見覚えのある雰囲気をその男から感じる。ラッセルは、彼女があの貴族の放蕩息子が麻薬をやっていたという生き証人になるかもしれないので、身を守るためにも牢屋に入れていたのを知っていたので、後をつけることにした。
それに今日見る少女はあの日に見た少女よりも動きが良くなっているのも興味深い。牢屋で体を鍛えられるとは聞いたことが無い。
「面白いな。」
ちょっと口元を緩めるように笑うと、ラッセルは自分でもびっくりした。あれ以来、笑ったことが無かったから。