第4章 槍の王
神父は気がつくと寝室のベットの上にいた。
周りには心配そうに見守るソフィアと、聖母のように神父の手を取る修道院長のマリアンヌ、そしてソファアと同じくらいの若い小柄な修道女が座っていた。
神父は体を起こそうとすると、全身から激痛が走るのを感じた。だが幸い声を発することはできる様だ。思考もすぐに鮮明になった。
「神父様、まだ起き上がらないほうがいいですわ。」
とマリアンヌは優しく囁き、ホッとした様子で神父を見つめた。
「失敗…したのですね、僕は。」
神父が目を覚ましたのは、封印の儀式を終えてから数日後のことだった。
「ソフィアがせっかく、3冊もの貴重な封印の書を手に入れてきてくれたのに…」
すると、小柄な修道女がこわばった表情で話し始めた。
「また結局、前回と同じ目に…」
慌てて神父が聞き返す。
「ぜ、前回の儀式について教えてくれませんか?ミツキ。」
「あ、いえ、私からは何も。前任の神父様がご記録を残されている通りです。」
と、その東の国の名前のついた小柄な修道女が咄嗟に答えた。
神父はミツキの表情から、何かに怯えていることに気づいた。口にすることも憚れるようなことなのだろうか。そもそも前任の神父の記録には思い当たることは書いていなかったがこれ以上彼女を追求するのは難しい様だった。
マリアンヌが代わりに答えた。
「でも神父様は生きて戻ってこられましたわ。まだ神は私たちをお見捨てになられていないのですね。」
そう言ってマリアンヌは優しく微笑んだ。
「神父様、あの手に入れた封印の書には何か問題があったのでしょうか?」
そう問うソフィアの声は切実さを物語るようだった。ただでさえ入手困難な封印の書を使った儀式の失敗は、彼女に絶望の様子を伺わせた。
「儀式の前に僕も検証をしてみました。この本がどれ程の悪魔の封印ができるものなのかを。」
神父の話の途中に、ミツキが囁いた。
「私の見立てでも、今回はいい線を行っていたはずなのに…」
神父は躊躇いがちに続けた。
「最初の2つは初級の悪魔を封印できます。最後の1つはおそらく中級あるいは若い上級の悪魔に。結局、どれも通用しませんでした。正直、僕の経験不足も否めません。神学校を出て、ここが初の任地ですから。大変申し訳なく思っています…」
神父の話を遮りソフィアが少し声を荒げて尋ねた。
「それでは、一体あの少年の中には何が潜んでいると言うのですか?」
「神父様の仰る通りに推察するならば、おそらく上級以上の悪魔、老齢であり、上位に位置する者ということになりますね。ま、まさか爵位があるレベルなのでは?」
ミツキがそう言ってソフィアを諭しながら自問自答を始めた。神父が答えに窮しているとマリアンヌが話し始めた。
「神父様がお休みになられている間に、失礼ながら中央聖教会に今回の儀式の報告をさせて頂きました。度重なる儀式の失敗を案じ、中央より派遣される巡回修道士様たちに助力をお願いすることになりました。彼らが到着次第、また儀式を執行しましょう。この季節だと、この町に彼らが到着するのはあと数週間かかるらしいのですが。」
中央聖教会と中央に所属するある教団の連名により派遣される回修道士達は、主に中央と主要都市教会への連絡、監視、そして神父達では手に負えない悪魔祓いの執行を行うことを義務としていた。神学校の特別科を卒業し、直接その教団で鍛えられた若き精鋭達で構成されていた。
「いよいよ、最後の手段と言うわけですね。」
神父はそのまま天井を見上げて言った。
「マリアンヌ、もう1つ気になることがあります。」
神父の言葉に3人が耳を傾けた。
「前任の神父の記録の中に興味深いことが書かれていました。長年この教会に仕えてきた君なら何か知っているのではないかと思って。」
「何でしょう?」マリアンヌが答える。
「彼が生まれた時に言葉を発したと言う噂があるだろう。この記録にもそのことが書かれていたんだ。」
神父は一呼吸置くと、こう言った。
「彼は生まれた時こう言ったそうなんだ・・・。
自分のことを『槍の王』と。」
ソフィアはマリアンヌの顔が恐怖に引きつったのを見逃さなかった。