第13章 踊るアンデット
「神父様!ここは危険です!教会の中へお入り下さい!」
教会の裏手にある墓地では、小一時間ほど前から数体の生ける屍が出現し大騒ぎになっていた。本来町の中は聖域とされ、怪物等と遭遇することは稀である。墓地といういかにも呪いを受けそうな場所は幾重にも結界が張られている筈だった。
「心配いりません、ここは僕が。」
通常生ける屍は埋葬されなかった死体が怪物化したものである。不慮の事故の多い旅のルートや戦地跡等に多く出現する。活動レベルや危険度は日が落ちるにつれ増す事に加え、日の光が弱点とはならない事に誤解を受ける場合がある。ただ動きは鈍く、身体の骨や関節等は生きていた当時の原型を留めていないため、歩行中の生ける屍を傍目から見ると踊っている様に見える。
ガブリエルは右手で胸の中央に十字を描き、静かに唱えた。
『黙示録の1。彷徨いし英霊達よ、死者の中から最初に生まれし者のために今一度謳え。我が名は『神の言葉』忠実なる証人。諸王の支配者の僕。7つの星、7つの燭台の前に再びひれ伏せ!』
ガブリエルが詠唱を終えると生ける屍達は塵となって消えていった。
「おおお!さすが神父様!」
「信心深かった死者を安らかに返すのも僕たちの務めです。」
そう言い残しガブリエルは教会の中へ戻って行った。なぜ墓地とは言え、教会の敷地内に怪物が出現したのか思考を巡らせながら。そしてその答えにたどり着くのは早かった。
「彼の魔力が増しているという事でしょうか。」
ガブリエルがそう呟くと、横から水を差す声が聞こえた。
「始末書ですね。」
「げっ、見てたのですかミツキ?」
「もちろんです。最近報告書に書く事が増えて何よりです。」
「か、隠すつもりはないけれど。君の報告書の届く先ってやっぱり…」
ガブリエルはやはりその質問を聞くのは止めにした。書斎の前で待つソフィアを見つけたからだ。
「どうしました、ソフィア?」
「神父様。聞いて頂きたいことがございます。」
「分かりました。ミツキも同席しても構わないかな?」
ガブリエルの質問にミツキが先に答えた。
「お二人とも物分かりが良くて大変助かります。」
———
ソフィアは先ほど洗濯場で見た幻覚について全てガブリエルとミツキに話し終えた。
「そうですか、ソフィア。話してくれてありがとう。恐らく示現のようなものでしょう。」
ソフィアは恐怖を堪えきれられないかの様に、身体を小刻みに揺らしていた。
「じ、示現とは神から与えられるものではないのですか?」
「高度な力を持つ悪魔も、同じように人に幻を見せることができると聞きます。」
「これは何か悪いことが起こると言う予言なのでしょうか。」
そうソフィアが尋ねるとガブリエルは黙りこくった。
「当たり前なのですが、何かのメッセージなのではないでしょうか。」
とミツキが少し躊躇いがちに話し始めた。
「確信のない事を口にするのは嫌いなのですが、ソフィアとあの少年には特別な繋がりがあるのではないでしょうか。毎日顔を合わせていますし。例えば今度の儀式のためのヒントなんかを・・・」
そうミツキに言われソフィアはある事を思い出した。
「そう言えば、また名前を与えるように言っていました。」
ガブリエルが少し困惑した表情で言った。
「これは興味深い。なぜあの少年は名前に執着するのでしょう。本来悪魔はもっと上位の悪魔から名前を受けることを望むはずです。そもそも名のある悪魔の転生ならば話は別ですが、それならば新しい名前を人間からもらい、よもや力を落としてしまうリスクを取るとは思えません。」
「複数の名前を持つ悪魔は存在が確認されていますし、悪魔の名前の拘束力と律法はまだ未知の部分もあって然るべきです。もしかして、ソフィアとの契約を望んでいるのかもしれませんね。言うなれば一番近しい存在に親近感を感じ、眷属にすることを欲しているのでは…」
「確かに、人間と悪魔の交流の歴史は長い。我々の国では考えられないことだが、隣国には悪魔を祀ることを許可している国もあると聞く。」
「例の民主制の国ですね。自由の旗の元、国内外で争いを起こす野蛮な国です。」
ミツキの得意とする政治経済の講義が始まりそうであったが、ガブリエルによって阻止された。
「あの少年が名前を得ることで何か得になる事があると考えるべきですね。」
「やはり悪魔として、より完全な覚醒と力を欲しているのでしょうか。」
ソフィアがそう言うと、3人は黙りこくった。あの少年が悪魔として完全に覚醒した場合、また封印の儀式が失敗する可能性が上がるだろう。そうなればこの教会にいる者たちの生死にも関わるだろうことは安易に想像できた。
ミツキがふと思いついたように言った。
「そういえば、失われているはずのソフィアの記憶にも何か手がかりがあるのではないでしょうか。そもそも示現ではなく、過去の記憶という場合はありえませんか?」
「その可能性はあります。なぜならあの少年はいつもよりも少し幼く見えたのです。」
ミツキは少し考え込んでから持っていたノートに声を出しながらメモを取る。
「ソフィアの記憶に何か重要な秘密が隠されている可能性あり。」
「記憶を呼び戻す魔法はないのですか?そもそも記憶の操作についての魔法学は進んでいるのでは?」
ソフィアが尋ねると悔しそうにミツキが呟く。
「残念ながら専門外です。クソっ、こんな事なら聖都に専門魔術師の召喚状を取るべきでした。役に立てず大変申し訳ないです。神父様、もうすぐ来られる巡回修道士様達はそのような能力をお持ちでしょうか。」
「それはわからないな。とても優秀な方達とは聞いているけれど。」
「例えば記憶を日記のような紙の媒体に記録させ、そのイメージを後世の人が視る事が出来るような魔法だったら存在します。私も記録係なのでちょっとかじっているのですがこの場合は関係ありませんね…」
ミツキの表情が歯がゆそうだ。
「少し幼く見えたと言うのは?」とガブリエルが尋ねた。
「今の半分くらいの歳でしょうか…私には恐らく5、6歳の姿に思えました。」
そうソフィアが答えるとミツキの顔が凍りついた。
「ちょっと待ってください!ソフィア、今なんて?」
いきなりミツキが取り乱し始めた。
「えっと、5歳か6歳…?」
ミツキの質問攻めにソフィアの思考は追いついていない様子だ。
「彼の誕生日はいつですか?」
そこまでミツキが言うと、ガブリエルもハッとした表情をした。
「前任の神父達の記録によると、この教会に引き取られた時から数えるなら大体9つの月あたりだね。」
「今月です。儀式と大体重なりますね…」
ミツキとガブリエルが黙り込んだところで、話についていけないソフィアが恐る恐る尋ねた。
「ミツキ、それがどうかしたのですか?」
ミツキは先ほどの凍りついた表情のまま答えた。
「あの少年はもうすぐ13歳になると言う意味です。」
そしてガブリエルも言い添えた。
「悪魔の成人する歳です。」




