覚醒
先輩の家は、高校からほど近い場所にあった。
神社の隣にある立派なお屋敷。
部屋はいくつあるのだろう。うちも大きめの和風家屋だけど、こちらのほうが一回りどころか二回りは大きい。
さらに立派な池があって、鯉まで泳いでいる。
「今日、うち人いないから。」
凛とした声で先輩が言う。先輩と二人きり何だかドキドキする。
お屋敷に入る。全体的に暗い。広いせいか、夏なのに空気はひんやりとしていた。
木の階段を上り、先輩の部屋に入る。
10畳ほどの部屋には、カバラやタロット、陰陽道や風水などの西洋・東洋のオカルト関連本が詰まった本棚、水晶玉、筮竹などが置いてあり、さすがオカルト研究会会長の部屋といった感じだ。メイク台やぬいぐるみもあり、女子の要素もあるが、全体的に落ち着いた色で統一されている。
木を隠すなら森の中……本棚に魔導書らしきものはないかついつい見てしまう。
ふと、本棚の一角にスペースが空けられ、女の子の部屋に似つかわしくないものが置いてあるのを見つけた。両手の平で包めるくらいの仏像だ。
「先輩の家、神社なのに仏様を置いてあるんですね。」
「あら、うちにはもともとお寺もあったのよ。昔は神仏習合といって神様と仏様を一緒に信仰していたの。神宮寺というのは神社の中にあるお寺のことなのよ。これはうちの裏庭から出てきた仏様なの。そういえば、秦さんのおうちはどの神様を祀っているの?」
「うーん、あまり詳しくないけど、新羅なんとかっていって、韓国から来た神様らしいです。」
「新羅明神ね。渡来の神様というのは珍しくないわ。うちで祀っているスサノオノミコトも挑戦由来説があるし、全国で一番多いと言われる八幡社の八幡神も中国や朝鮮から渡ってきたと古文書に書いてあるのよ。」
ディープな話になったところで、それじゃ、飲み物とってくるからといって先輩は部屋を出ていった。
これは魔導書を見つけるチャンス。
本棚に目を通す。オカルト本や宗教本はあるものの、魔導書は見当たらない。
勉強机やメイク台の引き出しを開けてみたけど、普通に文房具や服が入っているだけだ。
他にないかな、と思っていた時、仏像が目に入った。
仏像を持ち上げたら何かのカラクリが動いたりして、なんて考えながら持ち上げてみる。
……何も起きなかった。
でも、仏様を持ち上げた時、ちょっとした違和感があった。
仏像を置いていたスペース、その後ろの壁に小さなつまみがある。
気になって触ってみると、つまみごと壁が持ち上がった。
そこには凹みがあって、古びた紙の束……古文書のようなものが収められていた。
古文書を手に取る。今まで見たこともない記号が並んでいるけど、何故か読めるような気がする。
読んでいるうちに頭の中にある言葉が浮かび、ふと言葉に出す。
「ナニャドナサレテ ナニャドヤラ……えっ何これ!?」
謎の言葉を口に出した後、突然右手に青い六芒星が浮かんだ。
―― えっ、いきなり?何か目覚めちゃった?何が??
驚いていると、先輩が階段を上がってくる音がした。
慌てて古文書を窪みに戻し、仏像を置く。
「ごめんね、待たせちゃって。」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ~。」
右手の六芒星は、気づくと消えていた。
その後私は先輩と他愛もない話をした。
部活のこと、将来のこと、同級生のこと...魔導書についてはやっぱり教えてもらえなかったけど。
夕暮れが近づき、辺りが茜色に染まり始める。
話がひと段落して、何気なく本棚にもう一度目を通していた時、背後からそっと先輩に抱かれた。
先輩の髪の、いい匂いが充満する。
心臓が高鳴り、体が少し震えた。
「あら、こういうのは初めて?」
先輩の手が、服の中に入ってくる……
その後、私たちは体を重ねた。
おかしなことが起こり始めたのは、その次の日からだった。