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第二話 アメリア、イメージチェンジする

「お嬢様、こちらにお召し換え下さい」


 次の日の朝、侍女のカーナが服を着替えさせに来た。


 侍女のカーナがあれから部屋へ来ると、医者を呼び体調を見た。顔色は悪いが問題ないとされた。


 服毒したのに問題ないとか、この医者は無能か。


 侍女も明らかに普段のアメリアとは違いがあるだろうに気付きもしないし、表面上のみで心からの気遣いを感じない。


 本当に孤独で、誰もアメリアのことを何も見ていなかったのがわかる。医者も子供の頃からの公爵お抱えの医者だ。専属の主治医なのに。


 記憶はあるから、ただいつも通りの対応をすればバレることはない。それでも、よく知る人からすれば違和感くらいは感じたことだろう。


 完璧に今までのアメリアとして過ごすこともやろうと思えばできる。でも、そんなこと私は望んでない。だから、あえて気付かせてあげようじゃないか。


「違うのにしてちょうだい」


 寝る前から考えていてことを実行する。侍女と仲良くなりたい。医者とももっと親しく、父親とも近くなりたい。小さなことからコツコツと始めよう。


 まずは、ワガママからだ。伝える努力を。


「!…では、こちらにされますか?」


 いつもなら侍女が選んだ服を勧められるがままに着ることの多いアメリアなのだが、最良を選ぶ人でもあったので、顔色のことなどを考え思うことがある場合は「それより濃い色味のものを」など、端的に伝えて変えることはあった。だから、変えさせることに珍しくはあれどそこまでの驚きはない。だが、ただ「違うものを」と伝えるのは珍しく、少し侍女は驚いた。


 なるほど、完璧だ。さすが公爵令嬢のお付の侍女。アメリアに似合うドレスを選びつつ顔色をカバーするような上品なものを選んでいる。尚且つ、選び直すのが珍しいアメリアに対してでも他を要求する場合のことも考え用意をしている。が、アメリアの好みは何も考えられていない。


 主人の好みを把握してないなんて二流じゃない?


 じっと侍女をただ見つめた。アメリアはほぼ目を合わせない令嬢であった。侍女はなぜ見つめられるかわからず少し動揺するも、目を逸らすことはなかった。


「カーナ、違うものを」


「…!ただいま、お持ち致します」


 かなり珍しいことだ。きっとカーナの頭の中で何が正解かを熟考していることだろう。


 カーナは別に意地悪な侍女ではない。アメリアが心を開かなかっただけだ。いや、閉ざしただけだ。使用人にも心を配れる主人としての振る舞いは完璧でも、アメリアは気を許していなかった。気を許さない厳格な主人に、心酔する程の想いを捧げる従者は稀だろう。


 心には心を。当たり前だ。関係性は絆で変わる。


 カーナは気付いてくれるだろうか?私が求めたことを。


「アメリア様、お待たせしました」


 ズラっと侍女が10人程並ぶ。シンプルなものから派手なものまで。色のバラエティーも豊富で形も様々だ。


「どうぞ、好きにお選び下さい」


「ありがとう」


 私の好みを聞いてくれた。伝えたい想いを汲んでくれた。そう思うと自然と笑がこぼれた。


 ほぅ…とカーナが頬を染めた。ドレスを運び入れた侍女達も微笑んだ私を見て頬を染めている。


 わかるよ。凄い美少女だもの。あまりの美少女っぷりに誘拐が酷くて笑うことを幼い頃に禁じられる程だからね。子供の頃は公爵、父親も溺愛していたのに、心配からあまり笑顔を振りまくなと言ってしまってから笑顔を見ることがなくなって、そんなことも忘れて気付けば愛想がなくなった娘を可愛がれなくなっていたのよね。アメリアはずっと言われたことを守っていただけなのに。報われない可哀想な子。てか、不器用さんね。


 今日から遠慮なく笑って好きな服を着ましょうね。アメリア。


「これにしようかしら…」


 普段のアメリアなら、選ばないだろう少し幼い感じのする可愛らしい若草色のドレスを選んだ。


 小ぶりの花があしらわれているシースルー素材で軽く柔らかなイメージだ。


「それでしたら、靴はこちらが似合うかと」


 同じ若草色のピンヒールの靴だ。うん。センスがいい。金の糸で刺繍が施されていて、ドレスにも金の糸で刺繍が施されていてセットのように思う。同じ巨匠が作ったのだろう。


「そうね。んーでも、もう少し丸みのある靴はあるかしら?」


 確かに合うけれど、それだといつものアメリアに寄せられていきそうだからね。ちょっと変えたいのよ。


「でしたら、こちらはいかがでしょう?」


 先端が尖っていない、グレージュのローヒールの靴だ。光沢はなくどちらかというと地味め。でも柔らかな素材が優しい感じで合いそうに思う。この靴は今までのアメリアなら選ばないな。


 ザ・令嬢の見本。て感じのピンヒールを基本にしてたからね。少し足が痛かろうとピンヒールを穿いていた。


「うん。いいわね」


 テキパキと私を着飾らせる。そうそう、こうじゃなくちゃ。せっかく土台がいいのにオシャレを楽しまないなんて損よね。


「髪型は如何しましょう?」


「そうね。ハーフアップにしようかな。ほとんど結わずに髪は下ろして、小さな花飾りがいいかな」


 せっかくふんわりした感じの若草色のドレスだから、妖精さんを意識してみたい。かなり若くなりそう。まぁまだ16だから普段がお上品過ぎるのよね。もう少し可愛らしい服を着ていてもおかしくない歳なのだから。なんでも似合うのだしイメージを変えていこう。


「承知しました」


 テキパキとカーナが侍女に指示をしながら髪を結っていく。カーナは私の、公爵令嬢の専属侍女であるだけあって、なんでも出来てしまう。かなり優秀だ。


「この苺の髪飾りはいかがでしょう?」


 思い出が蘇る。9歳くらいの時に、気に入っていた髪飾りだ。10代になってからはほとんど付けていない。


 好みを忘れてはいない。そんなメッセージに思った。


 好みを告げなくなったのは、アメリアだものね。


「いいわ。それにしてちょうだい」


 ニヤリと笑うと、カーナも微笑んだ。


 笑えなくなってからカーナも付き合って笑わなくなった。絆はあった。それでも、言葉にして態度に出して、そうしないとわからないことはある。何年も心を閉ざしていたら、近くにいた大切な人を失うこともある。


 共に過ごす時間の濃さが大切だと思う。積み重ねるものがないと、無為に時間は過ぎるだけ。


 これからは、彼女が生きたくないと思った人生を私が生きたいと思うままに生きよう。


「いかがでしょう」


「いいわ。…完璧!」


 少し幼い感じになると思っていたのに、ちゃんと大人の女性としての魅力と、まだ幼さも残る少女としての愛らしさを兼ね備えた装いだ。これから大人になる蛹である今の美しさを最大限に引き出している。


 苺に白の小花の髪飾りが浮くこともない。子供っぽさを感じさせず、細かなウェーブにほんの少しの白の小花の髪飾りを足すことで、上品に纏められている。分け目をなくし、左側のみを複雑に編み込まれた髪型からは、大人っぽさも感じられる。


 ドレスに合わせる小物も、一粒のパールに左右に小粒の宝石のシンプルなデザインで統一されていて、可愛らしくも上品だ。


 地味だと思った靴が全体で見ると纏まりよく思う。


 普段より子供っぽくアメリアが選ばなさそうなものを、それでいて好みのものをと思ったら、普段のアメリアのイメージを損なうことはなく、ただ少し遊び心を持ったとわかる装いだ。これはセンスがいい。


「妖精のようですわ…」


 ほぉ…とまた、カーナ筆頭に侍女達が恍惚の表情をする。大変満足した時間になったようだ。


 今までは粛々と着替えを手伝うだけで、こんなにどう着飾らそうかと侍女達が楽しんだことはなかった。


 今日の予定に合う相応しい装いを。と、考えるのみであった。マネキンに服を着せるだけだった。


 だから、感想も「お似合いですわ」と毎日同じ発言を繰り返し、アメリアも「ありがとう」と毎日同じ返事を返すだけの義務的なものであった。


 それが、「妖精のよう」とコメントまでもらえた。


 しかも、妖精さんのようにと意識していたから同じことを思ったことにまた嬉しくなる。


「本当にありがとう。大満足よ」


 にっこり笑顔を浮かべる。カーナが少し涙ぐんでいる気がする。


 ただの毎朝の着替え。いつもより時間をかけただけ。それでも普段も同じくらいには支度に準備はかかるものだから、そこまで大幅に時間をかけたわけでもないのだ。ほんの少し、選んだりと気持ちを乗せただけ。


 こんなにも違うものになるのを、彼女は心を殺す前に知って欲しかった。

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