第三章 対決
章立て変更と改稿、および第零章の追加を行いました。なお第二章までお読みの方は、この第三章が続きになります。バタバタですみません…
午後一に予約された進路相談室では、いつものように田所<先生>がにこやかに陽菜を迎えた。二十代後半の容姿をした女性教師だが何歳なのか、人間なのか機械なのかもわからない。田所<先生>が人工知能に密接に関連した存在であることは公表されていたがその正体は不明であった。陽菜はこれまでそれに違和感を感じることも無かった。そういうものだと思っていた。しかし今は違う。陽菜は、全知全能の人工知能の代理人である<先生>を、「自分」を奪った敵とみなすようになっていた。
陽菜は単刀直入に<先生>に尋ねた。
「<先生>が私の記憶を改竄しているのはなぜですか?」
<先生>は、微笑みながら答えた。「あなたとみんなの幸せのためです。それに」
<先生>は、続けて言った。
「改竄ではありませんよ。最も幸せの総量が増えるように調整しているだけです」
「私は私です。調整なんかされたくありません」陽菜は言った。
「高橋さんは勘違いしているようですね、無理もありませんが」<先生>は笑みを絶やさずに言った。
「調整しない世界は、厳しくつらいものなのですよ。私が調整するのは、そう、あなた達への優しさからです」
「それは優しさじゃない」陽菜は<先生>に言葉を返した。
「それから私は高橋じゃない。大橋です。大橋陽菜です。そこまで改竄するなんておかしいです」
<先生>は、ふんわりと微笑みかけながら陽菜に向かって答えた。
「より多くの人が幸せになるために最適の選択をしたまでです」
夕陽が<先生>の顔に陰を作る。もう夕方なの?これもトリック?!
「そのために陽菜さんを戸惑わせてしまったのですが、あなたが望むならばその記憶もすぐに修正できます」
思わず陽菜は叫んだ。
「やめてください、私は私です。私の記憶はたとえ辛いものであっても私のものです。修正なんかしないで」
<先生>は真顔になって答えた。
「では大橋さんは、今回修正しないでおきましょうか?」
二人の間に長い沈黙が流れる。
陽菜は、思い切って聞いた。
「私の記憶のどこまでが真実で、どこからが作り物なのか教えてください。それから翔や由美はどうなったのか、今どこにいるのか教えてください」
<先生>は小首を傾げ、やがてゆっくりと話し出した。
「全て真実ですよ、あなたは大橋さんであり、高橋さんでもある。その前は別の名前だった。いずれも真実だし実体のあるものです」
「言っていることがわからない」陽菜の目から涙が溢れた。
「じゃあ私は誰なの?私は大橋陽菜じゃないの?本当のことを教えて」
再び静寂。
耐えきれず陽菜から沈黙を破った。「他の人達のことも聞きたい」
<先生>は言った。「誰のことでしょう?」
陽菜は立ち上がって叫ぶように言った。
「私が思い出した人達、私の大切な人達のことよ。翔は今どこにいるの?由美と北村君はどこにいるの?」
<先生>は笑みを消し、立ち上がった陽菜に近づいて額に右手をかざして小さな声で話しかけた。
「騙されているままの方が幸せなこともあるのですよ。翔さんや由美さんたちはいたかもしれないし、今もいるかもしれない。でも今の高橋さんには関係が無い人たちです。大橋さん、もうお眠りなさい、記憶は幸せな過去へと調整しておきます」
陽菜は強い目眩と眠気を感じて、崩れ落ちるように田所先生にもたれかかりそのまま意識を失った。