第7章 ミツキの使命
ミツキはその週の報告書をまとめると、革製の包みに書類を入れ配達の者が来るのを待っていた。
表向きミツキは修道女の1人だが彼女にはもう1つ、大事な仕事があった。
それは中央聖教会から派遣された監査員としての仕事だった。
つまりスパイである。神父や教会の職員を監視し、問題や何か謀があれば中央へ報告するのがミツキの義務だった。
ただ、スパイというにはあまりにもオープンな存在でもあった。
「やあミツキ、今週の報告書かい?お手柔らかに頼みますよ。」
「神父様!そんな大声で。誰かに聞かれましたら私も立場というものが…」
通りがけに神父が笑いながらミツキに話しかけた。
「誰かって、君が中央聖教会から来たスパイだなんて周知の話さ。それでも僕たちは君に包み隠さず全てを見せているはずだよ。」
「そ、それでは私は職務怠慢になってしまいますっ!」
ミツキはできるだけ小声で叫んだ。
「大体こんな田舎の教会に聖職者と地元の有力者の癒着なんてあるわけもなし、帳簿は毎週公開済み、君がこんな辺鄙な地に送られてきた理由はたった1つさ。」
「それでも監査官としての義務は全うしなければならないのです。」
「君の監視対象を盾にして何かを隠そうなんて到底考えていないよ。」
そう言い残し、ややからかい気味に神父はその場を去って行った。
ミツキの最重要任務は地下室に住む例の少年の監視だった。
12年前から、あの少年は中央教会の最重要監視リストの1つだったのだ。
(『悪魔の王』と名乗った少年なのだから、それも当たり前か。)
そうミツキは心の中で呟いた。
ただ、それならば何故他の教会職員に素性がすぐ露見してしまうような未熟者をその監視として選んだのだろうとミツキは悩んでいた。
その使命は重く、重要に思えたにも関わらずミツキはその責任を果たす力が果たして自分にあるのかいつも疑問に思ってしまうのだ。
そして監査官らしくミツキは毎週その少年と面談を行うことになっていた。
ふとミツキは今週の報告書に書いた少年との記録について思い出した。
「ミツキ、爵位を与えられた悪魔はこの世に一体どれくらいいるのだろう。」
「そうですね。報告されているだけでも世界で6体確認されています。」
「驚いたな。そんな情報を私に話していいものなのかい?」
「むしろこの情報を聞いてあなたに何かできるものなら、私もあなたの監視役をしている甲斐があるというものです。」
その少年は目をいつもより少し大きめに見開くとクスクスと笑った。不思議と彼の囁くような笑い声は魅力的に思えた。
「ミツキ、私は幸運だな。君もソフィアも、あの神父でさえ、この小さな教会にはなんと聡い者が多いことだろう。」
「あ、ありがとうございます。あなたようのな若輩者から頂く褒め言葉もありがたくもらっておきます。」
「ではお礼に、君の報告書に私が目を通すというのはどうだろう。」
咄嗟にミツキの声が裏返る。
「そ、そんなこと絶対にダメです!」
そう言うとその少年は、年相応にケラケラと笑うのだった。その表情を見ながらミツキはやはり魅力的な子だと思うのだった。
少なくとも普通の12歳の少年の心があるのだと思わせる笑顔だ。
ただ、この世界に爵位を与えられた悪魔の個体数を尋ねたと言う事実は、その週の特記事項に違いなかった。