第2章 9人目の神父
教会では書斎の窓から神父が心配そうに外を眺めていた。昼間、町の市場へ送り出した修道女を待っているのだ。
日が暮れると共に、神父は憂鬱な気持ちを募らせいた。
日が落ちる前にソフィアは帰ってくるのだろうか。ついに使命を果たせる時が来るのだろうか。そもそも自分にはその儀式を執行できる能力があるのだろうかと、刻々と闇に染まる空を眺めながら神父は考えていたのだ。
この町の小さな教会に配属されたその神父は、ある時から数えて9人目だった。それは歴史あるこの教会の歴代の神父の数ではなく、ここわずか数年で入れ替わった神父の数なのだ。
新しい神父はまだ若かく、この教会が初めての任地だった。その神父は他の神父たちとは違い、傍目から見るとまだ青年のようだった。
(どうして僕みたいな若輩者がこんな重要な任務のある教会を任されたのだろう。)
そう思うと、若い神父は不安でいっぱいになった。
癖っ毛のある亜麻色の髪は毎日のように砂に絡まり、窓に映る猫背で度の効いたメガネをしている自分の顔を見ると、とても一教会を任された神父には見えなかった。
そう思うのも当然のことだった。彼は先日神学校を卒業したばかりだったのだ。小さな町の教会の神父とは言え、神学校を卒業したばかりの若者が突然神父に選ばれるのは珍しいことではあったが、それが自分が過分な評価をされてのことだったのか、それとも体良く左遷されただけなのか、まだ若く政治にも疎い彼には測りかねた。
それに赴任先のこの教会は曰くつきだった。
彼の前任者は8人ともある儀式に失敗している。
地下室に棲みついたと噂される悪魔を封印する儀式だ。
儀式の結果3人は病死、3人は事故死、そしてもう2人は説明のつかない怪死であった。病気で死んだ神父たちはそれ相応の歳であったのだろうか?こんな片田舎で起こる事故とはなんだろうか?
そして9人目の神父として選ばれた彼が前もって知らされていたのは、その儀式の対象だけだった。
その対象とはこの教会の地下室に軟禁されているある少年だった。
「たった1人の孤児が一体なんだって言うんだ。」
若い神父はそう声に出せば、不安と心の中に芽生えつつある恐怖が薄らぐのではと思った。その恐怖はつい先ほど芽生えたものなのか、それとも赴任してからここ数ヶ月の間にすっかり根付いてしまったものなのか、そう思うとやはり神父は落ち着かない気持ちになるのだった。
「この死の連鎖を止めるには、やはり封印の書がない限り…」
そう気持ちを奮い立たせると、神父は静かに教会のドアを開けた。
日が沈むその直前、ソフィアの姿が窓の外に見えたのだ。
「おかえり、ソフィア。今回はどうでしたか?」
「神父様、ついに見つけました。」
そう言って、ソフィアは神父に手に入れた3冊の本を差し出した。彼女の透き通った碧い瞳には神父への期待が篭っていた。
この献身的な修道女は神父がこの町に赴任する前から封印の書を探し続けていた。そして封印の書を見つけては歴代の神父たちと儀式に挑んできたのだ。
彼女は信心深く、また従順で素直だった。
「神父様、どうかあの子を救ってください。」
神父には受け取った3冊の封印の書が一段と重く思えた。