第一話 アメリア、服毒自殺する
「わお…綺麗なのに死人みたいに不健康な顔してるわね…」
まるで彫刻のように完成度の高い美少女が、鏡の中で呆れた顔をしている。顔は白を通り越して青白い。貧血起こして倒れる寸前のような顔色の悪さだ。
どうやら、この体の主は服毒自殺しようとしていたようだ。どうしてそのような行動をしたのかもちゃんと記憶としてある。
いわゆる転生だろう。不思議と自分として自我を持って目が覚めるも、これまでのこの体の主の記憶があり、自分としての記憶とこの体の主、アメリアとして生きた記憶がある状態で目を覚ました。
単に忘れていた前世の記憶を思い出したか、ずっと眠っていたもう1人の私という自我がこの体の元の主アメリアより表に出てきたのか、記憶が混濁することもない現状からしてもそんな感覚だ。
「でもなんで自殺なんか選ぶかな…」
記憶は混濁していないし、想いも覚えている。ただ、どうも性格が違うのだ。私なら自殺なんてしない。
この体の主アメリアは、公爵令嬢であり、第二王子の婚約者であった。深窓令嬢の典型といった感じのお嬢様であり、無表情がデフォのような人。
作法、家柄、才能が全て完璧と言っていい令嬢であった。
ただあまりにも大人しい性格のこの体の主は、自分より下位の令嬢からコソコソと陰口を叩かれ、裏ではバカにされるもずっと我慢をしていた。少しでも不快な顔をして言い返しでもしてしまえば、子供同士の些細な喧嘩ではなく、家を巻き込む公爵令嬢を怒らせた○○令嬢として、その家は窮地に立たされるのだ。
ざまぁでよくない?と思うのに、この体の主は耐えた。自分が少しバカにされるくらいのことで騒いで、どこぞの一家が窮地に立つという状況を自分が作ることを極端に恐れたから。ちょこっと釘を刺すくらいしたらいいのに。それすら最悪の展開を思い浮かべて我慢してしまう程、臆病で優しい子だった。自分の大きな権力と立場を理解し、迂闊なことをしない懸命な子だった。
アメリアは、毒で死んでしまったのかもしれない。どちらにせよ、私が乗っ取ってしまったのか、そもそも私だったのか、今となってはわからない。
だが、彼女はもう生きていたくなかったようだ。公爵令嬢として産まれて才能もあり、まだ若さもある希望がたくさんの人生なのに、彼女は生きていたくなかった。それでも、自分が自殺することで周りのことを、家のことを心配していた。だから、私が出てきたのだろう。
心は死ぬが、体は生きる。そんな毒を彼女は服毒した。本来なら人形のようになるはずだった。心を壊した令嬢として価値は下がれど政略結婚の駒としてくらいには再利用できるように、命までは捨てずに体だけを残すつもりだったのだろう。
彼女は天才だったから、彼女が毒薬も作り、意思がなくなっても体は動くようにと彼女が自ら自身の体にも魔法を施した。
元々、口数も少なく表情もあまり変わらない深窓令嬢だ。心が壊れようとそれまでと変わらないと、彼女は思ったのだ。
これ程までに彼女が追い込まれたのは、第二王子が平民にうつつを抜かし、彼女との婚約破棄を申し出たからだ。それも、大々的に。学園の卒業パーティーの時に発表した。平民である女の肩を抱きながら。
ここまで宣伝するかのように広めてしまえば撤回などできない。公爵令嬢に有るまじき行動をしたとして、平民である第二王子の恋人ミリーを虐めた罪で国外追放するとまで言われたが、そんな理由で公爵令嬢が国外追放されることなどない。第二王子はアメリアが父親である公爵から見限られ、平民になり身分剥奪の上に国外追放することもまかり通ると思っていたようだが、優秀な駒を馬鹿な王子の為に棄てるにはアメリアは優秀過ぎたのだ。公爵は娘を見限らず、そうはならなかった。
なぜ、第二王子の愚行を戒められなかったのだと、父親からは叱責はされた。だが、解放はされなかった。こんな屈辱を受けても、第二王子にすがりついて王妃になるように言われてしまったのだ。全て、アメリアが悪いと。修道院に入れられた方がマシだったのではと思う。侮蔑の目に晒され続けることになるだろう。
父である公爵も第二王子の父である国王も卒業パーティーでの事件を耳にし大慌てだ。
撤回ができないのであれば、有言実行してしまえばいい。それが一番楽な道。
それでも、今は王様から止められている。第二王子の母は王妃であり、第二王子こそ王太子であったから。
公爵令嬢と婚姻することで、磐石を固めるはずが平民の女と結婚するなどとなれば王太子ではなくなる可能性が高いからだ。なにせ、優秀な第一王子がいるのだから。第一王子の母親は側妃であるも、伯爵の出であった。母親の位が低い為に公爵や侯爵の家からは王太子となるのを反対されている。民衆からはすでに活躍している第一王子は人気ではあったが王妃派閥が情勢的に強い今、第二王子が王太子と見なされていた。
安定していた後継者問題が、この期を機会に荒れては国が分裂する。内紛になるかもしれない。そこで、正妻にアメリアを据え、王妃としての仕事は全てアメリアに任せ、妻にもなれないが愛人として囲えばいいと王様が説き伏せていた。
第二王子は真の愛を貫くつもりで平民落ちも覚悟していたが、ミリーが第二王子を平民落ちさせるなんてこと耐えられないと言い始め、傍に居られればそれでいいと言い出し状況が変わった。第二王子も心打たれ泣く泣くアメリアを妻とすると国王に申し出たのだ。
心優しいミリーが王妃の座に第二王子の愛に縋り付くアメリアを許し、心広い第二王子が発言した内容を撤回までして下さる。そういう筋書きだ。
それを、今日国王からの沙汰とし告げられた。
この体の主は、ずっと生涯他国にも自国にもお飾りの王妃と見られ続ける惨めな人生を受け入れた。だが、心が死ぬのを恐れた。
限界をいずれ迎えることを理解していた。だから、途中で王妃が現状を憂いて死んでしまう最悪の自体を避けるために、最初から人形になろうと自ら選び、服毒自殺をした。心だけを今から殺してしまおうと。国の為に。
「どんだけ献身的なのよ…」
さすがに呆れる。自己犠牲もここまでくると引く。
聖女も真っ青ではないだろうか?自分を守ることも敬うことすらしない人々の為に自己犠牲?
神様ですら、崇められなきゃ天罰を下すのに。
卒業パーティーの時から、ずっと薬を作り出そうと動いていた。完成したのがちょうどこの沙汰を聞いた今日。迷うことなく彼女は実行した。自らの心を殺す毒を。涙を流しもせずに飲み干した。
彼女は、無だった。悔しいとか怒りとか、悲しいとかの激しい感情すら抱くのすらもうできず、ただ疲れていた。
薬を飲まずとも、すでに限界だったのだろう。幼い頃から我慢をし続けてきた彼女は、小さな時から我慢を貯め続けてきた。すでに心が壊れていたのだろう。
「アメリア…復讐も望まないあんただけど、私は今の状況に甘んじる気はないよ?」
記憶の混濁がないということは、自らの体験として記憶として覚えているということ。自分のことのように思わなくても、自分がされてきたことだ。当然面白くない。
もういないかもしれないもう1人の私に、誓うように胸をギュッと掴むと、鏡の自分に向かって私は不敵に笑って独白した。