第42話 エルフ歌います!
いつの間にか新年度(涙)
「はい、最初は自己紹介から!」
町田さんが「パン」と手を叩き注目を集める。
「はい、私から、私は町田 胡桃宜しく!じゃあ、次は佐原さんから!」
「はい、私の名前佐原 好香です、吹奏楽部に入る予定ですー、宜しくお願いしますー」
佐原さんが自己紹介を終えると拍手が起こる。
「はい、次はなつみ!」
「はいはい、向日葵 なつみです!胡桃とは中学生からの付き合いでーす!もちろん部活は帰宅部予定!よろしくっ!」
パチパチパチ。
「はい、次の人!」
順当に自己紹介がされていく。こんな大人数の中であんな堂々と。恐るべし陽キャめ。ネット住民からしたら眩しいぜ。
というか、自己紹介回避できないかな?
「トイレ行ってきます」って言えばいけるか?いや、いける!
俺は勢いよく立ち上がった。
「えっ?姫咲さん?」
「どうしたのー?」
「あっ、いや、あの……」
「あっ、分かった!自己紹介してくれるんだね!」
「そういうことね!ごめんね、じゃあ姫咲お願いします!」
えっ、待って。ちゃうよ。そうじゃないって!
「あっ、えっと、その……姫咲 エルです……よろしくお願いしますっ!」
俺は恥ずかしさのあまり、下を向いて椅子に座ってしまった。
「何その恥ずかそうに座る姫咲さん!ねぇ、抱きついていい?」
「ダメよなつみ。その役目はこの私富田 ゆかりがやりましょう!」
「いやダメに決まってるでしょ!姫咲さんは私のだから!」
まあ、誰のものでもないけどね。てか、本当に恥ずいな自己紹介。
みんなの前で堂々と話す校長先生のことを今だけは尊敬するわ。
まあ、俺の自己紹介のことはこれで終わりとして、まだ自己紹介をしてない人のどんどん自己紹介が始まっていく。
その間にはもちろん南さんの自己紹介もあった。そんな南は、隣りに座っている加藤さん?っていう人ととても仲が良さそうだった。
ちょくちょく俺を見て来る気がしなくもないが、気のせいだと思いたい。
自己紹介が終わるともちろんメインである歌のコーナーがやってきた。
「じゃあ私から歌います!」
狼煙を上げたのは町田さんだった。流れて来たのは最近流行りのアーティストの曲らしく、確かカラオケの店内に流れていた。
町田さんは何気に歌うのが上手く、クラスメイトはマラカスやタンバリンを使って盛り上げていた。
俺も向日葵さんにタンバリンを渡されそうになったが、必死に断った。
町田さんが歌い終わると、拍手が起こる。俺も合わせて拍手をしておく。
「姫咲さん、どうだった?」
「う、うん、上手でした」
何でピンポイントで俺に聞いて来るんだ?と疑問に思ったが、取り敢えず当たり触りのない回答を返しておく。
「えへへっ、ありがと」
そう言って席に戻っていった。取り敢えず間違えではなかったようだ。
それから頼んだ注文も届き、クラスメイトが歌う中、俺は端っこでサラダをむしゃむしゃ食べていた。
食べ終わってお腹が満たされると、トイレに行きたくなったという口実で外に出る。
「ふぅ……」
トイレで何も致してはいないが、取り敢えず手を洗う。俺は何故かエルフになった。そのためよく耳が聞こえてしまう。目障りとまではいかないが、少し五月蝿いのだ。もちろんカラオケは好きだし、みんなが歌う姿はとても目の保養になって良かった。
「エルフもちょっと不便だなぁ……」
ハンカチで手を拭き、トイレから出る。耳も少し休まったところでカラオケルームに戻る。
「戻りましたー」
と小さくいいながらルームのドアを開けた。その瞬間、俺の手が引っ張られ、前に押し出された。町田さんだ。
「はいこれ」
そう渡されたのはマイクだった。どうやら俺は歌わされるようだ。
「曲はこれなんだけど歌える?」
確認してみると有名で一般の人でも歌いそうなアニソンだった。これなら俺も歌えそうだ。ちょっと恥ずいが。
どうやら町田さんも一緒に歌うようで、マイクを手に持っている。
曲が流れ始めた。
音源は五月蝿く聴こえてしまうものの、この耳のお陰でいつもより少し細かな音源やリズムわ捉えられていて、いつもより上手く歌えそうだ。
歌は進みサビを過ぎ、曲が終わった。気持ちいい。周りの反応はどうだろう?そう思って周りを見ると、何故か唖然としていて、さっきみたいにマラカスやタンバリンを鳴らしてくれてる人はいなかった。隣で歌っていたはずの町田さんも歌わずに俺の方を見ていた。
「えっ、お、わ、私下手くそでした?」
そう聞くと、否定するように急いで首を振ってくれた。
「寧ろその逆!めちゃくちゃうまいよ!何でそんなにうまいの!?」
「うますぎて途中からタンバリン鳴らすこと忘れちゃったよ」
色々お褒めの言葉をもらった。これは結構嬉しいかも。
俺は上機嫌に席に戻ってオレンジジュースをごくっと飲んだ。
美味しい。
歌は続き他の人が歌い始める。途中で南さんも仲がいい加藤さんと楽しそうに歌っていた。この姿を見ると、俺に迫ってきたあの必死そうな南さんが別人のように思えて来た。
でも、それほど叶えたい夢なんだろう。
俺も活動を始めるからには気持ちで負けられない。
そう密かに誓うエルフだった。




