第18章 幻視の能力と偽りの記憶
神父の書斎には一同が集まっていた。ガブリエル、ソフィア、ミツキ。そしてラミエラとバルキエル。マリアンヌは明日の儀式に備えるため、教会職員を敷地外へ退避させる指揮を執っている。まずガブリエルはようやく到着した巡回修道士達に挨拶した。
「長旅ご苦労様でした。」
すると咄嗟にラミエルが本題に入る。
「あまり長い滞在時間ではない。早速だが、明日の儀式について話したい。」
「はい、もちろんです。準備は全て整っています。ただもう当教会にはストックしている封印の書はございません。」
ガブリエルが申し訳なさそうに言った。
「問題ない。私たちが所持しているものを使う。」
ソフィアが安堵した表情で巡回修道士達に尋ねた。
「何か必要なものがございましたら何なりとお申し付けください。巡回修道士様に直接お会いできるとは光栄です。」
「正しくは中央に所属する教団の1つから派遣されている。私たちは悪魔との戦闘や封印の儀式を専門にしている。教団と言うよりも傭兵団と考えて頂いて結構だ。」
ラミエラは一般に公開可能な情報を慎重に伝える。
「心強い。巡回修道士様のご活躍は私も存じております。まるで悪魔の殲滅のため前線に立たれている使徒様達の様です。」
と、唐突にミツキが言うと途端にラミエラの顔が険しくなった。ミツキの言葉が皮肉の様には聞こえなかったがどうやらラミエラに思う事がある様だ。するとラミエラの表情を見てバルキエルが焦りながら言う。
「まあ、俺たちに任せろって事よ!」
バルキエルは冷や汗が額を伝わるのを感じた。
(ヤバイ。このおチビちゃん、地雷踏んじゃってるぜ…キレんなよう、ラミエラ…)
ガブリエルは『使徒』という言葉に反応したラミエラの態度が気になったが、本題を戻すことに異論はなかった。だが、ミツキとラミエラのお互いへの態度に少し違和感を感じた。思えば2人の容姿は背丈は違えど、どことなく似ている様だった。肌や髪、瞳の色だろうか。
「教会の職員には一斉に暇を取らせてあります。教会に残るのはあなた方お二人と私だけでいいでしょう。」
そう主張するガブリエルにミツキが食い下がった。
「ちょっと待ってください!私ももちろん同席します。今回の儀式に参加しないなど論外です!」
「し、しかし前回よりもさらに危険なものになるかもしれないし…」
躊躇するガブリエルにラミエラは言い放った。
「問題ない。監査官の干渉は許可されている。足手纏いにならないといいがな。」
ラミエラの言葉には薄っすらとした悪意が篭っていたが、ミツキが負けじと答える。
「わ、私も回復と防御、補助的な魔法は心得ています!」
「それともう1人。」
ラミエラは故意にミツキの発言を無視し、ソフィアに向かって続けて言った。
「ソフィア殿、あなたにも参加して頂く。」
「はい、もちろん近くで御守り致します。」
そしてラミエラは一同に今回の儀式の概要を話し始めた。
「主に、私とバルキエルは前衛で封印の儀式詠唱に時間を注ぐ。問題なければ封印の書を使い悪魔の封印が完了するだろう。神父殿は中衛で詠唱の援護を。残りは後衛で待機。もしも私たちが負傷することがあれば魔法で援護を。」
「申し訳ありません。私には魔力はありませんが、決して儀式の邪魔にはなりません。」
ソフィアは申し訳なさそうに言った。
「いや、ソフィア殿。あなたは今回の儀式で一番重要になるかもしれない。」
ラミエラは今回の儀式でこの修道女が鍵になるであろうと先ほど本の行商人と話した時から薄々気づいていた。
「これはまだ仮説の段階だが、あなたはおそらくこの儀式の最後の手段になる可能性がある。」
ガブリエルがラミエラに続ける様に促す。
「ラミエラ様。あなたの見解をお聞かせ願いますか。」
「ソフィア殿が無くされた記憶の中に、今回の儀式に決定的になるものがある可能性を考えている。」
するとソフィアが驚いてラミエラに尋ねた。
「それをなぜ…なぜ私が記憶を失った事をご存知なのですか?」
「ある御仁の名誉を考え全ては言えないが、ソフィア殿にはこれから儀式が終わるまで、ご自身の記憶について何か思い出すことがあればすぐに報告してもらいたい。」
ソフィアは再び2人の巡回修道士に尋ねた。
「ラミエラ様、バルキエル様、どちらか記憶に干渉する魔法を存じてはおりませんか。」
ミツキもその返答に関心を寄せているようだった。そしてラミエラとバルキエルが順番に答える。
「私の能力は幻視を司るものだ。幻視とは人間の五感に錯覚を起こさせるものだが、記憶への干渉とは少々異なる。例えばあなたに偽りの記憶を幻として刷り込むことは可能だろうが…」
そこまで言うとラミエラは考え込んだ。
「すまん、ソフィア殿。俺の能力はがっつりパワー系でよう。」
ソフィアは少し落胆した様子を見せたが続けて尋ねる。
「た、例えば、偽りの記憶であったとしても、それをきっかけに真実の記憶を見つける手がかりにすることは可能ではないでしょうか。」
ラミエラはパッと目を見開き呟いた。
「なるほど。やってみない手はないか…」
「おい、どうなんだよ、ラミエラ?」
バルキエルが急かす。
「ソフィア殿。わかった。では試してみよう。」
その日の夜、就寝前に一同が解散した後、ラミエラとソフィアだけが神父の書斎に残ることとなった。
「ソフィア殿。私の幻視の力をどのように望む。」
ソフィアは決意の表情で答えた。
「ラミエラ様、では私に偽りの記憶を。あの少年と出会い、そして今に至るまで。今日お話しした全てをもとに、幻の記憶を見せてください。私はそれを手掛かりに、本物の記憶を探し当てます。」
「なるほど、わかった。私は今まで人にこの能力を使ったことはない。覚悟はできているか。」
ソフィアは真剣な眼差しで躊躇なく答えた。
「はい。お願い致します。」
「私の力がどれくらいの間あなたに作用するかはわからない。そして私の幻視から抜け出るには自力で術を打ち破らなければならない。明日の儀式の時間までに必ず戻ってくるのだ。」
ソフィアは決意を込めて頷き、目を閉じた。
ラミエラは右の手のひらをソフィアの顔の前に翳し、中指を眉間に押し当てながら囁く。
『人の子よ、掠め奪い、滅ぼす者よ、夢をもって驚き、幻をもって恐れよ。我が名は『神の慈悲』。全能者よ、安息の王よ、幻をもってかのものに知らせ、夢をもってかのものに語れ。』




