第四章 歪んだオスティナート
四月四日。薄曇り。通学路沿いに植わった柳桜は満開だ。花びらの紅色は曇空にもよく映える。少し冷たい風が陽菜の頬を撫でる。
「由美、おはよう!」
陽菜は、横断歩道を渡ったところでいつものように待っていた由美に声をかけた。
由美は手を振って、にこりと笑い挨拶を返す「おはよう、少し寒いね」
陽菜は小走りで由美のところに駆け寄って一緒に歩き始めた。
陽菜はちょっと首をかしげて由美に言った「髪型変えたんだ?」
由美は頷く「高三になったし、気分転換」
「早すぎ、もう最終学年だよ、やばくね?」陽菜は言った。
あと一年で卒業なんて信じられない。
「陽菜も理系だよね?」由美が陽菜に尋ねる。
「そだよ、だから五十%の確率で由美と同じクラス」そして悪戯っぽく続けた「由美は愛しい彼ピとも同じクラス」
やめてよ、由美は小声で陽菜に言った。恥ずかしいじゃん。
私は羨ましく思ってるんだよ、と陽菜は由美に笑いながら言った。
高三は新校舎に移ることになっていた。出入口の横に人だかりができている。クラス分けの表が張り出されているのだ。陽菜と由美が人混みをかき分けて前に行き表を見ると同じクラス理科系のA組だった。
「三年間、一緒だね!」由美は陽菜ににっこり笑いながら言った。
うん、あと一年よろしくね。
陽菜は翔の名前を探した。あった。翔も同じクラスだった。
「じゃあ、行こっか」由美は陽菜の左手を引っ張って人混みから出て教室に向かった。
新しい教室は二階にあった。階段を上って教室に入ると新しい建物特有の匂いが微かにした。気分一新という感じね。少し開けられた大きな窓からは冷たい風が部屋に入ってきていた。教室にはすでに半分くらいの生徒が座っていた。高校二年生から選択で理科系の科目を選んでいる者が大部分なのでだいたいが顔見知りだ。
「高橋、また隣だな」陽菜が席に着くと、大柄な男子が声を掛けてきた。北村、通称ムラムラ。柔道部の主将、横も縦もでかい。由美の幼なじみで彼氏だ。
「ムラムラも三年間一緒なんだ」由美が陽菜達に近づいてきて微笑みながら言った。
ああ、そうだな由美も一緒なんだ、北村も笑って返した。
「髪型変えたんだな?」北村は由美に向き直って言った「似合うじゃん」
やめてよ、由美は小声で少し怒りぎみに北村に言った。でも少し照れくさそう。
「みんなの公認だからいいじゃん」陽菜は少し声を落としながらも笑って言った「ムラムラは良い奴だし」
まあそうなんだけど、由美は小さくため息をつきながら言った、でもちょっと恥ずかしいからさ。
「それはともかく、陽菜はどうなのよ?」由美は陽菜の顔をのぞき込みながら小声で言った。
「翔にちゃんと告った?」
えっ、虚を突かれて陽菜がビクッとすると、由美はにやにやして続けた。
「由美様にはお見通しだぞ」
「どうした?おはよう、また同じクラスだな」
陽菜の背後から明るい声が掛けられた。翔だ。
「お、おはよう!代わり映えしないよね」
慌てて振り返った陽菜は、声のトーンが少し上がる。
とにかく言葉を繋ごうと息を吸った瞬間、教室の前の扉が開いて先生が入ってきた。じゃあまた後でね、由美は片目で陽菜へウインクをしてから自分の席に戻っていった。翔も小さく手を振ってまた後でな、と陽菜に声をかけて自分の席に戻っていった。陽菜は小さくため息をついた。北村はニヤリと笑った。北村は翔からそれとなく恋愛相談を受けていた。明らかに翔と陽菜は両想いなのにな、どっちもシャイだからなぁ。なんとか早くくっつけないとな。今度、由美にも協力してもらおう。
新しい担任の田所先生は、教壇の後ろから教室全体を見渡して言った。
「みなさん、おはようございます。新しい学年、高校生活の最終学年です。自覚を持ってしっかりと過ごしましょう」
そして微笑みながら続けた。
「一度しかない高校生活です、楽しく、でも一生懸命に勉強もしてください。これからの人生を決める重要な時期です。なにか相談したいことがあったらいつでも私に声をかけてください。一緒にベストの道を探します」
頼りになりそうな先生だな、陽菜は思った。しかし同時にある種の既視感も感じていた。私は、前に似たような経験をしたことがある?!
いや、でも。陽菜は小さく首を振って、田所先生の話の続きに集中した。先生が言うように最終学年だし、頑張んなくっちゃ。